いつからだろう、この関係にもどかしく感じるようになったのは。
別に、幼馴染みになりたくてなったわけじゃない。生まれた環境が俺達の関係をそうさせただけ。
「だって義勇は幼馴染みだから」
彼女の口癖だった。
何かある度に、彼女はそう俺に言った。
小学生の頃。
「聞いて聞いて義勇!A組の一条くんに一緒に帰ろうって誘われちゃった!」
「・・・一条って誰だ」
「え!?知らないの!?うちの学年で二番目にかっこいいって言われてる男の子だよ!あ〜どうしよう、いいよって返しちゃったんだけどすっごく緊張する」
「・・・俺と一緒に帰っても、別に緊張したことないだろ」
「それはそうでしょ、だって義勇は幼馴染みだもん」
「・・・・・・」
幼馴染みだから、何なんだ。
俺と一緒の時は緊張しなくて、一条とかいう男と一緒にいる時は緊張するその違いは一体何だというのか。俺はいつだって一緒にいてどきどきしているのに、名前は違うのだ。
「・・・学年一番のかっこいい奴は、誰なんだ」
そう噂の一条を上回る一番の存在が気になって尋ねてみると、名前は露骨に顔をしかめてみせた。
「うわ、それ本人が聞いちゃうの?一条くんに対する嫌味なの?」
「?どういう意味だ」
「学年一番は義勇だよ。周りの女子がいっつもあんた見てきゃいきゃい言ってるの知ってるくせに!」
「興味ない・・・」
「はあ、私にはわかんない。なんで義勇が一番なのか」
心底どうでもよかった。一番とか二番とか。そんなことを競い合って一体何の意味があるというのだろうか。それに俺が一番であったとしても名前にとっては一条が一番であって、それだけで負けたような気が否めなかった。名前の一番じゃないのなら、そんな一番俺には何の意味もない。
中学生に上がった時。
「剣道部に入るのか?俺もだ、よろしく」
俺は錆兎に出会った。
錆兎は、何でもできた。器用で俺と違い愛想も良く面倒見も良く、社交性もあって周りに好かれる人間であった。初めて彼には敵わないとそう感じた。
「錆兎ー!一緒に帰ろー!!」
名前が錆兎を好きなのは一目瞭然であった。
剣道部のマネージャーをする名前は、部活後いつも錆兎の元へ駆け寄っては一緒に帰ろうと声をかけてアピールしていた。その度、錆兎は俺へ眉と目尻を落とし優しい表情を向けるのだった。
「義勇も一緒に、三人で帰ろう」
錆兎は、きっと俺が名前のことを好きなのを気付いていて、気遣っていたのだと思う。だがアピールしている名前と接している錆兎の様子を傍観する限り、彼も彼女のことを好いているのだろうと俺は思っていた。二人が付き合うのも時間の問題だろうと、俺はいつも居たたまれない気持ちを抱いて二人の傍に立っていた。
だが、中学の間二人が付き合うことはなかった。
「なんで錆兎に気持ちを伝えないんだ」
両想いのくせに。
卒業式の日、義勇は名前にそう尋ねた。
名前は眉を八の字に下げながら何処か悲し気に返す。
「んー今の関係が壊れるのが怖い、から?」
「・・・大丈夫だろう、錆兎もお前と同じ気持ちだよ」
「・・・・・・」
「早く伝えないと他の奴に取られるかもしれないぞ。錆兎はモテるから」
「・・・・・・義勇は、それでいいの?」
そう問われ、その時の名前の感情が読み取れなかった義勇は返答に困った。いいわけがない。でもそれを言葉にする権利も勇気も今の自分は持ち合わせていなかった。
「・・・俺には、関係ない」
「・・・そっか」
何故、そんなことを聞いてくるのかわからなかった。
高校。
名前と義勇と錆兎の三人は同じ高校へと進学した。義勇と錆兎は剣道部に入部したが、名前はマネージャーをすることはなかった。高校に上がった途端、周りの友達の影響で名前はオシャレやメイクに目覚め、一気に女への階段を登っていった。
三人でつるむことも少なくなり、部活動と勉学で一年・二年とあっという間に過ぎ去っていき高三に上がった頃。
ある日錆兎が打ち明けてきた。
「先日、名前から告白されたんだ」
それを聞いた瞬間、義勇は胸に針が刺さったような痛みを覚えた。
「・・・そうか」
「安心しろ、断ったから」
そう柔らかく言った錆兎に、俯いた顔を上げる。
「・・・なんで」
「・・・・・・」
「お前も、名前のことが好きだっただろう」
「そうだな・・・好きだ。でも彼女の好きな奴は、俺じゃないから」
「?」
錆兎の言っていることの意味が理解できなかった。
名前から告白されたのに、名前の好きな人は自分ではないと矛盾したことを言っているのだ。
「・・・意味がわからない」
「いずれわかるさ。ただ名前の俺に対する好きは、俺が彼女を好きの気持ちとは違うんだ」
「お前のことを好きだから、告白したんだろう」
「名前は自分の本当の気持ちに気付いてなかったんだよ」
「・・・・・・」
「・・・だから、頑張れ義勇」
錆兎に肩を叩かれ、何もわからないまま義勇は眉を寄せる。頑張れって一体何を。その日の夜、部活から帰宅すると自分の家のリビングに珍しく名前の姿があり俺は驚いた。
「あ、義勇久しぶり」そう軽く手を振ってみせた彼女の恰好は風呂上りのような、タンクトップ一枚に短パンという何とも薄着であった。
「勝手に人の家に上がるな」
「いいじゃない、今に始まったことじゃないんだし」
「・・・何の用だ」
「別にー用がなきゃ義勇に会いに来たらダメなの?」
伸びた髪、露出された白い肌、ふわりと漂う女性特有の甘い香り。薄着のせいでくっきりとしたボディライン、昔とは違って発達した胸。俺の知らない間に、すっかり彼女は大人の女へと成長していた。
「・・・もう少し厚着しろ」
「なんで?」
「異性の家に上がり込む格好じゃないだろう」
「別に、いいじゃん。義勇にとって私はただの幼馴染みなんだから問題ないでしょ?」
「・・・・・・」
「・・・義勇が困ること、何もないでしょ」
そう、何処か不貞腐れたように言ってソファに仰向けに寝っ転がった名前に憤りを感じてしまった。自分の気も知らないくせに、無神経にも程がある。
義勇は部活着とノートが入った鞄を床へ放り投げると、大股で名前の寝っ転がるソファへ歩み寄った。そして彼女の上に覆い被さるように跨いだ義勇に、予想だにしていなかった名前は小さく悲鳴を上げた。
「少しは危機感を持った方がいい」
「義勇・・・?」
「俺が幼馴染みだからって無防備すぎる。お前が俺のことを男として見てなくても、俺はその辺にいる男と同じだ。下心ぐらい、ある」
群青色の澄んだ瞳が冗談ではないことを物語っていて、名前は生唾を飲み込んだ。そして近づいてくる義勇の顔に咄嗟に目を強く瞑って顔を横に向けると、首元に顔を寄せられ首筋を下から上へと舐め上げられビクリと体が震えた。
「ちょ、やめて義勇っ」
「やめない」
心臓がばくばくする。目前の男は小さい頃からいつも一緒にいた幼馴染みの彼ではなくて名前の知らない男であった。どきどきと僅かな恐怖心で困惑し視界がだんだん霞んで見える。抵抗する名前に構わず内太腿に手を這わせ撫でた義勇の手の動きに、とうとう恐怖心が勝ってしまい目尻から収まり切れない涙が伝った。
それにすぐ気づいた義勇はハッとして動きを止める。
「・・・名前」
「っ、ひっく、」
「すまない・・・泣くな」
やっぱり俺じゃなくて錆兎がいいよな。
嗚咽を漏らす彼女の頭を撫でて義勇は上から退き、自分の前髪を掻き揚げた。我に返ったからいいものの、自分は彼女に何をするつもりだったのか。怖い思いをさせてしまったことの罪悪感が自分を襲い彼女の顔を見れなくて俯く。
「すまなかった・・・忘れてくれ」
放り投げた鞄を拾い、リビングに名前を一人残して俺は自室へ籠った。
それから名前とは顔を合わす機会もなく、三年最後の剣道部の試合も終わり部活も引退の日を迎えた。
その日後輩の女子マネージャーに呼び出され何かとついていけば、
「冨岡先輩のこと、ずっとずっと好きでした!もしよければ私を彼女にして下さいませんか!」
と、告白された。
ずっとずっと好きだった。その言葉を聞いて考える。俺も名前のことが昔からずっとずっと好きだった。この子と同じだ。この女子は、相手に気持ちを伝える勇気があるのに、俺にはない。そこが大きな違いだ。
「・・・すまない」
そう短く返す。目前の女子マネは一瞬悲し気な表情を見せた。が、すぐパァっと表情を明るく変え頭を下げる。
「ですよね、わかってたんです!何で冨岡先輩はかっこよくてモテるのに彼女作らないんだろうって。好きな人、いるんですよね?」
「・・・ああ」
「やっぱり!私応援してます!冨岡先輩なら大丈夫ですよ!その人も冨岡先輩に想われて幸せだと思いますよ!」
「・・・そうとは、限らない」
「後悔しないように頑張ってください。私は冨岡先輩がこうやって気持ちを伝える時間を作ってくださったおかげで後悔せずにすっきり終われました!」
「・・・・・・」
「では、失礼します!」
お辞儀して立ち去って行く女子マネの姿を見送って、俺は見習わなければと感じた。後悔。それだけは、したくない。そしてあの日名前を怖がらせるようなことをしたまま、気まずい関係のままでいたくなかった。また少しでもいいから彼女と一緒に帰ったり、他愛のない話をしたりする時間が増えればと思った。
帰路と辿ろうとするも、無意識に足は道場へと向かっていて誰もいないその場所は物寂しさを漂わせている。もう、引退か。何だか忙しない三年間だった気がする。靴を脱ぎ道場へ上がると竹刀を手にして、最後に素振りでもして帰ることにした。
すると背後から視線を感じ竹刀を持つ手を止め、誰かと振り向いた先にいた人物を見て目を見開く。
「・・・名前」
道場の入り口で立ち尽くしこちらを傍観していた名前は、返事の代わりに小さく笑んで見せた。
「・・・何か用か」気づいたらそんなぶっきらぼうな声色が自分の口から出ていた。他にも言いたいこと、いっぱいあるのに。
「うん、今日引退って聞いたから」
「そうか」
「お疲れ様」
「・・・・・・」
靴を脱ぎ道場へ上がり、俺の方へ歩み寄っては傍らに荷物を置き腰を下ろし彼女は続けた。
「続き、しないの?」
「・・・・・・」
「懐かしいなぁ〜中学の頃思い出す。義勇と錆兎が竹刀握る姿好きだったなぁ」
錆兎。
その名を聞いてチクリと胸が痛む。
「私ね、錆兎に少し前告白したんだよね」
「そうか・・・」
「でも"お前の本当の好きな奴は俺じゃないだろ"ってフラれちゃって。その時は意味がわからなかった」
「・・・・・・」
「でもそれから錆兎の言った言葉を考えて、自分の気持ちに気付いたんだよね。私が本当は誰が好きなのかって。だからあの日義勇の家に行ったの」
「!」
何故あの日、いきなり俺の家に来たのかわからないままだったが、そういうことだったのか。それなのに自分は彼女が切り出したかっただろう話も待てずに自分の感情のコントロールが効かないまま、強引なことをして怖い思いをさせてしまい改めて罪悪感を抱いた。
「・・・あの時、怖がらせてしまってすまなかった」
「私こそごめんね。嫌だったわけじゃないの、ただああいうことはまだ経験がなくて、その・・・」
頬を赤らめて俯く名前に思わず顔が綻ぶ。可愛いと思った。ふと顔を上げた彼女と視線が交わり心臓がどきりとする。
「・・・さっきマネの子に告白されてたけど、義勇はあの子と付き合うの?」
見られていたのか。
不安そうに尋ねてくる名前に、義勇は淡々と返す。
「付き合わない。断った」
「そうなんだ、いい子そうだったのに勿体ない」
「俺には、好きな人がいるから」
真っすぐ名前を見据える。
伝えるなら今しかない。
「物心つく頃から、ずっと名前のことしか見ていないから」
「!」
「俺はお前にしか、興味ない」
呆然とする彼女の隣に移動し、竹刀を床に置いて腰を掛け義勇は続けた。
「だがお前は錆兎のことしか見えていなくて、錆兎もお前のことが好きだったと思う。俺の入る隙はなかった。それに錆兎には勝てる自信もなくて、自分の気持ちを心の奥底に押し殺していた」
「・・・そっか、気付いてあげれなくてごめんね」
「いや・・・何も行動もしていないのに錆兎に敵わないと決めつけていた俺が悪い」
「・・・・・・」
「・・・時間がかかったが、俺は名前のことが好きだ。幼馴染みの関係じゃ満足できない」
名前の腕を引き寄せ自分の胸中に納める。ふわりと鼻腔を擽る甘い香りに、彼女への気持ちが更に昂った。
「私も義勇のことが好き。私も幼馴染みの関係じゃ満足できない」
「・・・キス、してもいいか」
「う、うん」
頬に手を添えられ義勇の顔がゆっくり近づく。咄嗟に瞼を閉じると唇に柔らかい感触が伝った。それは一瞬のことで、物足りなさを感じてしまう。
すると、ふっと義勇が笑った。
「・・・物足りなさそうな顔してる」
「え!」
「次は少し口を開けろ」
そう言って再度義勇の唇が自分のそれに重なった。舌先で唇を突かれ言われた通りに口を僅かに開けると、その隙間から義勇の舌が入ってきて自分の舌が絡め取られては吸われる。それが気持よくって頭が痺れるような感覚に陥った。
「んっ、はぁ」
「名前・・・」
ちゅ、と耳に唇を寄せられては口づけられ体が熱く疼くような初めての感覚に困惑した。義勇の吐息が耳にかかり、くすぐったく身動ぎする。
「この後、家に来ないか」
「え!?」
「・・・嫌か」
「い、嫌じゃないけど、こ、心の準備が・・・そういう知識まだ疎くて・・・」
「・・・俺も同じだから、安心していい」
「・・・・・・」
「少しずつ、俺達のペースで進もう」
ようやく義勇と名前は幼馴染みから恋人へと進展した。以降喧嘩をすることはあっても、二人が離れることは最後までなかった。
■あとかぎ■
まき様、10万打リクエストを送って頂きありがとうございました。
お待たせしてしまい申し訳ありません。
幼馴染みの甘いお話というお題でしたが、もっと甘いお話を書きたかったのですが・・・満足して頂けたでしょうか。気に入って頂けたら幸いです。
幼馴染みといお題の中で、いくつかネタを上げていたのですが今回はその中でも義勇が幼馴染みの関係に悩む感じのお話を書かせて頂きました。
素敵なお題ありがとうございました。
いつも楽しく小説を読んで下さり、とても嬉しく思います。
これからも宜しくお願い致します。
ありがとうございました!