01.エピローグ



 ヴーヴーヴーヴーヴーッ・・・・・・

 取引先との大事な会議中、マナーモードにしていた携帯のバイブ音が鳴る。オレは構わず交渉人と目線を外さずに会議を続けていた。どうせ大した用件の着信ではないだろうと思っていたから。携帯の震えは次期に止まった。


 ヴーヴーヴーヴーヴーッ・・・・・・

 だが間髪入れずに再び震え出す携帯に、オレは内心ため息をつくと交渉人に一言失礼を詫びて会議室を後にし、携帯を開く。

 画面には"緑間真太郎"と表示していた。

 
 「緑間か、どうした?」
 『出るのが遅いのだよ!いいか、落ち着いてきいてくれ。雫が・・・・・・』


 珍しく切羽詰まったような緑間の声色とその言葉に、オレの思考回路は停止した。
 オレの中で築き上げてきた大切なモノが音を立てて一気に崩れ去っていく瞬間だった。

 目の前が、真っ暗になる。


 『雫が・・・・・・自殺したのだよ・・・』




  01.エピローグ



 7月7日。
 七夕であるこの日は、オレ達にとって結婚記念日でもあった。

 毎年必ずこの日にオレの家に綺麗に咲き誇った月見草の鉢植えが届くようになったのは、彼女がいなくなってからだった。

 「・・・今年もまた届いたのか」

 オレの家に訪れていた緑間が窓辺に置いてある月見草の鉢植えを見て、そう呟く。それと同時にティーカップをソーサーに置く食器音が部屋に響いた。

 「あぁ、毎年必ず結婚記念日に届くんだ。最初は差出人の名前を見て驚きはしたが・・・・・・まさかとは思うが緑間、お前の仕業かい?」
 「何のことだ?オレは関係ないのだよ」
 「そうか。ならこの差出人は幽霊からとでも言うのか?誰かが代わりに贈り付けているとしか思えないんだが」
 「・・・さあな、オレは何も知らないのだよ」

 毎年綺麗にラッピングされて届く月見草の鉢植えの差出人の名前には、ありえないことに赤司雫と書いてあるのだ。それは紛れもなくオレの妻でもあり、緑間にとっての幼馴染みでもある彼女なのだ。


 「ねえー緑間おじちゃんー!!あそぼうよー!!」
 「ダメだよ緑間おじちゃんはぼくとあそぶんだよ!」
 「緑間おじちゃんこれなあに?」
 「それはラッキーアイテムなのだよ・・・コラッ!勝手に触るな!」

 椅子に座る緑間を取り囲むようにして、2人の幼児がはしゃぎ出す。ラッキーアイテムである両面テープを奪われた緑間は必死になって取り返そうとしていた。

 「蘭、蓮。あまり緑間おじさんを困らせてはいけないよ」
 「ねぇパパ、ラッキーアイテムってなに?」
 「それは緑間おじさんにとって命の次に大切なものだから返しなさい」
 「いのちのつぎにたいせつ・・・?これが?」
 「いつかお前達にもラッキーアイテムを与えてやるから返すのだよ!」
 「いや、緑間。それは遠慮しておくよ」

 蓮と呼ばれた赤い髪の男の子は、大人しく緑間から離れてオレの元に駆け寄っては足に抱き着いてくる。蘭と呼ばれた橙色の髪の女の子は、変わらず緑間から離れようとはせず「あそんでよー!」と緑間の服を引っ張っていた。
 そんな蘭の顔を見ながら、緑間はしみじみと呟く。

 「・・・小さい頃のアイツにそっくりなのだよ」
 「・・・そうかい?」
 「蓮はお前にそっくりだな、赤司」
 「確かに・・・小さい頃の自分を見ているようだよ」

 そう言って、自分の足にまとわりついている赤髪に触れる。
 蓮と蘭は二卵性の双子で顔はあまり似ていない。代わりに蓮はオレに、蘭は彼女に瓜二つであった。

 ふと足元にいた蓮が「ねぇパパ」と見上げてくる。

 「ママにあいたいよ。ママどこにいるの?」
 「・・・・・・」

 その一言にオレと緑間は俯く。
 「わたしもママにあいたいよ!」と蓮に続いた蘭の声が部屋に響き渡った。

 「ママは・・・遠いところにいるから会えないんだ」
 「とおいところってどこ?」
 「蓮と蘭では届かない、うんと空の上にいるよ」
 「パパでもとどかないの?」
 「・・・そうだ、パパでも届かないんだ。だがママはいつも蓮と蘭のことを空の上から見守ってくれているよ」
 「ほんと?」
 「あぁ、本当だ」

 それを聞いた蓮は嬉しそうに、安心したように目を細めた。
 その一部始終を、緑間は何か言いたげな表情で傍観していることに気づき、声をかける。

 「どうした?緑間」
 「・・・赤司、再婚はしないのか?」

 その問いに、オレは迷いなく答える。

 「あぁ、するつもりはない。これからもずっとね」
 「・・・・・・」
 「オレは今でも彼女を愛している」

 そう言って棚に飾っている写真立てを見つめた。その中には彼女と自分のツーショットや帝光中のバスケ部の集合写真、高2で結成したVSチームの集合写真などが飾ってある。どの写真の彼女も幸せそうに笑っていた。

 中学校の頃から、ずっとそばにいた彼女が今はもういない。
 それはオレにとってとてつもなく耐えがたい現実だが、彼女以外の女性を好きになれるはずもなくオレは一人で2人の子供を育てていた。

 「そうか・・・もし何かあったら遠慮なく頼ってくれ」
 「助かるよ、ありがとう緑間」
 「オレはそろそろ帰るのだよ、邪魔したな赤司」

 そう荷物を持ち、玄関へ向かっていく緑間の後ろに続く。
 靴を履き扉を開けた彼に「緑間」と声をかけると、足を止めてこちらを振り向いた。

 「オレに、隠していることはないかい?」
 「・・・別に何もないのだよ。お前が元気そうで安心した。また来るのだよ」
 「・・・・・・」

 踵を返して出ていく緑間の後ろ姿を見送る。
 緑間は月に1度のペースでオレの家へ訪れていた。
 彼女と幼馴染みであった彼からしたら、蓮と蘭、特に蘭を見るのは彼女を見ているようで昔を思い出し懐かしい気持ちになるのだろう。それに対して何も不満も不審も感じていたなかったが、何度目かオレの家に訪ねてきた緑間の反応や態度に何かしらの違和感を覚え始めた。オレに何か重要なことを隠しているように感じるのだ。

 だが、例え何かを隠していたとしても、今のオレにはそれが何なのか検討もつかなかった。

 部屋に戻り、蓮と蘭に緑間が持ってきてくれたケーキを与え、オレは窓辺に置いている月見草の鉢植えを眺める。
 この花を毎年結婚記念日に贈ってくるのは、もういるはずのない彼女なのだ。
 何の目的で、死して尚オレに何を伝えたいのか、何故この花なのか。
 オレにはわからないでいた。






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