03.願わくばを願わねば



 「テツくーん!!」

 休日。
 桃井さんと買い物を共にする約束をしていたボクは、待ち合わせ場所の駅前にいた。手を振りながら駆け寄ってくる彼女に、小さく振り返す。

 「ごめん、待った!?」
 「いえ、ボクも今来たところなので大丈夫です」
 「よかった!行こっかテツくん!」
 「桃井さんすごく上機嫌ですね」
 「んーだってテツくんとのデートだしねー!」

 そう満面の笑みで答える桃井さんに、顔が緩んだ。
 「そういえば」と思い出したように彼女は続ける。

 「来週みんなとストバスする日だったよね?」
 「そうですね、確か青峰君も帰ってきてるんですっけ」
 「うん、大ちゃんもお盆の間は日本にいるって」
 「そうですか、会えるの楽しみです」

 来週はお盆の週であった。
 アメリカに行っている青峰君が帰ってきているようで、来週は久しぶりにキセキの世代で集まってストバスをする約束をしているのだ。

 「・・・赤司君も来るんでしょうか」
 「うーん・・・一応声はかけてるけど・・・」
 「来てくれるといいですね」
 「そうだね、蘭ちゃんと蓮くんにも会いたいなぁ」

 キセキの世代であるボク達の中で、唯一結婚して子持ちになったのは赤司君だけであった。当時、中学から交際していた赤司君と橙星さんの2人がいつか結ばれる日が来ればと願っていたが、無事彼らが入籍したことを知った時はとても嬉しかったのを今でも覚えている。

 彼らに瓜二つである双子のことを思い出しながら、にこにこと笑う桃井さんを横目にボクも微笑んだ。元気な赤司君とその子供らに会えるのをボクも楽しみにしていた。

 ふと、少し離れた位置にいる緑色の頭が視界に映り足を止める。

 「あれは・・・緑間君?」
 「え?・・・あ、ほんとだミドリンだ」

 そこにいたのは背が高いせいで周りから頭が飛び出ている緑間君の姿があった。人混みの中ハッキリ見えるのは緑間君だけだったが、どうやら誰かと一緒にいるようだ。シルエット的にそれは女性だとわかる。

 「ミドリンの彼女かな?」
 「そうですね・・・でもなんか、」

 見たことあるような。違和感。
 ここからではよく見えないが、緑間君の隣にいる女性が誰かに似ているような気がした。
 するとすぐに思い浮かぶのは赤司君の奥さんである彼女だった。

 「なんだか、橙星さんに似ていませんか」
 「え!?まぁ、ミドリンは雫ちゃんと幼馴染みだったし中学の頃雫ちゃんのこと好きだったし・・・なんとなく似てる人選んじゃう気持ちもわかるかも」
 「・・・そうですね、彼女なわけないですよね」
 「そうだよ、だって雫ちゃんはもう・・・」

 そこまで言って桃井さんは口を閉ざす。
 みなまで言わずとも彼女が言いたいことはボクにも伝わった。似ている人なんて探せばいくらでもいるだろう。
 緑間君は中学の頃から、幼馴染みであった橙星さんに好意を寄せていた。否、もっと前からだったのかもしれない。その中、赤司君と付き合うことになった橙星さんに、当時の緑間君は平然を装っていながらもかなりショックを受けていたことにボクは気づいていた。そんな彼が橙星さん似の女性を求めてしまうのも無理もないのかもしれない。

 そう思い、ボク達はその時大して気にも止めず休日を満喫することにした。




  03.願わくばを願わねば




 彼女を初めて見た時、母さんが亡くなり色褪せていた世界が急に色づいて見えたのを覚えている。
 色恋沙汰に興味がなかったオレの、一目惚れだった。


 全中も終わり、1年である自分が副主将を任せられた頃。
 練習後に桃井が集めてくれた他校のデータを虹村さんと整理をし、それを終えて帰ろうとしていた時。体育館から漏れる光に誰が練習しているのかと中を覗き込むと、そこにはシュート練をしている緑間と彼女、橙星の2人の姿があった。

 「真ちゃんナイスシュート!」
 「当然なのだよ」
 「どうやったらこの距離からシュートが入るのか不思議なんだけど。真ちゃんの身体は一体どういう作りをしてるんだろ」

 そう言って緑間の身体に触れる橙星の手を、緑間は慌てて振り払う。

 「なれなれしく触るな!」
 「なれなれしくって・・・今更?真ちゃん何照れてるの?」
 「照れてないのだよ」
 「小さい頃だけど一緒にお風呂に入った仲じゃないですか」
 「なっ!!うんと昔の話だろう!!」
 「顔真っ赤だよ?」
 「うるさいのだよ!」

 そのやり取りだけで彼らの仲睦まじさが手に取るようにわかった。そして緑間の反応を見て察する。

 ああ、彼も橙星が好きなのだろう、と。

 ヴァイオリンコンクールに誘った時、緑間と橙星が幼馴染みだということをオレは知らずにいた。オレの知らない彼女を知っている緑間の好意に、オレは少なからず焦りを覚えたのだった。




 「橙星さん」

 学校の休み時間。
 彼女がたまに音楽室を借りて1人、ヴァイオリンを弾いていることをオレは知っていた。この日いつも休み時間にやることが多く時間がないオレは珍しく暇を持て余していたので、音楽室へと足を運んでいた。

 「!赤司くん?どうかしたの?」
 「いや・・・時間ができたから橙星さんのヴァイオリンを聴きに来たんだ」
 「そんな大して上手でもないから、赤司くんの貴重な時間を割いてまで聴く価値なんてないよー」
 「そんなことはないよ。オレにとっては十分価値がある」
 「ふふ、ありがとう」

 音楽室の扉を閉める。
 その瞬間、この空間がオレと彼女の2人だけのものだと思うと心が躍った。

 「さっき弾いていた曲はタイスの瞑想曲だね」
 「うん、そう!赤司くんも確かヴァイオリン弾いてたんだよね」
 「あぁ、昔オレも課題曲としてよくその曲は弾いていたな」
 「そうなんだ、私この曲すごく好きなの」
 「そうか、この曲ならオレも伴奏弾けるからよければ合わせてみるかい?」
 「えっいいの?」
 「もちろん」

 ピアノの椅子に腰を下ろして鍵盤に手を添えるオレは、傍らに立ってヴァイオリンを構える彼女にアイコンタクトを送る。すると彼女は小さく頷いて瞼を下ろし弦を撫でた。そんな彼女を見つめながらオレも伴奏を合わせる。

 誰もいないオレ達2人だけの時間。まるで一心同体になったような心地よい時間だった。
 格別上手いというわけではないが、オレは彼女の弾くヴァイオリンの音色が好きだった。鍵盤に指を滑らせながらヴァイオリンを奏でる彼女を見つめる。その姿はとても美しくて、改めて彼女のことが好きだという感情が芽生えた。

 この想いをいつ伝えようかと、タイミングに悩む毎日だった。

 この日をきっかけに、彼女と休み時間を音楽室で過ごす機会が増え、その何度目かの機会の時。

 「赤司くんのピアノ、真ちゃんのピアノに似ててすごく居心地がいいっていうか安心する」

 そうぽつりと嬉しそうに呟いた彼女がきっかけだった。
 "真ちゃん"。
 その親しげに呼ぶ名前に焦燥感に科せられる。

 「・・・オレより、緑間の方がいいかい?」
 「え?」

 驚いたように振り向く彼女を見つめて続ける。

 「緑間と随分仲が良いようだから、橙星さんは彼のことが好きなのかと思って」
 「え、ないない。真ちゃん・・・緑間くんはただの幼馴染みで家族みたいなものだよ」
 「そうか・・・でも彼はそうは思っていないように見えるけどね」
 「え・・・?それってどういう・・・」

 首を傾げる橙星に、やはり緑間の好意に気づいていないのだとわかった。

 「橙星さんは、緑間のことどう思っているんだい?」
 「もちろん好きだけど、それは恋愛感情の好きではないかな」

 それを聞いて安堵する自分がどこかにいた。
 はぐらかすように彼女は続ける。

 「赤司くんもすごくモテるし大変そうだよね。部活でももう副主将だし成績も学年トップだし・・・周りの女子が夢中になっちゃうのもわかる」
 「・・・じゃあ橙星さんは?」
 「え?」
 「そんなオレに君も夢中になってくれるのかい?」

 そう尋ねたオレに、想定外だったのだろう彼女は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。
 その顔が可愛くて思わず吹き出しそうになるのを堪える。
 だがなかなか返ってこない反応に、気まずくなるのを避けたいオレは続けた。

 「すまない、突然変なことを言ってしまって。忘れてくれ」
 「・・・む、夢中になってもいいの?」
 「え?」

 予想外の言葉に今度はオレが唖然とする。

 「私なんかが、赤司くんに夢中になってもいいの・・・?」

 いつの間にか彼女の表情は頬を赤らめて緊張したような面持ちへと変わっていた。
 その表情と言葉に、静かだった自分の鼓動も急に加速し始める。
 「赤司くん?」といつまでもフリーズしていたオレに訝しげな表情で名前を呼んだ彼女に我に返った。

 「・・・すまない、意外だったから」
 「ううん、大丈夫だけど・・・」
 「・・・橙星さんがオレに夢中になってくれるのなら、なってほしい」
 「・・・!」
 「君には、オレだけを見ていてほしい」
 「赤司くん・・・」
 「好きだ。バスケ部に入部して橙星さんを一目見た時からずっと好きだった」

 そう言って彼女に歩み寄り、肩を抱き寄せると自分の胸中に収める。ふわりとシャンプーのいい香りが鼻腔を擽った。

 緑間には悪いが、彼女を渡したくない。

 伝わる彼女の体温が心地よくて、回した腕に力を込めた。

 「・・・私も、赤司くんのことが好き」
 「!」

 そうオレの背中に腕を回してきた橙星に、オレは瞼を下ろす。

 絶対に手放したくない。離れたくない。
 そう心から思い、何より彼女を大事にしていくと心の中で誓った瞬間だった。




 なのに、彼女はオレから離れて逝ってしまった。
 何が原因なのか。知らずに自分が彼女を苦しめていたのか。そうだとしたら何なのか。
 考えても考えても答えは出ず、オレは今でも現実を見ず、彼女と過ごしてきた思い出の中で生きているのだった。




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