16.続きの「めでたし」を見つけるまで



 雫との一週間のうち、二日目を迎えていた。

 別荘内にあるシアタールームに雫が物珍しそうに出入りをしていたので、二日目のこの日オレ達は映画鑑賞を嗜むことにした。


「あっ、私なんか淹れてきます。赤司さん何がいいですか?」
「じゃあカフェラテを」
「わかりました!ミルク少なめですね」
「!」

 そう自然と返してきた彼女の言葉に、オレは目を丸くする。
 何故なら、彼女がオレの好む割合を知っていたからだ。

「・・・何故、オレが少なめを好むことをご存知なんですか」
「え?」

 訝し気に尋ねるオレを見て、ようやく彼女は「あ・・・」と小さく声を漏らし先程の自分が口にした言葉に気が付いた。

「・・・何、ででしょう。わかりません」
「・・・・・・」
「でも、赤司さんはいつもカフェラテを飲まれる時、ミルク少なめが好きだったなって思って・・・」
「・・・そうですか」
「あれでも何で知ってるんだろ、前に赤司さんが教えてくれたのかな」

 いや、オレは彼女と再会してから好みに関しての情報を与えた覚えはなかった。
 まさか、目の前の彼女は記憶が無い振りをしているだけで、本当は何もかも思い出しているのではないか。そんな疑念が浮かんでしまい、バカバカしいとすぐに振り払う。それをする理由もメリットも何もない。一瞬沸きあがった期待を手放した。

 だが、もしかしたら記憶を取り戻すきっかけを自分が与えてあげられるかもしれない。
 先にシアタールームに行き棚に並んでいる数多くのDVDから、洛山高校へ進学するため京都に引っ越す前に雫と観に行ったあのラブロマンスの映画を探す。そして安易に見つけることができ、それを手に取ると丁度カフェラテを淹れてきた雫が戻ってきた。


「ありがとうございます」
「いえいえ、何の映画を観るんですか?」
「これを」
「・・・・・・」

 DVDのパッケージを見せた瞬間、ハッとしたような表情を見せた彼女に「・・・観たことありましたか?」と尋ねる。

「いえ・・・ただ赤司さんってこういうの好まれるんだなぁって。意外な一面を見た気がして」
「・・・・・・」

 そう嬉しそうに小さくはにかむ雫に、オレは眉を寄せた。別に好みなどではない。当時だって話題作だと雫がどうしても見たいと言ってきたから仕方なく見ただけだ。今だって、彼女がこれを観たら何か思い出すのではないかと思い選んだだけなのだ。だが彼女にそう説明するわけにもいかず、意外な一面と捉えられたことに少し恥ずかしく思うも堪えた。

 DVDをデッキに入れ、ソファに腰を下ろすオレと二人分くらいのスペースを空けて雫も腰を下ろした。そのポッカリ空いたスペースが今のオレと彼女の気持ちの温度差のように見えてしまい少し寂しく感じてしまう。

「・・・もう少し近くに来ませんか」

 そう自分の隣をポンポンッと叩くと、それを見た彼女はパァッと表情を明るくしてすぐに隣へ座ってきた。そんな彼女を見て、ああ懐かしいなと愛しさが込み上げる。

「お、お邪魔します・・・!」
「どうぞ」

 彼女と再会して、こんな至近距離に一緒にいるのは今日が初めてだ。不覚にもドキドキする自分がいる。それは彼女も一緒のようで顔が少し赤く映った。

 DVDを再生し、しばらく流れる映画にオレ達は何も言葉を交わさずに没頭していた。オレに至っては、記憶を失くしてしまう主役の女性が雫と重なって見えてしまい当時とは違い変に感情移入してしまった。

 そんなオレに当然気づくはずもない雫は、隣で頭をカクカク揺らして眠りかけていた。やがてポンッとオレの右肩に頭をもたれて睡魔に負けてしまった彼女から気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。

 このまま寝顔を眺めているのも悪くない。だが彼女にはこの映画を観て欲しかった。見ることで何か変わるかもしれないと、そんな淡い期待があるから。

「・・・雫」
「・・・・・・」
「起きるんだ、雫」
「ん・・・・・・」

 優しく声を掛ければゆっくり瞼を上げた彼女と至近距離で視線が交わう。
 綺麗な橙色の瞳は、いつだってオレを捕らえて離してくれない。

「おはよう」
「あ・・・!すみません、寝てしまって・・・!頭ももたれてしまって・・・重かったですよね」
「いえ、大丈夫です。起こしてしまいすみません。どうしてもこの映画を最後まであなたに観てもらいたくって」
「赤司さんのイチ押しですもんね、観ます!」
「・・・別にイチ押しではないですが・・・」

 そこから彼女は眠ることなく最後まで映画を鑑賞した。当時初めて観た時は心打たれなかったが今の俺には精神的に来るものがあり無駄に疲労感だけが残った。項垂れる自分の隣で大きく伸びをする彼女に感想を尋ねてみる。

「どうでしたか、この映画」
「そうですね・・・好きな人に忘れられてしまうのは残酷で悲しいですが・・・相手との大切な思い出がなかったことになるわけではないし、その女性の恋人が全部覚えてくれているし、記憶が失くなってもきっとあの女性は恋人と一緒にいたいと思っているはずですし、それだけで救われたと思います。二人が過ごした大切な思い出はずっと消えることはないですから」

 その言葉はオレにとって衝撃的なものであった。

 彼女は記憶を失う前の雫とまた違う意見を述べた。確かに記憶など戻る必要はないのかもしれない。オレが全て覚えているのだから。オレが忘れずにその思い出を大切にしていけばいいのだから。この映画の結末のように、また新たに彼女との思い出を築き上げて生きて行けばいいのではないか、と。

 あとは彼女が子供達を受け入れて子供達も時間をかけて打ち解けていってくれればいいではないか。父の納得など得る必要などない。そもそも結婚だって最後まで反対されていたではないか。

 「赤司さん、大丈夫ですか?」そう顔を覗き込んできた雫に我に返る。

「・・・大丈夫です」
「素敵な映画でしたよ。赤司さんが好まれるのもわかります」
「オレは・・・あなたの意見を聞いて救われました。観て頂いてよかったです」
「え?そ、そうですか」
「それまでこの映画をただ寂しく残酷なものだと思っていたので」

 「ありがとうございます」そう付け加えて微笑んで見せると彼女も嬉しそうに笑んでくれた。

 オレはやはり、彼女と生きたい。
 きっと雫もそう思ってくれていると信じたかった。




 16.続きの「めでたし」を見つけるまで




 雫と同棲し始めてから2年が経過した頃。
 ある日、昼間買い物に出かけた彼女が夜になっても帰ってこないことがあった。

 最初は寄り道でもしているか緑間辺りに久しぶりに出くわして話し込んでいるのかもしれないと思っていたが、夕方を過ぎ日が沈んで暗くなっても帰ってくる気配はなかった。何かあったのではないかとLINEをしたり電話をかけても返事は一向になく、さすがに可笑しいと思いオレは緑間に電話を掛けた。

『どうしたのだよ、赤司』
「緑間、急にすまない。雫はお前のところに来ているか?」
『いや、来ていないが・・・何かあったのか?』

 来ていないと答えた緑間に、オレは頭が真っ白になる。
 では彼女は何処に?桃井や黄瀬のところだろうか?

「・・・昼間買い物に出かけたっきり帰ってこなくてね。連絡も取れない状態なんだ」
『何だと・・・』
「迷子になるなど考えられないし、もしかしたら桃井のところにいるのかもしれない。連絡してみるよ」

 そう言って通話を切ろうとした時、『・・・迷子、』そう小さく呟いた緑間にオレは再び携帯を耳に押し当てた。

「・・・緑間?」
『赤司・・・アイツがよく行くところや一緒によく過ごした場所など、近場にあるか』
「たくさんあるが・・・それがどうかしたのかい」
『虱潰しそこへ行ってみろ、オレも雫を探す』
「・・・あぁ、わかった。すまない緑間」

 何処か心当たりのあるような口ぶりの緑間に、何か引っかかった。だが今はそんなことよりも彼女を探すことが優先だ。言われた通り雫がよく足を運ぶ場所へオレは虱潰し足を運んだ。

 休むことなく息を切らしながら走って探すも一向に彼女は見つからない。まさか攫われたのではないか、とか体調を崩し倒れているのではないか、とか悪いことばかりが頭に浮かぶ。彼女の身に何かあったら・・・オレはどうすればいいのだろう。そう焦りと不安がオレの胸を支配しどんどん冷静さを失っていく。

 すると車が多く行き交わる道の片隅に見間違えるはずのない雫の姿を見つけ足を止める。建物に背中を預け空をぼーっと仰いでいる彼女は、「雫・・・!!」そうオレが切羽詰まったような声色で名前を呼ぶまで微動だにしなかった。

「!・・・・・・征、十郎・・・」

 膝に手を付いて息を整えるオレを、彼女は眉をこれでもかと八の字に下げて見つめる。

「何しているんだ・・・こんな遅くまで。探したぞ」
「ご、ごめんなさい・・・」
「連絡もないし返事も返ってこないから・・・何かあったのかと心配したよ」
「充電が、切れちゃって・・・」
「・・・無事で良かった」

 おどおどする彼女を引き寄せて抱き締める。
 すると気が緩んだのか、抱き返しては嗚咽を漏らし始める雫の頭をポンポンっと優しく撫でてやった。
 この時、結局彼女が遅くまで何をしていたのか、何故帰ってこなかったのかオレにはわからなかった。この時から彼女の病状が進行してきていることにも。







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