13.バッドエンドのサイレンが鳴る



「えーっと・・・これは一体どういうことっスか?」

 オレの家に来るなり黄瀬は呆然と口を開いた。
 彼の腰には蘭がしがみついていて、その表情は至福そのもので父親である自分からすると何とも複雑である。

 時は遡ること、数時間前。


「ぜったいやだっ!!」

 部屋に響く鈴の音のような幼い声。
 その度に緑間は眉を寄せては両耳を抑えた。

 一週間、雫と過ごしたいという自分の最後の我儘により蘭と蓮の世話を緑間に任せることにし、迎えに来た緑間を見た蘭は駄々をこねてオレの膝にしがみついては離れようとしないのだ。

「・・・蘭、すまないがパパは一週間お仕事で遠いところへ行かないとならないんだ」
「やだっ!!」
「その間緑間おじさんのところで蓮とお利口さんにしていたら、蘭の好きな可愛いお人形たくさん買って帰るから」
「いらない!!やだ!!パパといっしょがいい!!」
「・・・はぁ・・・」

 頑なに頭を横に振り続ける愛娘に、困ったものだと頭を抱える。
 すると蘭は涙をいっぱい溜めた瞳をオレに向けて言った。

「パパまでいなくなるの?パパまでわたしと蓮を置いていっちゃうの?とおいところってどこ?ママがいるところ?」

 その言葉を聞いてようやく蘭が嫌がる理由をオレは理解した。
 てっきり緑間のところに一週間いるのが嫌なのかと勘違いしていた自分を浅はかに思う。蘭はオレが雫のように二人を置いてもう帰ってこないのではないかと不安に思っているのだとわかった。しゃがみ込み、ポロポロと涙を流す蘭の濡れた頬を拭ってやる。

「大丈夫だよ蘭。パパは絶対に蘭と蓮を置いて行ったりしない。約束する」
「ほんとに?」
「本当だ」

 蘭の小さな小指と自分のそれを絡める。
 すると蘭は安心したように、はにかんで見せた。

「わかった・・・でも緑間おじちゃんのところはやだ」
「なっ・・・・・・!」
「何故だい?蘭は別に緑間おじさんのこと嫌いじゃないだろう」
「きらいじゃないけどやだ」
「・・・・・・」

 むすっとする娘の背後で何とかショックを隠そうと誤魔化すようにメガネのブリッジを押し上げる緑間が可笑しくて思わず噴き出した。
 蓮は蘭とは違い、そんな彼の隣に大人しく並んでオレ達の様子を傍観している。

「・・・仕方ないな。黄瀬に頼むしかないか」
「きせ?涼太のこと?」
「あぁ。蘭が好きなお兄さんだよ」
「うん!涼太のところならいいよ!」

 瞬時にパァっと顔を明るくする蘭に、彼女がどれだけ涼太を慕っているのかがわかってしまい溜息が零れる。

「・・・緑間、黄瀬に負けたね」
「うるさいのだよ」
「蓮は緑間おじさんのところで大丈夫かい?蘭と一緒がいいなら黄瀬のところでも構わないが」
「・・・ぼくはべつに。だれでも大丈夫です」

 控えめにそう答える蓮は、本当に自分の幼少期にそっくりだと思った。蓮の今後のことを思うとそれが少し心配になる。
 そういう流れでオレは携帯を取り出し黄瀬に電話をかけ、家に呼び出し今に至るのであった。

「・・・ということだ、黄瀬。すまないが蘭を頼めないか」
「んなこと言われてもっ!赤司っち急すぎ!大事件とかいうから何かと思って急いで来たのに酷いっス・・・」
「わたしは涼太に会えてうれしいよ!」
「あー・・・・・・そだね、オレもっスよ蘭ちゃん」

 それから黄瀬に雫とのことを話しその間子供達を任せたい旨を説明した。それを聞いた黄瀬は何処となく嬉しそうな様子であった。

「用件はわかったし赤司っちと橙星っちのためなら協力するけど・・・一週間ずっとオレの家に蘭ちゃん置くのはちょっと・・・!」
「何なのだよ黄瀬。この間交際相手と別れたばかりなお前には何も問題ないだろう」
「ちょっ!問題あるから!オレだって色々やりたいことの一つや二つあるんスよ!」
「一週間くらい我慢できないのか、バカめ」
「バカってなんスか緑間っち!あーもー!わかったっスよ!」
「涼太といっしょならパパのかえりがどんなにおそくてもガマンできるよ!」
「「「・・・・・・」」」

 蘭は本当に黄瀬一筋である。
 将来的にも黄瀬のようなお調子者な異性に引っかかる可能性を考えると心配になるが、今は目を瞑ることにした。

「黄瀬、無理を言ってすまない」
「いや大丈夫っスよ。そんなことより橙星っちとの時間を悔いのないように過ごして赤司っち」
「・・・あぁ、ありがとう。二人共本当に感謝している」

 こうして蓮は緑間に、蘭は黄瀬に預けることにし子供達とも一旦別れ、一人になった部屋の中で携帯を手に彼女の電話番号へコールする。柄にもなく緊張していた。中学一年生の頃、一目惚れした彼女へ気持ちを伝えた時のことが鮮明に蘇る。あの時もすごく緊張した覚えがある。2コール目で出た彼女に、心臓の動くスピードが速まった。

「こんにちは、赤司征十郎です」
『あ・・・こ、こんにちは、橙星です』
「今お時間よろしいでしょうか」
『は、はい、大丈夫ですっ』

 ぎこちなく緊張した声色に、出会った頃を思い出し思わずふっと顔が綻ぶ。

「突然ですが今この時間から一週間、橙星さんの時間をオレに頂けませんか」
『・・・えっ?ど、どういう意味ですか?』
「そのままの意味です。ダメでしょうか」
『だ、だめじゃない・・・ですけど・・・』
「なら今からそちらへ迎えに行きます」
『え!い、今からですか?』
「はい、待っていて下さい」

 半ば強引に彼女から承諾を得て、オレは身支度を済ませると緑間と蓮が家に戻る前に雫の元へ車を走らせた。
 彼女と再び一週間だけだが、過ごせる。わくわくした。
 まるで中学の頃に戻ったみたいに。




 13.バッドエンドのサイレンが鳴る




「橙星!!大丈夫か!?」

 秀徳バスケ部。部活動中。
 体育館内にそんな高尾の焦ったような大声が響き渡りその場にいた全員が動きを止めた。オレに至っては試合中ですら外したことのないシュートが外れる始末だ。ボールカゴの横で倒れ伏せっている雫の姿を目にした瞬間血の気が引いた。何事かと群がる部員の波を掻き分け、彼女の元へ駆け寄る。おろおろしながらも倒れている彼女に手を伸ばした高尾の肩に手を置き、それを止めた。

「!真ちゃん・・・」
「オレが病院に連れて行くのだよ。・・・・・・いいですか主将」

 ちらりと大坪さんに目線を送ると、彼は無言で首を縦に動かした。静まり返る体育館の中、雫を抱きかかえると驚く程に軽く、オレの胸中は一瞬で不安に包まれる。






「真ちゃん、実は私ね」

 そう、中学三年生の頃。
 二人きりになった空間で、雫は言葉を切ってオレを見つめた。

「何なのだよ」
「私ね・・・病気になったみたいなんだよね」

 それを聞いた瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
 胸は抉られるような痛みを覚える。
 固まるオレを見て、彼女は笑った。

「ふふ、真ちゃんのその顔!」
「・・・・・・」
「この世の終わりみたいな」
「・・・何故、笑えるのだよ」
「え?」

 無理して笑う彼女に眉をこれでもかというくらい寄せる。そんなオレを見て雫は笑っていた表情を無にして見つめ返した。
 病気。何故彼女が。
 その残酷な事実に、誰よりも彼女を想っている男のことが頭に浮かぶ。

「・・・赤司には、話したのか」

 その名前を口に出した瞬間、雫の肩が微かに揺れた。

「ううん、言ってないよ。というか言わないよ」
「・・・何故なのだよ」
「だって、心配させたくないし私が病気だなんて言ったことで征十郎ともういられなくなったら・・・生きていけない」

 "生きていけない"。
 妙にリアルに響く言葉だと思った。

 確かに、赤司がもし雫が病気だということを知ってしまったら。
 どれ程悲しむか、想像ができない。
 二人はお互いに溺愛している。
 二人の一番近くにいたオレは、それを見てきた分よくわかっていた。

「・・・何の病気なのだよ」
「脳に腫瘍があるんだって。どんどん大きくなっていって、最後は・・・・・・」
「・・・・・・」
「でもね、今はまだ大丈夫。成人を越えてからが大変みたい」
「・・・赤司と同じ高校に行かない理由は、その病気が原因なのか」
「うん、私が病気だって知った親が東京から出るのを許してくれなくって。京都なんて遠すぎるって」
「そうか・・・」
「それで親が真ちゃんと同じ高校なら安心だって。同じところに行けってうるさくて」

 雫の両親とオレの両親は昔からの付き合いであり、小さい頃からずっと過ごしてきたこともあり彼女の両親はオレに信頼を寄せてくれている。
 赤司と同じ高校へ進学したいだろうに。そう寂しそうに打ち明けてくれた雫の顔は今でも忘れられない。






 救急車を呼び雫を病院へ搬送し、それにオレも同行した。
 結果、彼女はしばらく入院することになった。
 原因は例の病気である。ベッドで眠る彼女を見て、オレは赤司に連絡を取るべきか取らないべきか葛藤していた。連絡したら間違いなく京都から飛んでくることだろう。そして彼女が赤司に言いたくないという気持ちも尊重したい自分がいた。

 しらばく雫の横に座り寝顔を眺めていると色んな感情が芽生える。
 もし、彼女がこの世界からいなくなったら。
 そう考えただけでも恐ろしい。

「ん・・・真ちゃん・・・?」
「目が覚めたか」
「ここは・・・」
「病院だ」
「そっか・・・私・・・ごめんね真ちゃん」
「別に、謝る必要などない」

 彼女は酷く怠そうだった。
 病気は徐々に進行しているのだろうか。
 治す手立てはないのだろうか。

「・・・赤司には連絡した方がいいのだよ。隠し通せるものでもないだろう」
「ダメ、言わないで、絶対」
「雫・・・」
「お願い真ちゃん。征十郎には言わないで」


"だって、心配させたくないし私が病気だなんて言ったことで征十郎ともういられなくなったら・・・生きていけない"。


 その言葉を思い出し、オレは口を閉ざした。
 まだ彼女の症状は軽い。京都という遠い場所にいる赤司にも心配させるのは気が引けた。ならばアイツが傍にいない間、オレが雫を支えなくてはいけないとそう決心し病気のことは伏せることにした。




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