06.一緒



 「赤司征十郎です。よろしくお願いします」

 彼がぺこりと一礼したと同時に、周りの女子達が黄色い声を上げながらヒソヒソと耳打ちをし始める。

 まさか征ちゃんが本当に私の学校に転入してくることになるなんて。いまいち実感が湧かない。
 頬づえを付きながら姿勢良く教卓に立つ彼を眺めていると、視線が合ってフッと微笑んで見せた征ちゃんに何だか自分だけ悪いことをしている気分になった。



 06.一緒



 「赤司くんどこらへんに住んでるの?」
 「赤司くんって甘い物好き!?」
 「赤司くんの趣味はなにー?」

 昼休み。
 赤司くん赤司くん赤司くん、思わず耳を塞ぎたくなる。
 転入初日から征ちゃんの周りは賑やかだった。
 クラスの女子達の質問攻めに嫌な顔一つせず朗らかに返している征ちゃんを遠くから眺めた。
 でもその対応には僅かに警戒心があって、女子達は気付きもしないだろうが私にはすぐわかった。

 「赤司くんめちゃかっこよくない?」
 「優しいし大人っぽいよねー」

 斜め後ろからそんな雑談が聞こえてくる。
 大人っぽい、か。なんだか征ちゃんが急に遠い存在に感じてきた。確かに征ちゃんは優しい、頭も良いし、スポーツも万能だと思う。すぐにバスケも上手くなったし。顔だって整っていて、かっこいい。モテるのは仕方ないだろう。

 そんな征ちゃんが私なんかと仲良くしていて、それが周りに気付かれた時特に女子達は一体どう思うのだろうか。間違いなく私は征ちゃんファンの標的になる。

 あまり学校では関わらない方が征ちゃんにとっても、自分にとってもいいのかなぁ。

 「奏」

 なんて小さい頭で考えていた矢先。
 いつの間にか私の机の前に佇んでいた征ちゃんに名前を呼ばれ思わず顔を上げる。そんな征ちゃんの行動に周りの女子達の視線が私達に集まった。

 「すごいね征ちゃん、初日から人気者で」
 「なんだか不機嫌そうだね」
 「え?全っ然不機嫌じゃないです」

 思わず棘のある返しをしてしまった。
 気まずくて顔を逸らす私に、征ちゃんはそれ以上何も言わず自分の席へと戻って行った。

 「白鳥さんって赤司くんと知り合いなの?」
 「えっと、まぁ少し・・・」
 「いいなぁ意外すぎる!白鳥さんのこと下の名前で呼んでたしどういう関係なの!?」
 「ただの、友達だよ」

 そう、ただの友達。
 征ちゃんと私は付き合いの長いただの友達なんだ。それ以上もそれ以下でもない。

 ずっと友達。
 友達・・・、いつまで友達でいられるのかな。



 放課後。
 今日はバスケットクラブの活動もないし、このまま何処かの公園でバスケの練習をするだけ。

 そういえば征ちゃんは今日どうするのかな。

 チラリと征ちゃんの方へ視線を移せば、すぐ目が合ってしまい思わず意味もなく逸らしてしまった。

 「帰ろう、奏」

 そんな私に不審に思ったことだろう。
 少し怒った声色で呼ばれて、大人しく頷くしかなかった。

 二人で並んで教室を後にする私達を見て、当然クラスの女子達はいい顔する訳もなく、またヒソヒソ話をしていた。

 無言で前を歩く征ちゃんの後ろをとぼとぼと付いていく。

 「征ちゃんお迎えは?」
 「言っただろう、奏と同じ学校に転入したら時間に縛られずに一緒に登下校したいって」
 「てことはこれから毎日、一緒に登下校するってこと?」
 「嫌なのかい?」

 足を止めてこちらを振り返る征ちゃんに私も足を止めた。

 「嫌じゃないよ、けど・・・」
 「けど、なんだ」
 「私なんかと学校で仲良くしてたら、周りから変な目で見られるかもしれないし、嫌な噂だって立つかもしれないよ?」

 征ちゃんはどんな表情で私の話を聞いていただろうか。怖くて顔を上げられなかった。
 「はあ・・・」そんな溜息が一つ聞こえてきて、呆れているのだろうと安易にわかった。

 「オレは構わないよ、周りにどう思われようが噂を立てられようが関係ない。オレがこの学校に転入してきたのは人気者になるためじゃないのはわかってるだろう」
 「・・・うん」
 「好きに言わせておけばいい。オレはオレがしたいようにするし、奏も奏のしたいようにすればいいんだよ」
 「・・・・・・」
 「オレは奏と一緒に登下校したいけど、奏はどうしたいんだ?」

 あえて聞いてくる征ちゃんは少し意地悪だ。
 ゆっくり近付いてくる征ちゃんのローファーを見つめながら素直に返した。

 「私だって、征ちゃんと一緒に色んな話しながら登下校したいし、一緒に給食も食べたいし、イベントも一緒に楽しみたいと思ってるよ」

 そう言った途端征ちゃんにぐいっと両手で顔を持ち上げられ、無理矢理目線を合わせられる。
 そこには嬉しそうに私を見下ろす征ちゃんの顔が間近にあって、急に鼓動が激しく脈打った。


 「良かった、オレもだよ」


 そう笑んだ征ちゃんは今まで見てきた中で一番大人びて見えた。
 何だか置いていかれるような焦燥感に科せられる。

 「さぁ帰ろう」そう私の頬から手を離し歩き始める征ちゃんに、私は妙に熱を帯びてる自分の頬を冷ますように両手で覆った。






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