07.運命に傷を付けたのは



 青峰っちがお盆明けの一週間後にアメリカへ戻るため、その前にオレ達は緑間っちの尾行を二日後に決行する予定を立てていた。

 そしてキセキの世代達とのストバスから数日後。
 オレは信じられないものを目撃してしまうのだった。

「涼太ありがとねーちょっと行ってくるから」
「おー行ってらっしゃい」

 母さんが仕事で色々あり捻挫してしまい、その病院に送り届けていた時。
 病院の中へ消えていく母さんを見送って、運転席で携帯を弄ろうと手にするとオレの車の横を緑色の髪の長身の男が通りかかり思わず顔を上げた。

「!緑間っち・・・」

 それは緑間っちだった。
 そして何よりびっくりしたのが、その緑間っちの後ろを付いていく女の容姿である。オレはこれが現実なのか瞬きを数回繰り返すも、当然目の前にいる人物は変わらない。開いた口が塞がらなかった。

 何故ならその緑間っちの後ろにいた女は、橙星っちだったから。

 車から降り、病院内に入っていく二人の後をこっそりついていく。
 どちらが病院にかかっているのかわからないが、受付に向かう緑間っちを少し離れた椅子に腰かけて待つ彼女に、オレはタイミングを見計らって声を掛けようと近づく。
 やはりどこからどう見ても、橙星っちなのだ。

「橙星っち!」

 正確にはもう苗字が赤司であるが、あえてオレは旧姓で呼んだ。
 だが彼女は前を向いたままで何も反応がなかった。
 緑間っちが戻ってくる前に何とか彼女の正体を探ろうと思い、オレは大胆に彼女の正面へ回り込んでかがんだ。
 そんなオレを見て、彼女がギョッと身体を揺らす。

「橙星っちスよね・・・?本当にあの、橙星っちなんスよね・・・?なんで、どういうことっスか・・・何でここにいるの」
「・・・すみません、どちら様でしょうか?」
「!!」

 困惑した表情でそう返した彼女に、オレは言葉を失った。

「オレっスよ、黄瀬!黄瀬涼太!まさか、覚えてない・・・?」
「えっ、と・・・・・・」

 まさか橙星っちにとても似ているだけで全くの別人なのだろうか。
 彼女の家族構成をオレは知らない。双子がいるならばもしかしたらこの人はその片割れの可能性もあるかもしれないが。だがそれなら何で今までその片割れに会うことがなかったのか?赤司っちとの結婚式にも、橙星っちの葬儀にも、姉妹なら出席するはず。ふと、彼女の左薬指に視線を落とすと、赤司っちとの結婚指輪がそこにはなかった。
 彼女は赤司っちと結婚してから、一度も指輪を外したことがないのをオレは知っていた。

「・・・じゃあ、誰なんスかあんた・・・こんな似てるのに、橙星っちじゃないなんて・・・」

 赤司っちに、残酷すぎる。

 するとパッと顔を上げた彼女の視線の先に、オレも顔を上げる。
 そこには受付けを済ませた緑間っちが珍しく焦った表情でオレを見下ろしていた。

「緑間っち・・・」
「・・・黄瀬、何故お前がここに・・・」
「そんなことよりこれはどういうことっスか?説明してほしいんスけど」
「・・・・・・」
「この彼女、橙星っちっスよね?どういうことっスか!?何で死んだはずの彼女がここにいるんスか!?ここ数年、緑間っちの様子がおかしいとは思ってたけど・・・赤司っちに何も言わずに一体何やってるんスか・・・」

 もっと聞きたいことはいっぱいあった。
 だが混乱するあまりオレ自身からもそれ以上言葉が出てこない。ただショックであった。もし本当にあの橙星っちなら、赤司っちが可哀想すぎる。残酷すぎる。
 オレの胸は抉られるような痛みを覚えた。彼がどれだけ彼女を失って、悲しんでいたのかを傍らで見ていたのだから。
 
 何も言わず黙ってメガネのブリッジを上げて俯く緑間っちに、オレは痺れを切らし思わず胸倉を掴んだ。

「何黙ってんだよ!何か答えろよ!」
「・・・・・・黄瀬、悪いが何も言うことはないのだよ」
「はあ!?」
「今日見たことは、誰にも言わないでくれ。頼む」
「んなことできるわけ・・・!」
「頼む」
「・・・っ」

 そう懇願する緑間っちに、胸倉を掴んでいた手を放した。再度頭を下げて彼は「頼む、黄瀬」と続けた。オレは呆れて怒りが失せていく。
 こんな緑間っちは初めて見た。そしてそんな彼を見て呆れたが、何か理由があるのだろうとオレは察した。
 震える拳をギュッと握りしめて、オレは二人に背中を向ける。

「・・・赤司っちにも言えない理由なんスか」
「あぁ・・・」
「・・・わかったっス。ただ・・・赤司っちのことを考えたらオレはこの意味わかんねー状況に耐えれる自信がないっスよ」
「・・・赤司にはオレから話すつもりなのだよ。だが、今はまだ言わないでくれ」
「・・・・・・」
「橙星のためにも、頼む」

 何だそれ。何が何だかわからない。
 ギリギリと奥歯を噛みしめる。オレはそれ以上何も言わなかった。

 「涼太ーお待たせー」そう診療を終えた母さんが向こうから手を振ってきて、オレはその場を後にする。すると「黄瀬」と呼び止められ、足を止めた。

「ありがとう」
「・・・何スかそれ」

 お礼を言う緑間っちの表情は、今にも泣きそうな表情であった。
 何なのだ、その顔は。泣きたいのは本当は赤司っちなのに。
 オレは再び歩みを再開すると母さんの元へ向かいながら、ポケットから携帯を取り出し電話をかけた。

『・・・もしもし』
「黒子っち、いきなりごめん。ちょっと聞きたいことがあるんスけど」
『黄瀬君、どうしたんですか?』
「橙星っちの自殺って、どんな感じだったかわかる?」
『え・・・何ですか突然』
「ちょっと知りたくって!知ってるなら何でもいいから教えて欲しいっス!」
『・・・確か、身投げじゃなかったですっけ。海か何処かに。それで遺体は捜索したみたいですけど、結局見つからなかったみたいですよ』

 それを聞いて背筋が凍った。

「・・・そっスか・・・もしかして、橙星っちが自殺したって最初に報告してきたのって・・・」
『緑間君だった気がします』
「・・・わかったっス、ありがとう黒子っち!あと緑間っちの尾行の話なんスけど、オレは降りるっス」
『・・・何かあったんですか?』
「まぁ色々・・・ごめん」


 母さんを車に乗せ、帰路を走る。
 そんな中、オレは赤司っちとの会話を思い出していた。

 橙星っちがいなくなって、一人子育てに奮闘している彼を見て何故執事達に頼らないのか聞いたことがあった。

「何でっスか?仕事で忙しいのに一人で家事もして大変じゃないっスか?」
「まぁ確かに楽ではないよ。だが彼女と結婚する前に決めたんだ。執事達には頼らずにオレ達だけで子供達を育てて普通の暮らしをして行こうとね」
「でも・・・もう状況が変わったじゃないっスか」
「それでも彼女との約束だから。それに雫はオレの中に今もずっといる」

 そう言った赤司っちの顔を思い出し、視界がぼやけた。
 オレ一人にはこの件は荷が重すぎる真実だった。




 07.運命に傷を付けたのは



 中学三年生も半ばに差し掛かった頃。

「雫、高校はどうするんだい」

 中間テストが間近であり、図書室で一緒に勉強していた彼女に問いかける。
 それに雫は顔を僕に向けた。

「私がどうするかくらいわかってるくせにー」
「僕が思っている通りとは限らないだろう」
「もちろん、征十郎と同じ高校に行きますよ?」
「そうか」

 そう言った彼女に安堵する自分がいた。
 逆にもし別の高校へ行くと言い出した場合、無理にでも同じ高校へ通わせるつもりでいたが。

「征十郎はどの高校に行くつもりなの?バスケが強豪なら東京で言うと、秀徳高校とか?」
「いや、洛山高校に行こうと思っているよ」
「洛山・・・?それって何処にあるの?」
「京都だね」
「京都・・・」

 そう呟いた彼女の表情が一瞬曇る。
 それに気づいた僕は口を開きかけるが、彼女は続けた。

「わかった!私も洛山高校に行けるように頑張るね」



 だが、雫は洛山高校に受験しなかった。
 否、できなかったというのが正しいのかもしれない。

「ごめんね征十郎・・・私やっぱり洛山高校には行けないの」
「・・・何故だい?」
「両親が京都は遠すぎるって反対しちゃって・・・私の身が心配みたいで、許可してくれなかったんだ」
「そうか・・・だが全寮制であるし僕もいるのだから、特に心配するようなことはないとは思うが」
「・・・・・・」

 そう返した後、彼女は小さく苦笑して見せるだけであった。
 その時、雫の両親が何故反対したのか、その理由を僕は今でも知らない。
 だが、そう言われたのなら仕方がないとしか思えなかった。ただ彼女を大切にしていくと決めたのに、バスケが強いからといって京都へ行くべきなのだろうかと僕は悩んだ。

 もちろんバスケも大事だが、何より彼女と離れたくなかったのだ。

「大丈夫、高校の3年間だけ離れちゃうけど3年我慢すればまたすぐ一緒にいられるよ?」
「だが・・・」
「征十郎、今はバスケを優先してくれていいんだよ。私も征十郎が高校の舞台で一番になれるの応援してるんだから」

 そう言った雫に、僕は甘えてしまった。
 3年間、それは短いようで長い。

 こうして雫は、秀徳高校へ進学した。
 真太郎と同じ、秀徳高校へ。




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