14.いつまでたってもあの日のままで



 雫の元へ車を走らせ迎えに行くと、何の偶然だろうか。
 彼女はオレが誕生日にプレゼントしたワンピースを身に纏いマンション下で待っていた。

「すみません。お待たせしました」
「あ、あの荷物とか、何か必要な物はありませんか?何を持って行けばいいのかわからなくて・・・」
「いえ、何も必要ありませんよ。もしあればオレが買うので気にしないでください」
「え、でも、」
「とりあえず、どうぞ」

 おどおどする雫に手を差し伸べる。
 顔を赤くしてその手を取った彼女に、またこうして触れることができることに喜びを噛み締めた。手を繋いで彼女を助手席へとエスコートし、オレも運転席へ腰を下ろす。

 そのまま車を走らせると、隣の彼女は不安そうな声色で尋ねてきた。

「あの・・・何処へ行くんですか?」
「別荘があるので、そちらに向かっています」
「別荘!?」
「はい、必要なものは大方揃っているので快適に過ごせると思いますよ」
「え、いや・・・そうじゃなくて、どうして別荘なんですか?」
「・・・その方があなたと静かに過ごせるかと思って」
「!」

 それだけ返すと雫は口を閉ざした。
 向かっている別荘はよく結婚する前もその後も彼女と二人で足を運び過ごしていた場所である。あの場所には彼女との思い出がたくさん詰まっている。この一週間、最後にオレはその場所で彼女と過ごしたいと考えていた。


「でか・・・・・・!」

 都内から少し離れた場所にある別荘へ到着するなり、それを見上げた雫はポカンと口を開けたまま立ち尽くしていた。
 そんな彼女の反応に思わず吹き出す。

「あ、すいません・・・あまりにも大きな別荘だったので・・・」
「いえ、懐かしいなと思って」

 昔、雫をここへ初めて連れてきた時も彼女は全く同じ反応をオレに見せたのだった。一瞬彼女があの頃の彼女に戻ったような錯覚に陥る。

 中へ入ると、久しぶりに足を踏み入れたそこはたくさんの思い出がオレを待っていた。雫とは本当によく二人でこの別荘で過ごした。リビング、キッチン、ベッド、縁側。思い出は何年経ってもこの場所に溢れていた。

 ぎこちなく立っている雫に声をかけ、オレはリビングの隣にある部屋へ招く。

「!ヴァイオリン・・・」

 部屋に入るなり、雫は立てかけてあるヴァイオリンを目にすると足を止める。そのヴァイオリンは彼女がずっと愛用していたものであった。

「・・・この部屋はピアノもあるんですね」
「はい。昔よくここでセッションしていました」
「・・・奥さんと、ですか?」
「・・・そうですね」

 中学の頃、彼女と距離を縮めるきっかけになったヴァイオリンとピアノ。それからも雫とはよくこの部屋でオレがピアノで伴奏し、彼女がヴァイオリンを弾いて演奏していた。

 ヴァイオリンの前でいつまでも動かないでいる彼女に、そのヴァイオリンを手に取り差し出す。

「よければ弾いてみませんか」
「え、でも・・・私ヴァイオリンなんて・・・弾いたことないです」
「そう、ですか」

 やはり、覚えているわけないか。
 内心ヴァイオリンは分かるのではないかと期待していた分、落胆も大きかった。ヴァイオリンに触れようともしない彼女に代わり、オレが構えて弦を撫でる。
 部屋の中が音色で包まれた。

 「この曲・・・・・・」そう反応を見せた雫に、オレは手を止める。

「懐かしい・・・」

 そう何処か悲し気に呟いた彼女は今にも消えてしまいそうな程儚く映った。

「・・・この曲、ご存知ですか」
「タイスの、瞑想曲」
「そうです。・・・オレの好きな曲です」
「そうなんですか、私もこの曲すごく好きです」

 その言葉を聞いて胸が締め付けられる。
 雫はこのタイスの瞑想曲が好きで、よく弾いていた。
 この曲はオレ達にきっかけをくれた曲でもある。

 また、この曲をきっかけに彼女が思い出してくれればどんなにいいことか。
 そんな奇跡に縋りつくような考えは、実にオレらしくない。

「あの、ヴァイオリン・・・お借りしてもいいですか」

 そう遠慮気味に尋ねてきた雫に我に返り、持っていたそれを手渡す。
 ぎこちなくヴァイオリンを構えた彼女は、中学の頃と何も変わらない。その姿をピアノを奏でながら眺めるのがオレはとても好きだった。

 ゆっくり弦を鳴らす彼女は、オレが先程弾いていたタイスの瞑想曲を奏で始めた。楽譜も何もないのに当時のように瞼を下ろしてヴァイオリンで唄う彼女に見入ってしまう。

 ふと頬に涙を伝わせる彼女に気付いた。

「・・・何故、泣いているんですか」
「え?・・・あ、本当ですね。何ででしょう」
「・・・・・・」
「・・・なんだか懐かしいんです・・・昔よく誰かと一緒に弾いてたような気がします」
「・・・そうですか」
「その誰かは・・・ピアノを弾きながらヴァイオリンを弾く私のことを、優しく見守ってくれていました。・・・また、その人に会えたらって思うと・・・涙が溢れてきました。ごめんなさい」

 そう手の甲で涙を拭う彼女に、葛藤する。
 それは、オレだよ。そう答えれば彼女はどんな反応を示すだろうか。とても混乱するだろうか。それともそのままオレのことを思い出してくれるだろうか。

 そんな有り得ない期待を抱いてしまう。

「・・・この曲なら、オレも伴奏弾けるのでよければ合わせてみませんか」
「・・・いいんですか?」
「もちろん」

 ピアノの椅子に腰を下ろして鍵盤に手を添えるオレは、傍らに立ってヴァイオリンを構える彼女にアイコンタクトを送る。すると彼女は当時と同じく小さく頷いて瞼を下ろし弦を撫でた。そんな彼女を見つめながらオレも伴奏を合わせる。

 誰もいないオレ達二人だけの時間、一心同体になったような心地よい時間。

 当時はまだ彼女に気持を伝えていなくて、いつ伝えよかタイミングに悩む毎日を送っていた気がする。
 またあの頃を同じ、振出しになっているこの状況に可笑しくて、そして寂しくてピアノを奏でながら小さく笑みを零した。




 14.いつまでたってもあの日のままで




 洛山高校を卒業し、オレは再び東京へ戻り雫と同じ大学へ進学した。
 三年間離れ離れに過ごしてきた分、また同じ時間を共有できる喜びは互いに大きかった。

 今では当たり前のようにオレの隣にいては、難しい顔をして大学の課題に取り掛かっている彼女をしばらく眺める。ずっと考えていた提案を、オレはこのタイミングで口にしてみた。

「実家を出ようと考えているんだが」
「うん、いいと思うよ」
「・・・雫は?」
「え?私?確かにもう大学生だし・・・一人暮らしもいいかなぁって思うけど・・・」

 彼女は何処か歯切れが悪かった。
 その理由をオレがわかるはずもない。

「なら同棲、しないか?」
「!」

 多少緊張した。だが今更断られると思ってなかった分気持ちの整理はできていた。一瞬目を丸くして見つめてくる彼女にオレは微笑み返す。嬉しそうな反面複雑そうな表情をする雫は、間を空けてゆっくり口を開く。

「・・・・・・そうだね、いいね同棲」
「・・・それは、肯定と捉えていいのかい?」
「もちろん、迷惑かけることあるかもしれないけどよろしくお願いします」

 迷惑かけるかもしれない。それは何を意図しているのか。何も知らずに一人内心彼女とおはようからおやすみまで共にいらえることに嬉々する。

「大学から近くて日当たりのいいところがいいね。次の日曜日に物件を見に行こうか」
「うん、次の日曜日ね」

 そう言ってスケジュール帳を取り出し予定を書き込む雫。
 今まで見てきてマメな性格ではない彼女がスケジュール帳に予定を書く姿に違和感を覚えた。

「・・・珍しいね、雫がスケジュール帳を持って予定を管理しているなんて」
「え・・・・・・そう?」

 少し中を覗き込むと事細かく大学のスケジュールも含め予定が書き込まれている。そこまで書き込む必要があるのかと思う程だ。

「オレが見ない間、雫は随分マメな性格になったようだね」
「ま、まあね」
「可笑しいな。ならオレのLINEもしっかり返すべきだろう」
「ご、ごめんなさい。LINEは返すの忘れちゃうの」
「悲しいね」
「返すようにするから!というか一緒に住んでこれから毎日いるようになるんだしいいじゃない」
「よくない」

 それから大学から近く、雫の希望で普通のアパートを借りてオレ達は同棲を始めた。




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