炎柱、煉獄杏寿郎と水柱、冨岡義勇の二人は蝶屋敷で働く一人の女中にぞっこんであった。きっかけは至って単純、どちらも一目惚れである。
 杏寿郎曰く「俺の方が先に彼女へ好意を抱いていた!」と主張している。

 まず杏寿郎が彼女に一目惚れしたのは、彼が柱になる前のことだ。
 杏寿郎が任務で怪我を負い、初めて蝶屋敷へ世話になった時のことである。


「こんな傷、大したことはない!唾でもつけておけば治るだろう!それよりも俺はすぐに任務での自分の落ち度を反省し稽古に励まなければならん!」
「何を言ってるんですか?もしかして腕の怪我の他に頭部も強打されましたか?ちょっと診せてください!」
「頭は打ってない!腕の負傷だけだ!」
「なら大人しく治療を受けてください!しばらく任務はお休みして、あなたはここでしっかり休養を取らなきゃ駄目です」
「む!休養など必要ない!この通り刀だって、」


 握れるぞ!そう続けて日輪刀を手に証明しようとした瞬間。杏寿郎はバッと刀をひったくられ、腰を下ろしていた寝台に思いきり押し倒された。一瞬何が起こったのかわからず瞬きを繰り返す。


「駄目です」


 その時、杏寿郎は初めて彼女の顔を視界に映した。天井とすぐ目前にある泣きそうな女の顔、思わず息を呑んだ。自分の頬に落ちる彼女の絹のような髪と花のような香りに。
 何より可愛らしくも綺麗なその顔に、どきりとした。完全に一目惚れであった。押し倒された衝動で負傷した腕に走った痛みなど気にも止めない程、杏寿郎の頭の中はこの瞬間彼女でいっぱいになった。

 「あ、すみません」そう自分の上から慌てて退く彼女の手を咄嗟に掴む。


「名を、聞いてもいいだろうか!」
「え?」
「俺は癸、煉獄杏寿郎だ!」
「えっと、苗字名前と申します」
「名前か!どうやら俺は君に恋してしまったようだ!」
「え!?」


 それから杏寿郎の名前へのアプローチの日々が始まった。
 とは言っても、鬼殺隊士であり真面目な杏寿郎は任務や稽古に打ち込む多忙な日々を送っていたため二人が会う機会はかなり少なかった。が、その僅かな時間の間を縫って杏寿郎は蝶屋敷に顔を出しては、土産話を名前に聞かせそれを聞く名前も徐々に杏寿郎へと気持ちが傾いていくのだった。

 だが二人が恋仲へと進展することはなかった。
 何故なら。


「・・・私、隊士の方とはお付き合いしないって決めてるんです」


 幾度目かの杏寿郎からの告白。名前はそう返した。


「何故?」
「だって・・・ずっと一緒にいられる保証はどこにもないですし、突然いなくなられたら私・・・耐えれません」


 その返事に、杏寿郎は確かにと腕を組む。
 約束も、何も保証もしてあげることはできない。自分がそれに対し返せることはこの言葉だけであった。


「俺はそう簡単には死なない。そのためにも毎日鍛錬に勤しみ腕を磨いているんだ。本来はもっと名前に会う時間を作りたいが、それも我慢している!」
「杏寿郎さん・・・」
「だから信じてほしい。別に今すぐじゃなくても構わない。だが俺とのことを、しっかり考えてくれないか!」


 杏寿郎と名前は俗に言う"いい感じ"な関係であった。
 ある男が現れるまでは。

 富岡義勇である。

 義勇が名前に出会ったのは、杏寿郎が甲に昇格した頃。彼より一つ年上である義勇は、先に柱へと仲間入りを果たしていた。

 義勇の場合、怪我で負傷したのではなく体調を崩し蝶屋敷に世話になったのがきっかけであった。


「柱ともあろう方が、己の体調管理もできないなんて・・・情けないですねぇ」
「しのぶ、そんな言い方はよくないわ。冨岡くんだって柱になったばかりなのよ。気負いするところもあるでしょう」
「姉さんはちょっと甘やかしすぎよ」


 栄養失調と診断された義勇は、げっそりした顔を俯かせて目前にいる胡蝶姉妹、特に妹に憎まれ口を叩かれそれをぼーっと聞いていた。好きで柱になったわけではないのに。重い気持ちのまま、寝台へと案内されしばらく蝶屋敷で休養を取ることになってしまった。


 「後程食事を運んでくるのでしっかり食べてください」そうしのぶに厳しい口調で言われ待つこと数十分。扉からお盆を両手で持ち入ってきた女中を見て義勇の時間は一瞬止まった。


「初めまして、水柱様のお食事のお手伝いをさせて頂く名前と申します。・・・といっても、ご自分で食べられますかね」


 別に負傷しているわけでもないのだ。
 そうお盆を机に置く。


「いや、食べれない」
「え?」
「食べさせてほしい」


 じっと群青色の瞳に見つめられ、名前はたじろいだ。
 だが、相手はあの柱なのだ。申し出を無碍にすることもできず、椅子に腰かけ言われた通り食事を匙で掬い彼の口元へと運んでやった。
 その運ばれたものを大人しく口へ含むが、その味の薄さが義勇の高まった気持ちを降下させるには十分であった。


「・・・私が味付けしたのですが、お口に合わなかったらすみません・・・・・・」
「いや、うまい」


 咄嗟にそう返してしまった。無理もない、彼女が味付けしたものを不味いなどと言ってはいけないし思ってもいけない。するとパァっと彼女の表情が明るくなり「ほんとですか!」と嬉しそうに反応した。可愛い。
 だが、それ以降。


「水柱様が名前さんじゃないと食事を口に運ばないと言って食べてくれませんー!」


 そんな幼稚なことを言って、名前を指名する義勇に胡蝶姉妹は呆気に取られた。


「あらあら」
「我儘な人!姉さんもううちで面倒見る必要ないんじゃない!?」
「いいじゃない、名前のおかげで冨岡くんが回復してくれるなら」
「はぁ・・・・・・」


 数週間後、無事体調が回復した義勇は蝶屋敷の寝台を卒業した。そして任務へと復帰した後も名前に会うため、度々蝶屋敷へ顔を出すようになった。
 杏寿郎と義勇が蝶屋敷で鉢合わせることになったのは、杏寿郎が柱へ昇格した頃である。


「む、冨岡か!こんなところで鉢合わせるとは珍しいな!」
「煉獄・・・」
「怪我でも負ったのか?それとも胡蝶に用事か!」
「いや、胡蝶じゃない」
「そうか!」
「煉獄こそ、何故蝶屋敷に?」
「俺は将来の嫁さんに会いに来た!」
「将来の嫁・・・?」


 その一言にとても興味を惹かれる。
 あの硬派な煉獄から、将来の嫁などという言葉が出て来るとは思わなかった。どうやら蝶屋敷で働いている女中に目星をつけている人物がいるらしかった。

 そそくさ歩いていく杏寿郎に、気になった義勇はついていくことにした。そして彼が辿り着いた一室へと入り杏寿郎の視線の先にいる彼女を見て、義勇は固まる。


「名前!」
「あ、杏寿郎さんこんにちは。今日は非番の日ですか?」
「うむ!だから名前に会いに来た!」


 当然のように名前へと歩み寄ろうとする杏寿郎の腕を、義勇は咄嗟に掴んで阻んだ。


「・・・待て、煉獄」
「ん?どうした冨岡」
「どうしたじゃない。将来の嫁とはまさか、」
「うむ、彼女のことだ!」


 やっぱりそうか。はぁと溜息が零れる。まさか煉獄の意中の相手がよりにもよって名前だったなんて。
 頭を抱える義勇を見て、何も知らない杏寿郎は小首を傾げた。


「あ、冨岡さんもこんにちは!ていうか、将来の嫁ってどういうことですか杏寿郎さん!」
「なんだ、本当のことだろう」
「私まだちゃんとしたお返事してませんよ!」


 近い。二人の距離が近い。仲睦まじさが嫌でも伝わってくる。自分よりも遥かに彼女と親しい。それがわかってしまい無性に苛立ちと焦燥感を義勇は覚え咄嗟に二人の間に割って入る。


「近い」
「む、冨岡まだいたのか!俺に構わず用事を済ませてきていいんだぞ!」
「・・・・・・俺も名前に会いに蝶屋敷へ来た」


 その義勇の一言に杏寿郎は固まった。
 今名前と言ったのか。いや聞き間違いかもしれん。


「何だって?」
「・・・煉獄は、耳が遠いのか」
「すまん!今名前と聞こえたが、俺の聞き間違いだと思ってな!もう一度言ってくれないか」
「いや、あってる。聞き間違いじゃない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


 空気が一変した瞬間。
 対峙する二人に名前は困惑した。とても雰囲気がよろしくない。


「・・・何故、君は名前に会いに来たんだ?」
「煉獄こそ。名前が将来の嫁とはどういうことだ」
「そのままの意味だ」
「だが名前の反応からして、煉獄の勘違いじゃないのか」
「君には関係ない」
「ある」
「ない」
「ある」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

「あ、あの・・・」

「何故関係がある?」
「俺も名前が好きだからだ」


 義勇のその発言に驚く二名。
 ストレートな杏寿郎とは違い、ただ蝶屋敷に顔を出すだけで何もアプローチのなかった義勇の気持ちを今更知ってしまった名前はますます困惑した。杏寿郎の雰囲気が更にピリつき、それを感じ取った名前の額にも冷や汗が流れる。


「・・・すまんが冨岡には名前は譲れない」
「名前は煉獄の私物じゃないだろう」
「もちろんだ!私物なわけないだろう!名前は物じゃないぞ!」
「わかってる。だから譲るも何も煉獄が決めることじゃないだろう」
「・・・・・・冨岡、いつから名前のことを?」
「・・・俺が柱になったばかりの頃、蝶屋敷に世話になったときに出会った」
「一年くらい前からか。俺は癸の時から名前に好意を抱いているんだ、君よりも俺の方がうんと早い!」
「・・・早い遅いは関係ない。むしろそんな前から好意を寄せているのに未だに恋仲にすら進展していないのか」
「・・・何だと」
「事実だろう」

「ちょっと、二人共落ち着いてください・・・」


 今にも取っ組み合いそうな勢いで睨み合う二人の間に名前は割って入る。柱同士のこの威圧感は女中でしかない名前にとっても、その場にいるだけでも体力が消耗する程の凄まじさを漂わせていた。


「喧嘩はよくないです!」
「・・・名前、これは喧嘩ではない」
「名前は・・・煉獄のことをどう思っているんだ」
「えっ、私は、その・・・」


 突然の義勇からの振りに口篭もる。
 二人の視線が自分に向けられ顔が熱くなる。
 杏寿郎のことは、実はとっくに好きであった。ずっと前から何の取り柄もない自分のことを想い続けてくれて、柱ともあろう偉い人が他にも女の選択肢はいくらでもあるだろうに。そして正義感も強くて、任務や鍛錬にも真面目に向き合い、いつも褒めてくれる優しい彼には文句の付け所がない。


「えっと、私、私も、す、すっ」
「冨岡!名前の気持ちが何であろうと名前は渡さんぞ!」
「それは名前の自由だろう。名前の気持ちを聞くのに臆したからって遮るな煉獄」
「別に臆してなどいない!君こそ名前の本心を耳にして想定外の答えが出ても気を損ねるんじゃないぞ!」
「損ねない、俺は名前のことを信じている」


 そんなことを言われてしまったら、余計気持ちを言いづらくなる。再び向けられた二人の熱い視線に堪らず俯いた。
 誰か、この修羅場から自分を助けてくれ。そう刹那に願った時。


「柱ともあろう方々が、怪我も何もしていないのにここへ何の用ですか」


 女神が現れた。


「・・・胡蝶には関係ない」
「いえ、ありますよ冨岡さん。うちの名前を困らせないで頂けますか?煉獄さんもです」
「うむ・・・すまん、胡蝶」


 胡蝶しのぶであった。
 名前は自分の肩を優しく抱いてくれた彼女に顔を向けると、優しく微笑まれ胸を撫で下ろした。そしてそっと耳打ちされる。


「名前、煉獄さんも冨岡さんも普段は信頼し合ってる仲の良い人達なんです。特に友達の少ない冨岡さんにとっては、煉獄さんは数少ない理解者でもあります。なのでここはあなたの素直な気持ちを伝えてしまい二人の仲が悪くなってしまうのは・・・今後の鬼殺隊にとっては、あまりよろしいものではありません」
「そ、そうなんですね」
「私の言いたいこと・・・わかりますよね?」


 そう微笑まれ、生唾を飲み込む。
 この場に柱が三人もいるこの空気は、名前にとってもう散々であった。


「・・・わかりました!」
「では、後のことは頼みます。お二人共単純なので名前が言うことには従うはずですから」


 立ち去っていくしのぶを見送って、名前は未だに対峙する二人に声をかける。


「あの、杏寿郎さん冨岡さん」
「何だ、名前!」
「私は・・・二人のこと同じくらい好きです。二人共好きなんです!どちらかを選ぶなんてとても・・・とてもできません!だから、その・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「さ、三人で、デートから始めませんか!!」

「「・・・は?」」


 素っ頓狂な顔をする二人を盗み見て、廊下で様子を伺っていたしのぶは小さく噴き出した。この三人の末路がとても楽しみである。





 ■あとかぎ■
みお様、10万打リクエストを送って頂きありがとうございました。
遅くなってしまい、申し訳ありません。お待たせいたしました!

落ちはどちらでもいいということでしたが、管理にが結局どっちにも落ちることができなかったので曖昧な終わり方になってしまいましたが・・・楽しんで頂けたら幸いです。
それくらい煉獄さんも義勇も好きでして、ですが書いていて楽しかった作品です。

原作でも煉獄さんと義勇が絡むシーンって、思えばないなぁと思い
実際に絡んでいたらこんな感じなのかなと妄想しながら書きました。
公式ファンブックにも、お互いどう思っているかっていうページに
二人共好き合ってるような感じだったので、仲が悪くなる方向はいかんと思いこんな結末にさせて頂きました。

小説のタイトルは「遠水近火」という四字熟語ですが
意味は遠くにある水は近くの火事を消すには役に立たないという意味です。

なので作中はどっちら落ちでもないのですが、
タイトルから訳すると、結局煉獄寄りになってる感じです。タイトルだけで取ったら!


長くなってしまいましたが、ありがとうございました!


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