11.ふたりの幕間はおわり



 雫が生きている。
 そう緑間の口から聞いた瞬間、色々と湧く雑念よりもとにかく安堵した。自分は今まで一人だった中、緑間はその間彼女と一緒にいたのかと考えると何とも言えない複雑な感情も沸いたがそれよりも安堵と疲労から眠気に勝てずオレはそのまま意識を手放した。

 それから体調も回復し、緑間は全てをオレに打ち明けた。

 彼女が病気だったこと。
 それが中学三年の時に発症していたこと。
 高校でしばらく会えない間、彼女が入院していた時期があったこと。
 結婚し出産した後病状が悪化し、手術を受けたことで記憶が失くなってしまったこと。

 その話を聞いて、オレの中の不審に感じていた部分がどんどん消化されていった。埋まらいままでいたパズルのピースがようやく埋まっていくのがわかった。

 彼女がノートにみんなのことを書き留めていた理由は、忘れないためだったのだと。

 それを知ってしまった途端、無性に悲しくなった。
 一人で苦しみ、忘れてしまう恐怖と戦いながらも、それを匂わせない笑顔を思い出し涙が頬を伝った。

「・・・赤司、すまなかった。今まで黙っていて」
「・・・いや、緑間。むしろ今まで彼女のことを支えてくれて感謝するよ。ありがとう」
「礼など言われる筋合いはないのだよ。オレ自身全てが善意かと言われたらそうではない部分もある。オレは結局彼女と一緒にいる時間が戻ってきて心地良さを感じていた。例え昔の記憶が無かったとしても」
「・・・わかっているよ。お前がどれだけ雫のことを想っているのか。ずっと見てきたからね。だが、お前はそう思っていても最後はオレに打ち明ける選択をしたのだからあまり自分を責めるのはやめろ」
「赤司・・・」

 目の前の緑間が項垂れる。
 彼がどれだけ雫のことを好きなのか、十分わかっていた。奪ってしまって申し訳なかったと思っている、今も。だが譲れる程、オレもお人好しではないし彼女への想いが緑間より劣っているかと言えばそうじゃない。緑間よりも彼女を好きな気持ちは勝っている自信があった。だから諦めることができなかったのだ。

「・・・彼女に会わせてくれないか」
「もちろんだ。だが、話した通りアイツはもうお前のことも何も覚えていないのだよ。その覚悟は大丈夫か、赤司」
「・・・あぁ、大丈夫だ」

 そう答えたものの、内心怖かった。
 もうオレが中学の頃から見てきた、一緒にいた彼女はいないのだ。
 それがどういうことなのか、オレは理解していた。

 そして緑間に連れられたオレは、とあるマンションへ足を運んだ。

「ここは?」
「オレが引っ越してきたマンションなのだよ。・・・今は雫と共に住んでいる」
「・・・・・・」
「勘違いするな。アイツとは何もやましいことはないのだよ、誓って」
「・・・ふふ、お前は相変わらず真面目だね」
「当然だろう。記憶がなくてもアイツはお前の嫁なのだから」

 そうメガネのブリッジを押し上げる緑間に、オレは本当にそうなのだろうかと疑問が浮かぶ。

 怖いのは、彼女が自分のことを覚えていないことだけではなかった。
 彼女が、記憶のない雫がオレの元へ戻ってきてくれないのではないだろうかという不安を目の当たりにするのが怖いのだ。

 ガチャリと扉を開け部屋に入る緑間に、オレも続く。
すると懐かしい香りがふわりと漂ってきて、その瞬間胸がいっぱいになった。

「お帰りなさい、真太郎さん」

 そこには雫の姿があった。
 変わらないその立ち振る舞いで、いつもオレを出迎えてくれていたように緑間へ歩み寄っていく姿を見て少し悔しく感じた。

「あれ?お客さん?」そう緑間の前から顔をひょこりと出して覗いてくる雫は続ける。

「あ、先日倒れられてた方・・・?」
「こんにちは。あの時は助けて頂きありがとうございました」
「いえ、お身体はもう大丈夫なんですか?」
「はい、おかげさまで」
「よかった!」

 そうふわりと笑う彼女。
 自分でも違和感でしかない。よく知っているのに、知らない彼女が目の前にいる。
 だがその笑顔は変わらないままで。
 オレがずっと想い続けてきた笑顔のままだった。

「改めて初めまして、私は真太郎さんと一緒に住ませてもらってる橙星雫と言います。よろしくお願いします」
「赤司征十郎と申します。・・・よろしく、橙星・・・さん」
「・・・赤司、征十郎さん・・・・・・?」

 そう名前を復唱した彼女が眉を寄せ首を傾げた。
 その反応にオレと緑間は僅かな期待を寄せる。

「・・・何かありましたか、オレの名前」
「んーいえ、何でもないです。気のせいかな」

 その返答に少し落胆した。
 当然だ、期待した自分が悪い。

「あ、もうこんな時間。ご飯作らないと」

 そう時計を見上げて、キッチンの方へ消えていく彼女を尻目に緑間がオレの方へ身体を向ける。

「茶でも入れてくるのだよ」
「いや、結構だ。オレも蘭と蓮の迎えに行かないとならない」
「そうか・・・雫は、どうするのだよ」
「どうって?」
「何をとぼけているんだ。生きていることがわかった以上、お前と離れて暮らす必要はないだろう」
「彼女を家に連れて帰れ、と言いたいのかい?」
「そうだ。アイツにお前との関係性を離して子供もいることも話すべきだろう。記憶がなくても今までの自分の歩んできたことを知るべきなのだよ」
「・・・・・・」
「・・・オレは、記憶を失くす前のアイツから赤司には話すなと口止めされていたが、アイツは赤司、お前には自分のことを忘れて新しい人と歩んでほしいとそう話していたのだよ。だがお前には彼女しかいないだろう。だからお前の口からきちんと話すべきだ」

 緑間の言いたいことは、理解していた。
 だが、母親が自分達のことを覚えていないと知った蘭と蓮がどう思うか、どれくらい傷付くのかを考えてしまうと易々とその選択を取ってもいいのか迷った。
 それに今の彼女がオレを拒んだら?一緒にまた暮らしてオレは良くても彼女にとっては、今のオレは知らない赤の他人でしかない。それがまたストレスになり、自らを傷つけるような行為に繋がってしまったら?

「・・・いや、雫はこのまま、お前といるべきだろう」

 そう考えたら、口からその言葉が出ていた。
 それを聞いた緑間は目を見開く。

「バカなことを言うな。ダメに決まっているのだよ」
「何故?」
「何故だと?アイツはお前といるべきだからだ。また以前のように一緒に生きていくべきだ」
「・・・蘭と蓮が、記憶のない彼女と会ってどう思うか想像できないかい」
「・・・・・・」
「まだ幼いんだ。きっと受け止めきれないだろう。・・・それと、実は今年中に父さんから再婚しろと言われている。相手は父さんが選ぶ女性だ」
「なんだと、」
「記憶の無い雫を見て父さんが納得するとも思えない。それならもう蘭と蓮の中の雫はもういない方が今後のためだと思わないかい?彼女の記憶が戻るわけでもないんだ」
「・・・・・・自分の気持ちよりも、子供のことを優先にするのか」
「当然だ。オレは父親だからね」

 自分で話していて、切なくなる。
 雫がこの世に生きているのに、会いたがっている蘭と蓮に会わせられずオレ自身も彼女と再び交わることができないのだ、ずっと。それがどれだけ辛いことなのか、計り知れない。

 俯くオレに、緑間も眉を下げて俯いた。
 これ以上はここにいても決断が鈍るだけだろう。オレは踵を返し部屋を後にする。その後ろを慌ててついてくる緑間に呼び止められ、立ち止まった。

「本当に、本当にそれでいいのか」

 その問いに、オレは微笑む。

「あぁ、いいんだ。これが一番なんだ」

 そして、緑間の部屋を後にした。
 もう二度とここへは来ないだろう。そして彼女の顔も、もう見ることはないだろう。


 ずっと想ってきたこの気持ちをここへ置いていき、オレは子供達のことを一番に考えて生きて行こうと決意した。もう現実から目を逸らすのはやめよう。
 いいじゃないか、大好きな彼女が何処かで笑って生きているんだ。
 それだけで、十分だろう。



 エレベーターが到着し、開くドアに一歩踏み出そうとした瞬間。
 後ろから手を引かれ、それを阻まれる。
 何かとゆっくり振り向くと、そこには、




 11.ふたりの幕間はおわり



 秀徳高校に入学し、バスケ部は男子マネージャーしかいなかったが雫は帝光中でマネージャ―をしていたことを買われ、秀徳高校でもマネージャーをすることになった。

 周りからは"緑間の女"と認知されていた。

「なぁ、実際のところどーなの」

 部活の休憩中。
 汗を拭うオレに、高尾がそう声をかけてきて耳を傾ける。

「何がだ」
「橙星だよ。マジで真ちゃんのコレなの?」

 そう小指を立ててニヤニヤする高尾に、オレは眉を寄せる。

「違う。くだらないことを聞くな」
「え!?だってみんな言ってんじゃん。緑間の女って」
「ただの幼馴染みなのだよ。それにアイツには付き合っている奴がちゃんといるのだよ」
「え!?マジ!?だれだれ!?」
「お前が知る必要はない」
「んだよ、気になんじゃん!教えろって!もしかして他のキセキの世代の誰か!?」
「うるさい、練習に戻るぞ」
「えー真ちゃん教えろってー」

 同じ高校でもあり、部活も一緒であり、オレと雫が過ごす時間は以前のように増えて行った。家も近いため登下校もほぼ毎日一緒であった。
 心の何処かで赤司に悪く思いながらも、その反面嬉しく思う自分もいた。

「・・・赤司とは連絡を取っているのか」

 帰り道。
 肩を並べて隣を歩く彼女にそう尋ねてみる。
 雫は前を見据えたまま、嬉しそうに答えた。

「うん、毎日一応メールのやりとりはしてるよ。征十郎も毎日部活で忙しいし、それにもう主将になったんだって。流石だよね。あと一年でもう生徒会長も務めてるらしいよ」
「ふざけた高校なのだよ」
「確かに、ありえないよね」

 そうくすくす笑う雫を見て、少し赤司に雰囲気が似てきたと感じた。
 それだけ赤司と一緒にいた時間は長いのだろう。彼女はすっかりアイツ色に染まっていた。それが少し寂しく感じてしまう自分がいる。

「だけど征十郎を応援するつもりはないし、私達は私達で秀徳高校を頑張って優勝させようね、真ちゃん」
「当然なのだよ」

 時が流れるのは早く、オレ達はWCに向けて練習に打ち込む毎日を共に送っていた。
 同時に赤司と雫が再会する日もどんどん迫っているのであった。




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