06.秘密と天体望遠鏡



「・・・詳しくと言っても、ボク達もハッキリと緑間君の隣にいた女性を見たわけじゃないんです」
「駅だったから人も多かったしね・・・」
「そうですね・・・ただ、後ろ姿と雰囲気がとても橙星さんに似ていたのは確かです。髪の色も・・・橙色でしたし」



 キセキの世代達とのストバスの帰り道。黒子と桃井の会話を思い出す。
 聞いてはみたものの、緑間の女性が本当に雫に似ていたからと言ってそれが何かに繋がるかと言えば、何にも繋がらないだろうと思った。

 何故なら、彼女はもうこの世にはいないのだから。

 彼女に好意を抱いていた緑間が、彼女に似ている女性を選んでしまうのも無理もないとオレは思っていた。それに対して特に感じることもない。
 それで緑間の抱える寂しさが埋められるのならば、それで良いとさえ思っている。


 結局、その後オレ達は久しぶりにバスケを楽しみ、黄瀬・青峰の話によると別の日に緑間の行動を尾行し、例の彼女を突き止めるとのことだった。
 「赤司っちも一緒にどうっスか!?」そう黄瀬から誘いを受けたが、流石に緑間の尾行には気が引けた。気分が進まない上に、やはり友人としてプライベートを尾行するなど自分にとっては許容範囲外であったからだ。
 丁重に断りその場は終わったが、後日彼らの緑間の尾行の結果が気になるので、機会があれば聞いてみようかと考える自分は少し矛盾していると思う。


 遊び疲れてぐっすり眠る双子を車に乗せて、帰路を走る中。
 2年前交わした緑間との会話がふと、頭に蘇った。

 それは緑間が現在と変わらず、オレの家に尋ねにきていたある日の会話だった。



「・・・お前も相変わらず仕事一色のようだね。たまには息抜きも必要だろう。確か今住んでいる場所から職場は距離があり通勤するのも大変だと言っていたが、まだそこに住んでいるのかい?」
「いや・・・・・・今はもう別のところへ引っ越したのだよ」
「そうか、1人で住んでいるのか?」
「・・・・・・2人だ」
「!そうか、お前には今まで特定の相手がいるのを見たことがなかったからそれを聞いて少し安心したよ。よかったな緑間」
「・・・・・・あぁ・・・」


 その時の緑間の浮かない表情に、オレは不思議と首を傾げた。

 今思えば、あの浮かない表情をしていた理由が何かあるのかもしれない。所々空いたパズルのピースが、何故だか埋まって行くような予感がした。


 家に辿り着き、爆睡している蘭と蓮を抱きかかえて、汚れた服から寝間着に着替えさせ寝室のベッドへ寝かせてやる。汗で汚れた自分のシャツと双子の服を洗濯機へ突っ込み、それを回した。
 今日のキセキの世代達の会話を頭の中で再生しながら、オレは何となく雫が使っていた部屋へ足を運ぶ。彼女がいなくなってからも、私物がそのまま残っているこの部屋は、本来片付ける予定であった。が、なかなか捨てることができず結局3年経った今もそのままにしてあるのだった。
 この部屋に踏み入ると、すぐに雫がいた頃の記憶が脳裏に蘇る。彼女はよくディスクに向かって何かを書いていたのを思い出した。

 そういえば、一体何を書いていたのだろうか。

 当時は勝手に日記でも書いているのだろうと思っていた。
 だが、本当にただの日記だったのか?雫には中学から結婚するまで日記を書いている習慣などなかった。

 彼女の私物がそのままになっているディスクへ歩み寄り、引き出しを開けて見ると数冊のノートが入っていた。それを手に取り適当に捲ってみる。

「"今日したこと"・・・」

 その中身は日記ではなかった。
 そこにはその日自分がしたこと、買った物などが細かく記されていた。
 別のノートの表紙を捲ってみると、1ページ目に"赤司征十郎"と書いてあり、目を凝らす。
 そのページにはオレの誕生日や好きな食べ物、嫌いな食べ物・・・オレに関することがかなり細かく記してあった。何ページか捲るとオレ以外にも、蘭や蓮に関することやキセキの世代達の情報もある。

 まるで、忘れないように書き留めてあるかのようだった。


 一体何のために。

 そこで、彼女もオレに何かを隠していたのだと、今になって気づくことになる。




06.秘密と天体望遠鏡




 中学3年生になり、季節が夏に差し掛かろうとしている頃。
 部活では既に各々の才能が開花され、キセキの世代にはチームプレイが必要なくなった頃でもあった。

 僕が僕に入れ替わった後も、雫は変わらず接して傍を離れることはなかった。
 テツヤや真太郎から変わったことに指摘される中、僕の傍にずっといた彼女も違和感を感じているはずなのに何も触れてはこない。そんな彼女に「お前は僕に対して何も思わないのかい?」と尋ねたことがあった。

「ん?何で?2人いるっていっても、征十郎は征十郎でしょ?」

 そうふわりと笑った雫に、僕は救われた気がした。

 もう一人の僕が彼女に惹かれた気持ちがよくわかる。
 その声と笑みに、僕も酷く惹かれてしまったのだ。

「以前の僕とは違うが、それでもお前は僕を受け入れてくれるのかい」
「もちろん、だって入れ替わったからって、今まで一緒にいた時間が征十郎の中で無くなっちゃうわけじゃないんだよね?」
「あぁ、もちろん全て覚えているよ」
「それならどっちの征十郎も私の好きな征十郎なんだよ。離れる理由も必要もないよ」
「・・・もし、今までいたもう一人の僕が二度と戻ってこないとしても?」
「もーしつこいなぁー例えそうだとしてもずっと一緒にいるってば」

 そう言って僕の両頬に触れたかと思えば、むにっとつねってくる彼女に眉間に皺を寄せた。「変な顔!」そう笑い出す雫の手を引っ掴み少し強引に抱き寄せて腰に手を回す。

「ちょっと待って!誰かに見られるかも・・・!」
「僕は構わないよ」

 弱々しく抵抗する彼女に、僕は構わず唇を塞いだ。
 僕達のいる空き教室は廊下から丸見えで、とんとんっと胸を叩いて離れようと試みる雫に、僕は舌を絡ませたまま彼女ごとカーテンの裏へと移動する。
 彼女の僅かに漏れる吐息に、気分が高揚した。思わずスカートの裾から手を忍ばせて、内太腿を撫でる僕に雫は身体を強張らせる。

「あっ・・・ちょっとこれ以上はダメ・・・」
「・・・大丈夫、誰も来ないさ」

 そう耳元で囁いた瞬間、ガラッと勢いよく教室のドアが開く音が響き渡り僕達は動きを止めた。
 大人しくカーテン裏に彼女を抱き寄せた状態のまま息をひそめていると、女子生徒2人の声が聞こえてくる。

「よかったー!誰もいないね!」
「空いてる教室あってよかったねーこれで作業が捗るね!」


 そう2人の女子生徒がこちらに近づいてくるのが気配でわかった。
 さてどう誤魔化すか、と考えているとふわっと風が押し寄せて、僕達が隠れているカーテンが大きく靡いた。そのせいでチラり一瞬見えてしまった僕達を見て、女子生徒達は「きゃああ!」と甲高い声を上げる。

「す、すみません!お邪魔しましたぁー!!」

 そう慌てて教室を出ていく2人に、僕達は顔を見合わすとプッと吹き出して笑い合った。

「見られちゃったかなぁ」
「どうだろうね」
「こっちの征十郎は大胆すぎて困っちゃう」
「ふふ、わざと困らせているんだよ」
「意地悪さも増してる・・・!」
 
 橙色の髪を撫でると、くすぐったそうに目を細める。
 僕が入れ替わろうとも、彼女に対する愛しさは依然変わることはなかった。




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