37.会いたくない



 目が覚めた時、目前には白い天井が広がっていた。
 記憶が途切れていて働かない頭をなんとか動かして、自分が意識を手放す前のことを思い出す。そうだ、自分は車に轢かれたのだ。でも何で轢かれたんだっけ。嫌なものを見てしまったからだ。ではその嫌なものってなんだっけ。そう遡れば辿り着くのは征ちゃんと知らない女の子の仲睦まじい光景。

 ふと腕元にある重みに気付き、視線を斜め下に向けると窓から入り込むそよ風に靡く綺麗な金色の髪が見えた。

「・・・黄瀬くん?」

 その瞬間、私は安堵した。そして同時に寂しくも思った。
 征ちゃんじゃなかったと。

 黄瀬くんは一体いつからここにいるのだろうか。
 すやすや寝息を立てている彼を起こさないようにゆっくり身体を動かすも、あまりの痛みに思わず「いたたたた」と声を上げてしまった。

「ん・・・奏っち・・・?」
「あ・・・ごめん、起こしちゃったね」
「!?目覚めたんスか!それなら早く起こしてくれていいのに!」
「今目が覚めたところだよ。それより・・・どうして黄瀬くんがここに?」
「どうしてって・・・偶然通りかかった交差点で目の前で人が轢かれるもんだから誰かと思えば奏っちで・・・心臓止まるかと思ったっスよ・・・急いで救急車呼んでそのままついてきたんス」
「そうだったんだ・・・黄瀬くんが助けてくれたんだね。ありがとう」
「いや全然いいけど。それよりも無事で良かったっス・・・!」

 眉をこれでもかと下げて顔を歪める黄瀬くんは今にも泣きそうで、釣られて私も涙ぐんでしまう。

「もしかして、それからずっとここにいてくれてるの?」
「まぁ今冬休みだしオレ暇人なんで!ずっとって言っても、一日いるだけだけど」
「家に帰らなくて大丈夫なの?」
「平気平気!友達のとこ泊まるって連絡してるから」
「そっか、ありがとう黄瀬くん・・・」
「・・・でも、オレ以外誰も見舞いに来てないけど奏っちの家族とかに連絡行ってないはずないっスよね・・・?」

 訝し気に尋ねてくる黄瀬くんに、私は彼に家族のことを話していなかったなと思い出す。


「私家族、いないから」
「え?」
「誰も来ないと思う」
「いないって・・・」
「小さい頃事故で亡くなっちゃったの」

 家族のことを話すのは征ちゃんと小学校の頃の瀬口くんとこれで三人目であった。
 それを聞いた黄瀬くんは一瞬固まった後、すぐに頭を下げる。

「ごめん・・・!余計なこと聞いちゃって・・・」
「もう昔の話だし、大丈夫だよ!慣れてるから!」
「・・・じゃあ奏っち一人暮らししてるんスか?」
「ううん、遠い親戚の家にお世話になってるんだ。まぁでも私のお見舞いには来てくれないと思うし、来られても困るけど」

 でも、本当は心の何処かで征ちゃんにはお見舞いに来て欲しかった。
 でも彼は来てくれていないようだ。
 当然か、今頃何も知らずに部活でバスケをしていることだろう。

「・・・でも部活の顧問にも連絡行ってると思うから、時期にみんな見舞いに来ると思うっスよ」
「・・・・・・」
「・・・奏っち?」

 部活に連絡が渡れば、きっと征ちゃんは血相変えて来てくれるだろう。
 でも、今は彼と会いたくなかった。

「今は・・・誰にも会いたくないんだよね」
「何かあったんスか?」
「まぁ色々・・・見たくないもの見ちゃって」

 脳裏には征ちゃんと綺麗な女の子のあの光景。
 誕生日に会うってことは、きっと何か特別な人なんじゃないかと想像していた。私よりもその人との時間を優先して、連絡も返してくれなかった。その事実がわかってしまった以上、いつものように征ちゃんと顔を合わすことが今は厳しかった。

 俯く私は「わかったっス!」と明るく言った黄瀬くんに顔を上げる。

「じゃあオレが誰もここに入らせないようにするっス!」
「え?」
「親族以外面会謝絶ってことにすれば誰も来れないでしょ」
「でも、黄瀬くんは?」
「オレは遠い親戚ってことにして!」

 そうウインクした黄瀬くんに唖然とする。
 もしそれが可能ならば当然征ちゃんは面会に来ても病室に入ることはできない。

「オレ看護婦さんに言ってくるっス!ちょっと待ってて奏っち!」

 何処か楽し気に黄瀬くんはそそくさと病室を後にした。
 言い返す暇も与えてもらえなかった私は、とりあえず彼が戻ってくるのをベッドに横になりながら待つことにした。




 37.会いたくない




「え!?奏ちゃんが交通事故に!?」

 部活動中。
 桃井の声が体育館内に響き渡り、その言葉を聞いた一軍メンバーは動きを止めた。
 「白鳥が交通事故に遭って入院した」そう報告した虹村さんの隣に立っていたオレもそれを聞いて時が止まる。

「さっきコーチに病院から連絡があったらしい。昨日不運にも車に撥ねられて入院してるそうだ。だから部活にもしばらく出られない」
「そんな・・・」
「まぁ無事みてぇだし、病院側の話によると怪我だけで済んだとのことだ。部活が終わったら何人かで見舞いに行くぞ」

 虹村さんの声が酷く遠くに感じた。
 交通事故。まさか昨日の?そんな、もしそうならオレはあの時奏の事故現場を何も思わず通り過ぎたということになるのか。
 そもそも何故外に。家で待っていると思っていたのに。一人で外でずっとオレからの連絡を待っていたのだろうか。

「・・・虹村さん」
「あ?何だ赤司」
「今すぐ、オレを白鳥のところへ行かせてください。お願いします」

 それを聞いてムッと口を尖らせる虹村さん。
 無理を承知の上であった。副主将という立場であり、私情で部活を抜け出すことなど。だが断られてもオレは守らず病院へ向かうつもりであった。

 頭をガシガシと掻き乱しながら虹村さんは溜息を零す。

「・・・わかった、行ってこい」
「!・・・いいんですか」
「ダメっつってもどうせ行くんだろおめーは」
「・・・はい」
「コーチにはオレから説明しておいてやるから、早く白鳥のところへ行ってやれ」
「ありがとうございます」

 頭を深く下げる。
 それから奏が運ばれた病院先を尋ね、オレは練習着のまま体育館を飛び出した。タクシーを拾う時間も惜しく、幸い学校からそう遠くなかったため全力で走りながら病院へと向かった。

 ダラダラ流れる汗と流石に息切れしてくる呼吸を整えながら、一秒でも早く奏の元へ行ってあげたかった。


「・・・面会謝絶?」

 ようやくたどり着いたオレに突き付けられた言葉は何とも残酷なものだった。息を切らしながら唖然とするオレに、受付の看護婦は続ける。

「はい、親族の方以外は白鳥さんとご面会になれません」

 親族。
 彼女の見舞いに誰か来るような人はいるのだろうか。
 流石に一緒に住んでいる親戚の方は来るか。だがもし来ないのなら彼女は病室でたった一人で過ごしているということになる。

「・・・親族の方はどなたか来られているんですか」
「はい、お一人いらっしゃってますよ」
「そうですか・・・」

 良かった、と胸を撫で下ろす。

「面会謝絶の理由は何かあるんですか?彼女は事故で怪我を負って病院に運ばれたと伺っていますが」
「そうですが来られた親族の方が急に面会謝絶にしてほしいとおっしゃられたので・・・理由に関してはこちらではわかりかねます」
「・・・彼女と親しい間柄なのですが、それでも面会はできないでしょうか」
「それなら白鳥さんに取り合ってみましょうか、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「赤司征十郎と申します」
「赤司さんですね、少しお待ちください」

 そう言って姿を消す看護婦。
 面会謝絶にする理由がわからない。それが親族の要望というのも不審である。
 一人来ている親族は、彼女が一緒に住んでいる親戚の方なのだろうか。
 しらばく待っていると、看護婦が戻ってきた。

「すみません、やはりご面会の許可が下りませんでした」
「オレの名前は本人に伝えて頂けたのですか?」
「もちろん。赤司征十郎さんが面会希望であることを白鳥さんご本人に申し伝えましたが、お会いになられたくないとのことでした。申し訳ありません」
「・・・・・・」

 それを聞いてショックだった。
 奏がオレに会いたくないと、言っているのだ。
 何故、と疑問に思うも昨日あの時事故に遭ったのが彼女だったならば。
 事故に遭う前に何かあったのかもしれない。可能性があるとすれば考えすぎかもしれないが、オレと九条が一緒にいるところを目撃してしまったとか。

 それなら尚更早く会って誤解を解きたいと思った。

「・・・いつまで面会謝絶なのでしょうか」
「親族の方次第でしょうか・・・恐らく明日か明後日には可能になるとは思いますが」
「そうですか、では面会ができるまで待ちます」
「はい?」
「今日、彼女と会いたいんです。許可が下りるまでここで待つと、親族の方と本人にそう伝えてもらえますか」

 困惑する看護婦を他所に、オレは携帯を取り出し病院を一度出ると虹村さんの番号にかける。恐らく今の時間は休憩時間のはずだ。3コール目でようやく出た虹村さんは『おう』と短く応答した。

「虹村さんすみません。しばらく部活には戻ることができません」
『何かあったのか』
「病院には着きましたが・・・面会謝絶だったので今日は白鳥の見舞いに来ても会えないと思います」
『面会謝絶ぅ?何だそりゃどういう状況だ。ただの怪我じゃねーってことか?』
「オレにもわかりませんが、このまま白鳥に会えるまで待とうと思います。本当に申し訳ありません」
『待ってたって今日は会えねぇんだろ。無駄な時間を過ごすくらいなら戻ってこい』
「・・・いえ、彼女が事故に遭ったのはもしかしたらオレが関係している可能性があるので、このまま待たせてください」
『どういうことだ?』
「すみません、今はそれくらいしか説明できません」

 沈黙が広がる。
 さっきまでダラダラと流れていた汗も今ではすっかり乾いていた。
 電話越しに虹村さんの溜息が聞こえる。

『仕方ねぇな・・・今日だけだぞ』
「すみません、ありがとうございます」
『その代わり、しっかり白鳥の無事を確認してこい。んで報告しろ』
「はい」

 通話を終え、再び病院に戻りオレは待合の椅子に腰を掛ける。
 冬である時期にも関わらず、急いで学校から出てきたオレはジャージを忘れてしまい、半ズボンである足元を見て少し後悔する。時間は14時を回ろうとしていた。




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