小4の冬。
征ちゃんのお母さんが倒れて病院に運ばれたのを征ちゃんから直接聞いた時。
征ちゃんは珍しくこれ以上ないっていうくらい取り乱していた。
「征ちゃん・・・」
「・・・もし母さんに何かあったら、」
「・・・・・・」
「オレは・・・どうしたらいいんだろう」
前髪をぐしゃりと掻き乱して俯く征ちゃんに、私はなんて声をかけていいのかわからなくて伸ばした手を引いた。
ただ黙ってそばにいることくらいしかできなかった。
04.約束
征ちゃんのお母さん、詩織さんの容態はあまり良くはなかった。でも面会が可能になったとのことで、私は何かできないかと少ないお小遣いを掻き集めては、お花を持って行くことにした。大した量は買えなかったけど。
征ちゃんに病院の場所を教えてもらい、幸いそう遠くもなく歩いていける範囲内だったので、学校の帰りバスケクラブの活動をお休みして詩織さんの病室へと足を運んだ。
「あら、奏ちゃん」
「こんにちは・・・」
病室に入ると、ベッドに上半身を起こし少し窶れた表情の詩織さんとその横の小さい丸椅子に座っている征ちゃんの姿があった。
ゆっくりこちらを振り向いた征ちゃんにも小さく手を振る。
「あの、これ、お花です」
「まぁ綺麗、ありがとう。とっても嬉しいわ」
「母さん、オレ花瓶に水を入れてきます」
「あ!私が行くよ!」
「いや、いいよ。代わりに母さんのそばにいてくれ」
丸椅子から腰を上げて花瓶を手に病室を後にする征ちゃんを尻目に、私はさっきまで征ちゃんが座っていた丸椅子に腰を下ろした。
「あの、具合はいかがですか?」
「そんな暗い顔しないで、大丈夫。まだまだ征十郎を置いて行くには早すぎるから、そんな簡単に居なくなったりしないわ」
そう笑って見せた詩織さんに、少し安心した自分がいた。
胸を撫で下ろす私に微笑んだ詩織さんの表情は、よく征ちゃんに似ているなと改めて感じた。いや征ちゃんが詩織さん似なんだ。
それからほぼ毎日。
私はバスケをしていた時間を、詩織さんのお見舞いの時間に費やした。
征ちゃんは相変わらず塾や習い事で多忙で、なかなか詩織さんのお見舞いに行くことができないようで、その代わりといっては不十分すぎるが少しでも詩織さんが寂しい思いをしないようにと、私が病室に足を運んでいた。
だが日に日に顔色が悪くなり、痩せていく詩織さんに不安の色を隠せなかった。
毎日病室へ通う私も明日も本当に会えるのかと、万が一のことを想像するとなかなか寝付けない日もあった。
「ねぇ、奏ちゃん」
入院生活がもうじき2ヶ月を跨ごうとしていたある日。
雑談していた時、詩織さんの突然私を呼ぶ真面目な声色に緩んだ顔を引き締めた。
「もし、私に何かあった時は・・・征十郎のことを頼んでもいいかしら」
「え・・・?」
「あの子、しっかりしてて強く見えるかもしれないけど・・・本当は普通の男の子と何ら変わらないのよ。名家の子に生まれてしまったことで、毎日自分のやりたいこともできずに友達とも遊べずに窮屈な思いをさせてしまってるの。奏ちゃんと友達になってバスケットを始めてから、あの子はよく笑うようになった。あなたのおかげよ。本当に感謝してる。だから身勝手で申し訳ないけど、これからもどうか征十郎と仲良くしてほしいの。そばにいてあげてほしい」
「・・・」
「私がいなくなったら、あの子はきっとすごく悲しむと思う。でもそこに奏ちゃんがいてくれれば、征十郎はきっと立ち直れるから」
「・・・わかりました、私なんかで征ちゃんの助けになるなら」
「ありがとうね、奏ちゃん。あなたが毎日征十郎の代わりに来てくれてることもちゃんとわかってるわ。おかげで少しも寂しいと感じなかった。ありがとう」
そう細い腕を伸ばしては私の髪を撫でる詩織さん。
ああ、私にもお母さんがいたらこんな感じに髪を撫でてくれたのかな。そう思うと自然と心がポカポカしてきて涙がじわりと滲み出てきた。
「・・・征十郎は、最近よく私に自分のしたいことを打ち明けるようになったの」
「!」
「この前は奏ちゃんと同じ学校に通いたいと言っていたわ。そこで同じバスケットクラブに入って、試合をして勝ってみたいって目を輝かせながら話してくれた」
「そうなんですか・・・」
「それを私にだけじゃなくて主人にも素直に打ち明けれたらいいんだけど、なかなかそれは難しいみたいで・・・だから私が最期に征十郎にしてあげれるプレゼントはそれを叶えてあげることかなって思うの」
「え?それってつまり・・・」
顔を上げた私に詩織さんは小さく頷いてみせた。
「だから、その後は征十郎をよろしくね。奏ちゃん」
これが私と詩織さんが交わした約束。
私がずっと守らなければならない約束。