「赤司、本当は雫は・・・生きているのだよ」
本当はもっと早くに彼に打ち明けたかった。
だが自分は赤司を大事な友人・仲間と思っていると同時に雫も自分にとっては特別な存在であるのだ。どっちを取ることなど出来ず、ただどちらにとっても先のことを考慮して最善策を取った結果、オレは赤司に打ち明けない方を選んだ。
そう静かに言ったオレに、赤司は目を見開いたまま微動だにしなかった。無理もない、そう思ってしばらく見つめ合ったが内心もっと他に反応はないのだろうかと思った。何故生きているのか、とか何故お前だけ真実を知っていてオレに黙っていたのか、とか。罵声を食らう覚悟で打ち明けているのに、目の前の彼は目を見開いて多少驚くだけで特に何も言ってこないのだ。
そのことに対して少し不服に感じ口を開こうとした瞬間、静かに頬を濡らしている赤司に気づき思わず面食らう。
「・・・・・・そうか・・・」
それだけ呟くと、赤司は安心したのか瞼を閉じて眠りについた。
余程日頃の疲労が溜まっていたのだろう。それに彼女が亡くなってから、あまり眠っていないのか赤司の目下にはクマもある。
オレはしばらくその寝顔を見つめた後、立ち上がり病室を後にした。
『え!?赤司っちが倒れた!?』
電話越しに黄瀬の大声がキーンと響き、咄嗟に耳から携帯を離す。オレはこれでもかという程眉を寄せた。
「・・・相変わらず声が大きいのだよ。もう少し静かに話せないのか」
『そんなことより!赤司っちは無事なんスか!?』
「あぁ・・・大丈夫だ。今は眠っている」
『よかったっス・・・』
「・・・・・・赤司に橙星のことを話したのだよ」
『え・・・何で、』
「アイツは昔から顔に出さない奴だからな。倒れたと聞いた時、もう限界だろうと思った」
『?倒れた赤司っちを病院に連れてったのって緑間っちじゃないんスか?』
「オレも電話をもらって来たのだよ」
『じゃぁ誰が・・・もしかして』
「・・・橙星なのだよ」
そう答えると電話越しの黄瀬は口を閉ざした。
しらばく沈黙が続く中、オレは続ける。
「橙星について、話したいことがある。黄瀬、今から出てこられるか」
『いいっスけど・・・オレだけ?他のみんなには?』
「もちろん話すのだよ。全員呼んで揃ってから話す」
それから黄瀬との通話を切り、青峰・黒子・紫原・桃井にも連絡をし、全員が揃うまでオレは赤司の病室で待機していた。
赤司は変わらず安心したように寝息を立てている。
しばらくするとキセキの世代達が病院に集合し、人気のないロビーで各々腰を掛けたのを確認し話始めようとするもどこから話すか。そう考えるオレに痺れを切らした青峰が口を開く。
「んだよ緑間、大事な話って」
その声に全員がオレに視線を集める。
「・・・話とは、橙星についてだ」
「!」
「はあー?何で今更橙星ちんの話なわけー?」
「・・・お前らの思い出話なら聞かねーぞ」
「紫原君、青峰君、黙って聞きましょう」
黒子の一言に、紫原と青峰は大人しく口を閉ざした。
「実は・・・橙星は、自殺などしていない。今も生きている」
それを聞いた黄瀬以外のキセキの世代達は衝撃を受けたような表情で、穴が開くほどオレを見つめた。各々が動揺を隠し切れずにいるのは仕方がないことだ。
「え・・・ちょっとそれって、どういうこと?ミドリン」
「冗談にも程があんだろ・・・お前いくら橙星が好きだったからって流石にねーわ。いい加減目覚ませ」
「冗談じゃないっスよ、青峰っち。実はオレ・・・一昨日たまたま緑間っちと一緒にいる橙星っちを見たんス」
「黄瀬ちんの見間違いじゃないのー?」
「いや、橙星っちだった。ただ・・・彼女はオレのこと全く覚えてない感じだったけど・・・」
「どういうことですか?」
「オレもそこのところはよくわからないっス。それは今から緑間っちが説明してくれると思うんスけど?」
黄瀬の言葉に、みんなの視線が再びオレに向く。
メガネのブリッジを上げて、一呼吸ついた後オレは口を開いた。
「・・・橙星は、病気だ。正確には病気だった。だがアイツは頑なに赤司に病気のことを打ち明けるのを拒んだ。オレがいくら説得しようとも無駄だったのだよ。発症したのは中三の時だ。その頃はまだ病状は軽く私生活にも支障はほとんどなかったが、赤司と結婚し子供を産んだ後病状が急激に悪化した。アイツは赤司のためを思って、自ら離れることを選択した。オレはもちろんそれが逆に赤司を苦しめることになると止めたが・・・聞く耳を持たなかったのだよ」
「・・・赤司君には話したんですか」
「生きていることだけは話した。だがアイツはそれを聞いて安心したように眠ってしまったのだよ。目が覚めたら全て話すつもりだ」
「でも、よかった・・・よかった・・・赤司くんすごく喜んでるよね、これで・・・」
そう啜り泣く桃井に、その場にいた全員が同感したことだろう。
「・・・そうとも言えないのだよ」
「え・・・?」
「どういう意味だよ緑間」
「橙星は、もう前の橙星じゃない。オレ達のことも、当然赤司のことも今までの全ての記憶がもうないのだよ。そしてその記憶がもう戻ることは一生ない」
現実は、とても残酷なものである。
10.共倒れになろうとも愛情
明日は、僕がいよいよ洛山高校へ通学するため京都へ引っ越す日である。
だから今日は雫と過ごす最後の日でもあった。
「ねぇ、今日征十郎の家に泊まっていい?」
そうデートの帰り際、おずおずと尋ねてきた彼女に、僕は今日は父さんが家にいない日だったことを思い出し快く承諾した。
「明日もう征十郎は京都に行っちゃうんだねぇ」
食事も風呂も済ませ橙色の長い髪を乾かしてやっていると、改まったように雫は呟いた。後ろからでは彼女の表情はわらかない。が、僕自身もこの髪に触れられるのも一時お預けなのかと考えると急に寂しさが込み上げてきた。
髪を乾かし終わり、櫛でとくところまでしてあげると「ありがとう」とふわりと笑む彼女に僕も微笑み返す。そしてしばらく椅子に腰かけたままぼーっとする彼女に、ベッドに移動し「おいで」とシーツの上をポンポンっと叩くと彼女はパァっと表情を明るくしてすぐに駆け寄ってくる。こういう時の彼女を見ていつも犬を連想させられた。
「僕が京都に行ってしまうのがそんなに寂しいのかい」
「寂しいよ。部活引退してからはほぼ毎日一緒に過ごしてきたし、明日からもう隣に征十郎がいないんだなぁって思うとすごく寂しい」
瞳を伏せてそう呟く雫に、内心僕はそれならば何故親の反対を押し切ってまで僕と同じ高校へ通学する道を選んでくれなかったのかと彼女を責めていた。
ギュッと抱き着いてくる彼女に、僕も優しく抱きしめ返してやる。
僕の肩口に顔を埋めたまま、彼女は弱々しく口を開いた。
「・・・京都に一緒に行けなくて、ごめんなさい」
「もう気にするな。一生会えないわけではないだろう」
「本当に真ちゃんのことは関係ないの、信じてほしい」
「・・・急に何だい」
「征十郎が真ちゃんのことずっと気に止めてること知ってたよ。今もこれからも私が好きなのは征十郎だけだから」
「・・・・・・僕もだよ」
彼女の首元に顔を埋めると、ほんのりとシャンプーのいい香りが鼻腔を擽る。
僕の髪を撫でてくる彼女にそっと唇を重ねた。
余程寂しいのか、珍しく自ら舌を絡ませてくる彼女に気分が高揚する。一気に甘くなる雰囲気に、僕達は夢中でキスを交わした。
次第に頬を濡らす彼女に気づき、唇を離し親指で涙を拭ってやる。
「・・・何故泣くんだい」
「ごめんなさい・・・征十郎、ごめんなさい・・・」
「お前がそこまで謝る必要はないだろう」
「・・・本当は、離れたくないの少しも・・・本当は征十郎と同じ高校に行きたかったの・・・」
「・・・わかったから、もう泣かないでくれ雫」
あやすように頭を撫でてやるも、彼女はなかなか泣き止まなかった。その涙の理由が僕と離れる寂しさからだけではないことに、その時の僕は知るはずもなかった。