習い事が終わって一度家に帰宅した後、「征十郎様、送ります」という執事に「いらない」と断りを入れて、バスケットボールを片手に彼女が待つであろう公園へと足を運んだ。
「征ちゃーん!!」
オレの姿が見えるとすぐ、彼女は足を止めて満面の笑みで大きく手を振ってくれる。
あれから2年経つ今も、オレ達は飽きずに一緒にバスケをしていた。
03.心の声
強いて変わったことを挙げるとすれば、奏が小学校のバスケットボールクラブに入ったことくらいだろうか。
「クラブチームは順調かい?」
「うん、週3しか活動ないけどすごく楽しいよ。この前チーム別でトーナメント式で試合したんだけど私のチームが勝ったんだよ!」
「そうなんだ、おめでとう」
「ありがとう。征ちゃんは学校でそういうクラブには入ってないの?」
タオルで汗を拭うオレの顔を覗き込んで尋ねた彼女。
濁りのないその瞳に映ったオレの表情はどんなものだっただろうか。
「入ってないよ。オレにはそこまでバスケに費やす時間がないからね。奏が羨ましいよ」
「どうしてないの?」
「知ってるだろう、塾や習い事もあるし家の事情でバスケ以外にもやらなきゃいけないことがあるんだ」
「ふーん、どうしてそこまでやらなきゃいけないのかなぁ」
それはオレが赤司家に生まれた運命だからだよ。
心の中でそう返しただけで、奏には何も返さなかった。
そんなオレの隣で構わず彼女は続ける。
「征ちゃんはさー、心の声が小さいんだねきっと」
「心の声・・・?」
「そ!だって征ちゃんが今1番やりたいのはバスケじゃないの?それならもっとお父さんとお母さんに自分はこれをしたい、こうしたいっていう気持ちを伝えるべきだと思う」
「・・・簡単にいうね」
「だって簡単でしょ」
そう少し強めに言い張った彼女を見る。
揺るぎない目は真っ直ぐオレを見つめていた。
「・・・でもオレの家は、父さんは全てにおいて完璧じゃなきゃ許してくれないんだ。1番じゃなきゃ認めてくれない」
「それならバスケで1番になればいいんじゃない?」
「!」
「勝って結果を残せばお父さんも認めてくれるよ、征ちゃんがバスケに打ち込むことに。ていうか完璧な人なんてこの世界にはいるわけないよ。征ちゃんまだ私とタメの小4だよ?小4にそんなの求めるお父さんが悪い!」
今まで誰にも、オレの肩を持つ母さんにすら言われたことのない父さんを否定するその言葉を聞いて呆気に取られた。
フンっと鼻を鳴らして腕を組んでみせた彼女に思わず小さく吹き出す。
「奏はおもしろいね」
「え?そうかな」
「奏は、オレみたいに塾や習い事はしていないのか?」
「してないよ。塾なんてまだ普通は行かないよ」
「普通、か。奏の家は自由なんだね」
「自由・・・なのかな、わかんない」
一瞬曇ったその表情をオレは見逃さなかった。
この時、彼女がどんな気持ちでそう返したのか。当時のオレは知るはずもない。
すぐ明るい表情に戻る彼女は続ける。
「征ちゃんが1番やりたいことって何?」
「やりたいこと?」
「うん、バスケじゃないの?」
「そうだね、バスケもしたいけど・・・」
「けど?」
一度口を閉ざして空を仰ぎ見る。
快晴が広がるその一面の青色に、2羽の小鳥が仲良く飛び回ってはやがて何処かに消えていった。
「・・・奏と、こうやって同じ時間を過ごしたいかな」
彼女とオレの生きる周りの景色は違う。
でも今一緒にいるこの瞬間だけは、オレ達の景色は同じで。それが少しでもいいから、増えて永くなればと切実に思った。
オレ達のいる公園の前を当たり前のように二人並んで帰宅する男女の小学生に視線を移す。ああやって学校でも同じ時間を過ごせることができたなら、どんなに楽しいだろうか。
いつまでも反応がない奏に不思議に思い振り向くと、そこにはあんぐりと口を開けたマヌケ顔があって、思わず笑った。
「な、なんで笑うの!」
「いやすまない、顔がおもしろかったから」
「失礼すぎ!」
心の声、か。
奏に指摘されたこの日から、オレの気持ちは徐々に前向きに変わっていった。