朝、目が覚めると腕の中にある温もりを感じそれが彼女だとわかると幸福感が胸に広がる。

 すやすやと寝息を立てている名前の額に唇を寄せて、その寝顔を見つめるこの時間が義勇は一番好きであった。

 だが、そんな幸福感も束の間。
 身動ぎした名前の口から洩れた名前に、義勇の表情は険しくなる。


「んー・・・・・・杏寿郎、だめぇ・・・・・・」


 ・・・杏寿郎?
 自分ではない他の男の名に一気に不快になる。何故、煉獄なんだ。
 一体煉獄のどんな夢を見てるのか。夢の中でお前は何をされているのか。


 名前と煉獄は、仲が良かった。
 二人が柱へ昇格したのも同時期で、甲の頃から任務で同行することも多く互いに信頼し合っているのを知っていた。

 名前と恋仲に進展する前。煉獄との仲を知った時は深く嫉妬したのを覚えている。無事恋仲になった後も、煉獄との間に何かあるのではないかと疑心暗鬼になっていたが、名前は煉獄のことを大事な同期の一人で恋愛感情はないと否定していた。

 だが、今朝の煉獄を呼ぶ寝言を聞いてしまっては義勇の中に再び黒い渦を作った。


「義勇、聞いてる?」


 不機嫌そうな彼女の声に、俯いた顔を上げる。
 朝餉を共にしている名前は、訝しげな顔を俺に向けていた。


「どうかした?体調でも悪いの?」
「・・・別に」
「全然お箸が進んでないけど」


 誰のせいだと思ってるのか。
 何も知らない彼女に苛立つ。義勇は深いため息をついた後、箸を置いて腰を上げた。


「え、もう食べないの?」
「食欲がない」
「ちゃんと食べないと任務に響くよ?具合が悪いなら蝶屋敷で診てもらった方が、」
「うるさい。俺に構うな」


 自分の言葉を遮ってそっぽを向く義勇に、名前はさすがにむっとする。彼がすこぶるご機嫌斜めである。朝起きるまではいつもと変わらなかったのに。一体自分が何をしたというのだろうか。何もわからない名前は、義勇の不機嫌さに内心困惑していた。


「どうしてそんなにご機嫌斜めなの?」
「・・・・・・」
「私何かした?もしそうなら謝るから」
「・・・煉獄」


 その名を聞いて名前はピタリと動きを止める。


「お前は・・・やっぱり本当は煉獄のことが好きなんじゃないのか」
「何で、そうなるの?」
「お前達二人の絆に、俺が入れる隙間はない」
「・・・・・・」
「煉獄が好きなら、煉獄のところに行けばいい」


 そこまで言って、義勇は名前に背を向けた。
 以前にも彼から杏寿郎との仲を疑われたことがあった。確かに杏寿郎とは柱の中では一番親しく付き合いも長い。異性の中では間違いなく一番信頼に置ける相手である。だが、好意はなかった。杏寿郎も同じである。それをしっかり義勇に説明して納得してくれていたはずなのに、再び彼との仲を疑われ腹が立つと同時にとても悲しく思った。自分は信頼されていないのだとわかってしまったからだ。


「・・・義勇は、私のこと信じてくれてないんだね」
「・・・・・・」
「もういい、わかった。これ以上一緒にいてもきっとお互い疲れちゃうだけだよね」


 話の流れに、そっぽを向いていた義勇は内心焦りを覚える。
 自分はそんなつもりはなかったのに、彼女が次に何を言おうとしているのか聞かなくても想像がついてしまった。煉獄のところへ行けばいいと言ったのは確かに自分だが。

「さようなら」そう冨岡邸を後にしようとした名前の手を咄嗟に掴み、それを阻む。


「・・・待て」
「やだ」
「俺は別に・・・そこまでするつもりじゃない」
「私が嫌なの!もう疑われるのはうんざりなの!」


 バッと掴まれた手を振りほどき、ショックを受けたように立ち尽くす義勇を尻目に名前はその場を後にした。

 一人残された義勇は俯く。これは、俗に言う破局というものなのだろうか。自分はそんなつもりはなかったのに。だが自分の言動と態度が彼女をその気にさせてしまったのだろうと自己嫌悪に陥った。

 急いで後を追うも彼女の姿を見つけることはできなかった。それからも鴉で手紙を送ったり彼女の家に直接赴いたりするも、会うことはできず虚しく時間だけが過ぎ去った。
 義勇は一人深く後悔に襲われる。陽の光のような存在が隣に何日もいないだけで、心の中にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚だった。

 はぁ、と本日何度目かもわからない溜息を深く零した。

 そんな義勇に対し、名前も頭を抱えてる日々を送っていた。
 まずやはり一番は義勇がいないことの寂しさが耐えがたかった。だが杏寿郎とのことでもうあれこれ言われたくないし疑われたくない気持ちの方が、彼に会いたい気持ちよりも勝ってしまっていた。そこを彼が乗り越えてくれないと今後共にいるのは難しいと思った。
 そして度々義勇の鴉、寛三郎が運んできてくれる手紙の内容である。「どこにいる」「何故家にいない」「無視するな」と言った一言ばかりで見る度項垂れた。他に書くことはないのだろうか。否あるだろう。改めて女心に鈍感な男だと思った。

 だが滅多に送らない義勇からの手紙が来るだけでも内心嬉しく思ってる自分がいる。ただ杏寿郎とのことを義勇は何と言えば納得して乗り越えてくれるだろうか。考えても結局解決策が見つからず、ただ彼に会いたいという気持ちだけが募っていった。


 担当地区の警備からの帰り。
 冨岡邸への道を辿っていると向かい側から歩みを進める人影に気付き足を止める。
 義勇だ。彼もまた名前の存在に気付くとハッとしたような表情で足を止めた。


「・・・久しぶり」
「・・・・・・こんな時間に何処へ行く」
「別に・・・ただ散歩してるだけ」
「・・・・・・」
「義勇こそ、何処へ行くつもり?」
「・・・お前の家に行く途中だった」


 その言葉にやや下へ落とした目線を彼に向ける。すると群青色の瞳と視線が交わった。


「合間を縫って家に行っても、お前はいつも不在で・・・手紙の返事もよこさないから少し心配した」
「・・・もしかして、毎日家に来てくれてたの?」
「・・・会いたかったから」


 その一言に胸が締め付けられる。
 今すぐにでも駆け出して彼に抱きつきたい衝動をなんとか堪える。まだ誤解も何も解けていないし、こんな感情に流されてはいけない。だがそんな私をお見通しな義勇は軽く腕を広げると「来い」と言って来た。狡いと思った。


「・・・なんで」
「抱きつきたいんじゃないのか」
「わかったように言わないで」
「わかるよ、ずっとお前を見てきたから」


 気付いたら義勇はすぐ目前にいて、優しく包み込むようにして名前の体を抱き締めた。視界が彼の肩口でいっぱいになる。


「・・・煉獄とのこと、疑ってすまない。俺が・・・悪かった。だから煉獄のところに行かないでほしい」
「・・・・・・」
「・・・名前が隣にいてくれないと、俺は生きた心地がしない」
「それは、ちょっと大袈裟すぎだよ」
「本当のことだ」
「・・・こんないつ死ぬかもわからないご時世に、そんな弱気な気持ちでいたら駄目でしょ。柱なんだから。私がもし明日死んだら、義勇どうすんの」
「・・・・・・」


 その問いに目前にいる彼は小さく苦笑した。
 そんな馬鹿げたことを聞くな、というように。同時に今まで一緒にいて初めて見る悲し気な表情だった。そんな顔をさせてしまったのは私で、少し後悔した。
 そして大きな手が私の髪を撫でる。


「・・・その時は、来世でまたお前を探しに行くだけだ」


 切なげに、そして愛しそうに見つめる群青色の眼差しに私の視界がぼやける。たまらなく愛しい彼の首に両腕を回し、その綺麗な唇に自分のそれを押し付けた。




 ■あとかぎ■
まず、K様10万打リクエストを送って頂きありがとうございました。
公開が遅くなってしまい、申し訳ありません。

喧嘩から仲直りというリクエストでしたが、甘くしたかったのに結局切なげに終わってしまったところが不完全燃焼な感じです><
少しでも気に入って頂ければ・・・と思います。

そして空蝉と花と共に去りぬも愛読してくださってありがとうございます!
空蝉は童磨が出てきどうなっちゃうんだーっていうところで更新が止まってしまっているので、近々更新する予定ですのでお待ち頂けたらと思います!
花と共に去りぬも義勇さんと今後仲良くなっていく流れになるので、お楽しみに!遅い更新ではありますが、頑張って書きますのでまた遊びにきてやってくださいね。

リクエスト、ありがとうございました♪



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テーマ「人外ファンタジー」
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