「え!?緑間っち今日来ないんスか!?」
あれから1週間後。時期はお盆に入っていた。
ストバスをやる約束をキセキの世代達でしていた今日、待ち合わせの時間前に私とだいちゃんとテツくんときーちゃんの4人は喫茶店で軽くお茶をしていた。
紅茶を飲み干し大声を上げたきーちゃんの声が店内に響き渡る。その隣にいただいちゃんが「黄瀬うるせーよ」と悪態ついた。
「何で?緑間っち何で来れないんスか?」
「用事があるそうです」
「用事ぃ・・・?」
「女じゃねーの。あいつだってもういい大人なんだから女くれーいんだろ」
「そういう青峰っちにはいるんスか?」
「!うるせーなほっとけ!」
本来ミドリンはストバスに来る予定だった。
だが先程キセキの世代のグループLINEに"用事ができていけなくなった"と一言送られていたのだ。どうやらきーちゃんはそのLINEをまだ見ていないらしい。
赤司くんにも誘いのLINEを送ってはみたが、その返事は未だに来ておらず約束の当日を迎えてしまっていた。
紅茶のおかわりをもらったきーちゃんは、カップを啜りながら続ける。
「確かに、緑間っちここ何年か付き合い悪いっていうか・・・なーんか様子が変なんスよねぇ・・・」
「だから女だろ」
「そういえば、この間桃井さんと休日に買い物に行ったんですが、その待ち合わせ場所に緑間君が女性といたのを見かけました」
「「え!?」」
思い出したように言うテツくんの方へ一斉にだいちゃんときーちゃんが顔を向ける。
「マジっスか・・・緑間っち隅に置けないっスねー」
「つか緑間が選ぶ女ってどんな奴だろうな」
「それが・・・橙星さんによく似ていた人でした。雰囲気とか特に」
テツくんのその言葉を聞いて、途端にだいちゃんときーちゃんは口を閉ざした。
少し間を空けた後、きーちゃんが再び続ける。
「・・・まぁ、無理もないっていうか、緑間っちらしいっていうか・・・」
「アイツいい加減切り替えねぇといつまで経っても結婚できねぇんじゃね」
「それ青峰君が言いますか」
「んだとテツ!!」
「赤司っちの奥さんスからねぇ・・・諦めきれないからって他人の奥さんの面影引きずるのもどうかと思うけど・・・」
「今日の緑間君の用事がその女性と関係しているかはわかりませんけど」
「まぁちょっと気になるっスよね」
「なら緑間尾行して確かめればいいんじゃね?」
サラッととんでもないことを口にしただいちゃんに今度は私たちが一斉に顔を向けた。だいちゃんは気にせず続ける。
「そしたら緑間に本当に女ができたのかもわかるし、その女の顔も見れるし一石二鳥じゃねぇか」
「確かに!青峰っちたまにはいい案出すじゃないっスか!」
「たまにはってなんだよ、いつもだろ」
「一体それの何処がいい案なんですか」
「そういうテツだって気になんだろ?」
「まぁ・・・ならないって言ったら嘘になりますけど」
「よし、じゃぁ決まりだな」
どうやらミドリンを尾行する作戦は決定のようだ。
そんな3人の話し合いに苦笑しながら耳を傾けていると、膝に乗せていた携帯がピロンと音が鳴り確認すると個人の方に赤司くんからのLINEが届いていた。見るとどうやらストバスには来れるとのことだった。
私は少し安堵した。赤司くんが来てくれることに。
「赤司くん来れるって!ストバス!」
「マジっスか!よかったー!てか紫原っちも来れるんスか?」
「むっくんは後で合流するって!蘭ちゃんと蓮くんも連れてくるみたい、楽しみ!」
「そういえば双子の妹の方は黄瀬にベタボレだったよな」
「あはは・・・そういえばそーだったっスね」
約束の時間まであと2時間。
私達は昔の話に花を咲かせていた。
04.後ろめたさに似た安堵
「真ちゃんに報告があるの!」
そう喜々として部活に向かおうとしていたオレの元へやってきた雫の言葉に動きを止める。本能的に聞きたくない、そう思った。
「・・・何なのだよ、改まって」
「あのね、赤司くんと・・・付き合うことになったの!」
それを聞いて思わず手に持っていたラッキーアイテムの定規を落としそうになった。自分が恐れていたことが現実になってしまった。赤司はオレが思っていた以上に色恋沙汰に対して積極的な男だったらしい。
この動揺が目の前の彼女に悟られないように、メガネのブリッジを押し上げ何とか平然を装う。
「そうか、よかったな」
「うん!何だか夢みたいで実感がわかないけど」
そうふわりと微笑む彼女に、このまま自分の気持ちを、昔からの想いを打ち明けたら一体どんな表情をするのだろうか。
否、そんなことできるはずがなかった。オレには赤司を裏切るような行為はできなかった。
「緑間、昼休みに一局どうだい?」
雫に報告を受けた翌日。
オレの教室へやってきた赤司に将棋の誘いを受けたオレは、それを承諾する。いつも昼休みの時間も忙しそうにしている赤司が自ら誘ってくるのはかなり稀なことであった。
移動した空き教室で向かい合って将棋を開始するオレ達は、しらばく無言であった。
パチッ、パチッと交互に打つ駒を盤に当てる音だけが教室内に響く。
すると「緑間」とオレの苗字を呼んだ赤司に顔を上げる。
「何だ、赤司」
「お前は、橙星のことをどう思っているんだい?」
「!」
どうせ彼女と付き合ったことをオレに言うのだろうとそう予想していた考えが見事外れ、そう尋ねてきた赤司に思わず肩を揺らしてしまった。
その僅かに表に出したオレの動揺を見た赤司は、フッと口に弧を描く。
「・・・何なのだよ急に」
「すまない、お前がそこまで動揺するとは思っていなかったよ」
「別に、動揺していないのだよ」
「・・・オレに遠慮せず、彼女に気持ちを伝えても構わないぞ。お前にはその権利があるだろう」
「何?」
「橙星が好きなんだろう?」
「・・・・・・」
「それでもし、彼女の気持ちがオレからお前へ移ったとしても縁がなかったんだとオレは諦めるよ」
そう目を伏せて言う赤司に、オレは内心困惑した。
奴が何を考えているのかわからなかった。オレが例え気持ちを伝えたところで、彼女は自分に夢中だから何の支障もないと、そう言いたいのだろうか。だが赤司がそういう人間ではないことを、自分が一番よく知っていた。
「・・・アイツは昨日、オレに喜々としてお前と付き合うことになったことを話してきたのだよ。アイツは赤司、お前のことしか見ていない。オレの入る隙間はないのだよ」
「・・・・・・」
「・・・それに、お前なら彼女を悲しませるようなヘマはしないだろう」
「・・・あぁ、もちろんだ。悲しませるようなことは絶対にしないよ」
「オレはそれだけで十分だ」
パチッと駒を進めるも、戦況はやはり赤司が優勢であり眉を寄せる。
そしてなかなか打ち返してこない赤司に、長考する盤面でもないだろうとオレは顔を上げると、ルビー色の瞳はすでにオレの方を向いていた。
「どうしたのだよ、赤司」
「・・・緑間、お前がずっと大切にしてきたものを奪ってしまい、すまない。だがオレは必ず彼女を幸せにすると約束するよ」
それを聞いて、何処か安堵する自分がいたのは確かだった。
「フン・・・まだ先のことはわからないのだよ。オレ達はまだ中学生だ」
「ふふ、そうだね。・・・ところで緑間、」
「あぁ・・・投了なのだよ」
オレは、赤司に一生敵わない。
それはバスケも、将棋も、恋愛も。
そしてそれは、現在である今も変わらない。
「・・・緑間、オレは約束を守れなかった。彼女を幸せにしてあげることができなかった・・・すまない」
葬儀の時、赤司は彼女の笑っている遺影写真を見つめてオレにそう言った。
その悲しみに染まった横顔を見て、チクリと胸に針が刺さるような痛みが走る。
「真ちゃん、私今すっごく幸せだよ!征十郎のおかげで!」
「・・・いや、アイツはお前のおかげで幸せだと、笑っていたのだよ」
それを聞いて、赤司は気休めの言葉だと感じただろう。
だがそれは真実で、彼女は紛れもなく赤司と結婚しとても幸せそうに笑っていた姿がオレの記憶にはいつまでも残っていた。