02.ご褒美



 父の厳しい理念と求められる完璧に心苦しくても、優しい母の存在が何よりもオレの心の拠り所であった。
 母さん。そう呼べばすぐに微笑んではオレの髪を撫でてくれる。

 それがとても心地よかった。

 「頑張ってる征十郎にご褒美あげよっか」

 オレの前に屈んで目線を合わせた母さんの一言がきっかけだった。
 
 「ご褒美、ですか?」
 「そう、何か欲しいものはある?お母さんがお父さんにお願いして何でも買ってあげるわ」

 今までご褒美など貰ったこともなく。
 聞かれて欲しいものを考えてみるも、何も浮かんでこなかった。だがやりたいこと、であれば真っ先に浮かぶものがある。

 「・・・バスケット、がしてみたいです」
  
 そう口にして脳裏に蘇るのは、あの日バスケが大好きだと言った少女の笑顔。

 「バスケット!いいじゃない、じゃあ早速お母さんとバスケットボール買いに行きましょうか!」
 「でも、父さんに許可を・・・」
 「ボール買った後でも大丈夫でしょう」

 そうオレの右手を取った母さんは、何処かわくわくしたような表情だった。
 この繋いだ手を、ずっと離したくないと思った。



 02.ご褒美



 母さんはオレにバスケットボールを与えてくれて、父さんに頼み込んではやっとの思いでオレがバスケットをする時間を作ってくれた。最高のご褒美だった。

 塾や習い事の合間を縫って、限られた時間の中母さんの手を引いてはバスケットゴールのある公園へバスケをするのが毎日の楽しみであった。

 「母さん見てて!」
 「わあ、ナイスシュート征十郎!」

 シュートを打つ度にすごいすごいと髪を撫でては褒めてくれる母さんにもっと喜んで欲しくて。オレは気づけば笑顔が絶えず夢中でバスケを楽しんでいた。

 「あれ?せーじゅうろうくん?」

 ある日、背後から鈴の音のような声がして。
 聞き覚えのあるそれに振り向けば、そこには白鳥奏が立っていた。
 両手でバスケットボールを大事そうに持っている。

 「こんにちわ!」
 「こんにちは」
 「今日いつもいってる公園のゴールが空いてなかったからこっちの公園にきてみたんだけど、せーじゅうろうくんがいると思わなかった!バスケ始めたの?」
 「最近始めたんだ。塾と習いごとの空いた時間にやってるだけだけどね」
 「塾と習いごとかぁ、せーじゅうろうくんはえらいね」

 えらい?何が、何処が。
 純粋に浮かぶ疑問。
 やがてオレの少し後ろで傍観していた母さんの存在に気付いた白鳥は「こんにちわ!せーじゅうろうくんのお母さん、白鳥奏といいます!」と明るく挨拶をし頭を下げた。
 そんな白鳥に母さんが嬉しそうな声色で返す。

 「初めまして、奏ちゃんは征十郎のお友達なの?」
 「はい、そうです。この前友達になったばかりだけど!」
 「そうなのね、いつの間に・・・」

 そうオレに視線を移した母さんは安心したように笑んでは続けた。

 「この子、なかなか自分から友達を作ろうとしないから・・・ありがとう。奏ちゃん仲良くしてね」
 「もちろんです!また会えないかなぁっておもってたから会えてうれしいです」
 「ふふ。そうだ征十郎、せっかくだから奏ちゃんと一緒にバスケットしたらどうかしら」

 そうオレの両肩に手を優しく置いては背中を押す母さんを後ろに、少女の澄んだ瞳と視線が絡む。
 
 「はい。バスケ始めたばかりだからいろいろ教えてくれるかな白鳥さん」
 「うん!奏でいいよ、征ちゃん!」
 「征ちゃん・・・?」
 「せーじゅうろうって長いんだもん、征ちゃんってかわいいでしょ」

 ちょっと馴れ馴れしい。そう思うも親しみを込めて純粋な笑顔で征ちゃんと呼んだ彼女に、悪い気はしなかった。それから毎日のように、限られたバスケットの時間を奏と過ごした。






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