09.色のない世界の朝焼け



 深い夢を見ていた。

 目の前には会いたくてたまらない彼女が髪を靡かせながら、庭に咲く花の手入れをしている。オレはそれを傍らで眺めていた。
 花、ではなく彼女のことを。

「お父さんには何て言ったの?」

 突如そんな話を振られ、オレ自身なんて答えればいいか戸惑うが、夢の中のオレはオレの意思とは関係なく口を動かしていた。

「結婚の話を承諾してくれないのなら、赤司家とは縁を切って今すぐ家を出ていくと脅した」
「うわぁ、それはお父さんも真っ青だね」
「まぁ・・・赤司家の跡取りになれるのはオレしかいないからね。流石に父さんもこの言い分には納得するしかなかったようだよ」
「お気の毒に」
「何だ、お前は父さんの肩を持つのかい?」
「ふふ、征十郎に決まってるでしょ?ただお父さんの意見も最もだから。私なんかを大事な跡取り息子の嫁に迎えたって・・・何のメリットもないんだし」
「・・・例え赤司家にメリットがなくとも、オレには十分ある。雫以外の女性と結婚する気は毛頭ないからね」

 夢の中のオレはさぞ当然のようにそう言うと、目の前の彼女は頬を赤らめて嬉しそうに目を細めた。その笑顔は出会った時から愛おしい。手を伸ばし触れようとすると、夢の中ではそれが簡単に叶う。

「征十郎は家のレールに轢かれすぎていたから色々と心配だったけど、今はもう自由な選択をしていけるようになって安心してる」
「・・・そうだな、雫のお陰だよ。でないと父さんの決めた相手と無理矢理結婚させられていただろう」
「そんな征十郎にはこのお花を贈りたいかなぁ」
「・・・これは?」
「月見草。ここにあるのは昼咲き月見草だけど、月見草の花言葉の一つに自由な心って意味があるの」
「自由な心・・・」
「これから先きっと選択に悩むこともあると思うけど、征十郎にはその心を忘れずにいてほしいなって思って」

 その彼女の言葉を聞いて、ようやく思い出した。
 毎年、結婚記念日に彼女の名前で届く月見草の意味を。

 雫はオレに、自由な心で生きてほしいと訴えているのだと。

 それに気づいた途端、触れていた雫がスッと消えていく。
 現実の世界に意識が引き戻され、うっすら瞼を開けるとそこには見知らぬ天井が広がっていた。

「目が覚めたか」
「!」

 すぐ傍から聞こえてきたその声にゆっくり顔を向けると、ベッドの横で椅子に腰を掛けてオレを見下ろす緑間がそこにはいた。

「・・・緑間・・・何故ここに?」
「倒れたお前を病院に連れてきたのだよ」

 それを聞いて耳を疑った。
 緑間に連れてこられた?だが、意識が飛ぶ前声をかけてくれた女性に助けられた記憶が僅かに残っている。そこには緑間の姿はなかったはず。

「・・・お前一人でかい?」
「あぁ、一人で」
「オレは確か・・・雫によく似た女性に助けてもらった気がするんだが」
「・・・夢でも見たのだろう」

 そう言われてしまうと、そうなのかもしれない。
 実際先程見ていた夢の中にも彼女が出てきた。
 余程疲れているのだろうか、彼女の幻まで見てしまうだなんて。

「そうか・・・あれは夢だったのか・・・思わず彼女が迎えに来たのかと錯覚してしまったよ」
「・・・・・・」
「・・・流石にまだ早すぎるな、我ながら呆れる」

 可能ならば、ずっとあの夢の中にいたいとさえ思ってしまう。こんな状態の自分が再婚なんてできるはずもない。現実逃避をいつまでもしている奴が父親だなんて、蘭と蓮が酷く気の毒に感じた。

 「・・・赤司」そう呼ばれて再び緑間の方へ顔を向ける。彼はメガネのブリッジを上げて、しばらく気難しそうな顔でオレを見つめた後続けた。

「・・・雫に会いたいか」

 そう尋ねてきた緑間の言い方には、深い意味が込められているように感じた。

「あぁ・・・会いたいよ」
「そうか・・・わかったのだよ」

 緑間は一度俯きしばらく間を空けた後、意を決したように顔を上げた。

「・・・オレは今まで彼女のためを思ってやってきたが・・・もうそれもやめることにするのだよ」
「・・・緑間?」
「赤司、本当は雫は・・・・・・」

 その緑間の言葉に、オレの止まっていた時間が再び息を吹き返すことになる。




09.色のない世界の朝焼け




  帝光中を卒業し、京都に行く一週間前。
 雫と一緒に映画を見ていた。
 流行りのラブロマンスの映画に、僕は正直心を打たれなかった。所詮、フィクションの話であり実際あったことではないのだから。

「征十郎、つまらなかった?」
「いや、そんなことはないがありきたいな話だなとは思ったよ」
「まぁ確かに。でもありきたいな話だからこそ、親近感が湧いて見てる人の感動を引き出しやすくしてるのかも」
「そうかもしれないね」

 映画館を出ると、近くに咲いていた桜の木から花びらがヒラヒラと舞っていて幻想的であった。
 風に靡く雫の髪に、桜の花びらが何枚か引っかかる。それに気づいていない彼女の代わりに、僕はそっと触れて取ってやった。

「・・・もし征十郎が、さっきの映画の女性みたいに私のこと忘れちゃったら・・・私生きていけないと思う」
「・・・いきなりどうしたんだ」
「好きな人に忘れられちゃうだなんて、残酷じゃない?それなら私は死別した方がいい。だってその方がもうこの世にいないんだって踏ん切りが付くじゃない。でも相手が普通に生きていて近くにいるのに、自分のことを覚えていないなんて・・・悲しくて耐えれないと思う」
「まぁ・・・一理あるが」
「だから征十郎に忘れられたら生きていけないなぁーって」
「大袈裟すぎるよ。そもそも忘れることなどありえないし、そこまであの映画の女性に感情移入する必要もないだろう」
「そうだよね、私も征十郎のこと忘れるはずないし万が一忘れても自力で思い出す自信あるから、さっきの映画みたいな結末にはならないと思う」
「僕達には無縁の話だね」
「あーあー、来週はもう征十郎も京都かぁ、遠いなぁ」
「試合でまたすぐに東京へ来る機会はあるだろうから、すぐに会えるだろう」
「でも3年間離れ離れなのは変わらないし・・・浮気とかしたら殴りに行くから!」
「雫も真太郎と仲良くしすぎないように」
「別にしてないし。てかこの後どうしよっか、征十郎の家に行ってもいい?」
「あぁ、構わないよ」
「お昼寝したい」
「そう言って大人しく寝たことないだろう」
「ふふ、よくわかっていらっしゃる」

 手を繋いで桜並木道を二人で歩く。
 この手が来週からしばらく繋げなくなるのだと思うと、無性に寂しさが込み上げて来るのだった。




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -