小5になり、その春。
詩織さんは他界した。
身内のみで葬儀を行うとのことで、最後に会った日も「また明日来ます」と挨拶を交わして病室を後にしたきり。私は詩織さんとちゃんとしたお別れが出来ず終いであった。
詩織さんが亡くなった翌日。
征ちゃんは驚く程に普通だった。
倒れて病院に運ばれた時はすごく取り乱していたのに、いざ詩織さんが亡くなりもう何処にもいないというのに、征ちゃんは普通だった。
でもそれがとても不自然で、違和感があって。
いつものように穏やかな表情でバスケを楽しむ彼に、私は我慢ならなかった。
「ねえ」
「ん?」
「何でそんなに平然としてられるの?」
宙に放った征ちゃんのボールはゴールへと綺麗に落ちる。
ダンダンと地面にバウンドして転がるボールを拾わずに、征ちゃんは私の方を振り返った。
「何が言いたいんだ?」
「平然を装ってるつもりなのかもしれないけど、私にはバレバレだよ?無理してるの。ていうか不自然。見ててすっごくイライラする!何でそんな無理して笑えるの?」
「・・・・・・」
「そんな征ちゃん見てるのヤダよ」
黙って私を見つめる征ちゃんの目が鋭くなる。
怒らせた、かもしれない。
だがそんなことで怯んでられず、お構い無しに私は続けた。
「泣きたいなら泣けば?何でそんな大人ぶってるの?征ちゃんまだ子供だよ?悲しいなら悲しいって、寂しいなら寂しいって弱音吐いてもいいじゃん。私が悲しくなくなるまで寂しくなくなるまで一緒にいるし、泣き止むまでそばにいるよ?」
私にはお父さんもお母さんも、もういない。
征ちゃんと出会う少し前に、二人とも交通事故で死んでしまった。
当然私はその時ものすごく泣いたし、しばらくは何も手につかずメソメソしていた。だってもう二度と会えないんだと思うと悲しいし寂しいし、何よりもっともっと親に甘えたかった。一緒にいたかったのだ。
「・・・何故奏が泣くんだ」
当時の感情が蘇ってきて、いつの間にか私の頬を伝う涙を見て征ちゃんは溜息を零す。
歩み寄ってハンカチを差し出してくる征ちゃんに私は顔も逸らした。
泣きたいのは私じゃないのに。かっこ悪い自分に悪態をつく。頑なに受け取ろうとしない私に、また一つ溜息をつくと征ちゃんは少し強引にハンカチを私の目に押し当てた。
「!いらないハンカチっ」
「奏は、オレに泣いてほしいのかい?」
「違う、無理して泣くの我慢してる征ちゃんが嫌なだけ!」
「オレは、別に無理していないよ」
「嘘つき、もういいよ」
「オレは寂しくないからね」
私の涙を拭う征ちゃんに抵抗していた手を止めて、彼を見つめた。
「確かに母さんがいなくなって、悲しいよ。でも泣くのを我慢しているわけじゃない。奏はオレの代わりに泣いてくれるし、オレには君がいるから。それだけで寂しくないし、悲しみが緩和される」
「あと、母さんがくれたバスケットもあるしね。」そう付け加えて転がったままのボールを拾いに行く征ちゃん。
「だから、オレは大丈夫だよ」
シュッとボールをこちらに投げてきて、慌ててそれを受け取る。
詩織さんの言った通りだった。征ちゃんは私がいるから大丈夫だと、そう言ってみせた。
少しだけ、心の中のモヤモヤが晴れるもまだ快晴には遠かった。
「それに、今日伝えようと思っていたんだけど母さんはオレにプレゼントを送ってくれたんだ」
「プレゼント・・・?」
「あぁ、GWが明けたらオレも奏の通う小学校に転入することになった」
「!」
「あとバスケットクラブにも入りたいと思ってる。だから改めてよろしく頼むよ」
そう征ちゃんは嬉しそうに言った。
きっと詩織さんが最後にと、お父さんを説得して征ちゃんの望む環境を与えたのだろう。
「別に私の学校は普通だよ?なんにもめずらしいことなんてないよ?」
「その普通がいいんだ。オレはみんなと同じように普通がいい。迎の車なんかに乗らず、みんなと同じように時間に縛られずに登下校もゆっくりしたい。できたら奏と一緒に」
「征ちゃん・・・」
「それだけで、十分だ」
何処か自分に言い聞かせるように。
けどその表情に曇りはなくて、本心から言っているのだろうと思った。私達凡人にとって果てしなく普通な日常が征ちゃんにはなくて。それを望んでいる。
微笑んだ征ちゃんの表情は、詩織さんによく似ていた。