35.恐れていた事



※設定の人物に九条麗華を追加してます。




「征十郎」

 夕食中。距離の空いた向かい席で食事を摂っていた父さんに名前を呼ばれ、それに顔を上げた。真っすぐ見据えるオレとは逆に、目線を斜め下に落としたまま父さんは続ける。

「20日は予定を空けておきなさい。お前の誕生日だろう」
「はい、そうですが・・・何かあるのですか」
「お前も今年から中学生になったんだ。その祝いも含めて軽い食事会を開く。お前にとっても今後必要になる仕事の関係者や友人を招く。それと、お前に紹介しておきたい人がいる」
「紹介したい人、とは・・・?」
「当日わかるだろう」

 父さんは何処か楽し気だった。
 紹介したい人。それが何なのか、どういう意味なのかこの時のオレがわかるはずもなかった。

「わかりました。20日は部活動が終わり次第すぐに帰宅します」

 20日。それはオレの誕生日である。
 毎年特に大それた祝いはしていない。
 家で父さんといつものように食事をするだけ。プレゼントも母さん以外から貰ったこともない。
 奏にも気を遣わせたくなくて、毎年自分から何もいらないと釘を打っていた。だが思えば今年は部活で忙しくその話を彼女にすることを忘れていたのを思い出す。まぁ毎年何もなかったんだ。大丈夫だろう、そう思っていた。





「あ、えっと、今日一緒に帰れないの。ごめん征ちゃん」

 ある日奏にそう断られその理由は買いたい物があるとのことでショッピングモールへ用がある彼女を送り届けた。何故、この時に気づけなかったのか。彼女の買いたい物を。

 なかなか自分から離れようとせず買い物へ向かわない奏を置いていき、駅前広場まで歩くものの何となく彼女に何かあったらと考え始めると心配になり、オレは再び来た道を戻る羽目になった。

「ここに入ってるタピオカの店超ウマイんスよ!あ、飲む?」

 結果、戻ったことを後悔することになる。

 私服の男の飲み物を口にする彼女を目撃してしまい、しばらく呼吸することを忘れてしまった。その場に立ち尽くし、二人の様子を呆然と伺うも親しそうに接しているのを見ると日頃からよく会話しているのだろうと伝わってくる。小学校の頃はほとんどオレ以外の男と絡んでいる彼女を見たことがない。だからその分彼女の隣に自分ではない別の男が並んでいることに焦燥感を覚えた。今後、もし奏が自分ではない別の男を選んでしまう日がきたら。今のような最悪な光景を拝まないといけなくなるのだろうか。
 想像すると世界が一瞬色あせて映る。

「・・・・・・」

 彼女と一緒にいる金髪の彼を、この時のオレはまだ知らない。
 二人から目を伏せて、オレはその場からゆっくりと立ち去った。



 35.恐れていた事



 12月20日。
 夕方から食事会があるオレは部活動を終えた後、虹村さんに一言家の用事があることを伝え制服に着替えて帰る支度をしていた。

「征ちゃん、ちょっといい?」

 背後から奏に呼び止められ、ゆっくり振り向く。
 ショッピングモールの件以来、彼女とはあまり会話らしい会話を交わしていなかった。

「すまない。今日はこれから家の用事があって早く帰らないとならないんだ。だから今日は一人で帰ってくれるかい」
「え・・・・・・そうなの?」
「あぁ。今日ではないとダメなことか?」

 肩を落とした彼女はその問いに小さく首を横に振って見せる。

「・・・ううん、何でもない。大丈夫」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「奏は・・・本当にわかりやすいね」
「!」

 パッと顔を上げた彼女と視線が絡む。
 そのビー玉のような透き通った瞳は、いつだってオレを虜にさせて離してくれない。

「家の用事が終わったら連絡するよ。それまで待てるかい?」

 そう言えば曇らせていた表情をパァっと明るくする彼女は単純である。

「う、うん!全然待つ!」
「ありがとう、じゃあまた後で」
「うん!」
「・・・・・・」
「・・・?征ちゃん帰らないの?」

 いつまでもその場から動き出そうとしないオレに奏は不思議と小首を傾げる。この間とは逆で、今度はオレが彼女から離れたくないと思ってしまいなかなか帰路に向かえずにいた。自分の誕生日なんだ、いつもと変わらずとも彼女と一緒に帰って他愛のない話をして終えるだけで十分満足なのに。
 きょろきょろと周りを見回し、誰もいないことを確認するとオレは彼女に歩み寄っては顔を近づけて咄嗟に目を瞑った奏の鼻に自分のそれを軽くくっつけた。

「!」
「キスの代わりだ」

 すぐに離れ奏を見るとその顔はタコのように真っ赤にさせていて、思わず吹き出す。鼻と鼻をくっつける以上のことを既にしているというのに、いつまでも初々しい反応を見せる奏が可愛くて仕方がない。

「せっ征ちゃんもう一回・・・!」なんてせがんでくる彼女に首を横に振る。

「もうダメだよ」
「ケチ!」

 ころころ変わるその表情は本当に見ていて飽きない。
 先日見てしまった知らない男と一緒にいる場面に膨らんでいた不安も、そんな彼女を見ているとどうでもよくなってしまう。
 小さく手を振る奏にオレも振り返し家へと向かった。





 自宅。
 父さんが自分の誕生日にと開いてくれた食事会は実に退屈なものであった。
 綺麗に着飾った有名な会社の経営者を中心に集まったその輪に、オレも窮屈なスーツを身に纏って特に興味のない会社の経営話に耳を傾ける振りをして紅茶の入ったティーカップを啜っていた。

 奏は今、何をしているだろうか。

 目の前のテーブルに広がる豪華な料理を見たら彼女はきっと「美味しそう!いいなぁ!」と目を輝かせて羨ましがるだろう。その表情を想像すると自然と口元が緩んでしまう。
 だがオレにとってはその料理は味気のないものであった。
 プロの料理人が厳選した素材を使って調理したこの料理よりも、奏と一緒に食べる学食の方がオレにとっては何倍も美味しく感じる。

 使っている食器も、至る所に飾られた絵も、天井からいくつも吊るされたシャンデリアも、何万何千万とする高価なものであってもオレにとっては全く価値がないものだった。
 溜息が零れる。

 「征十郎」ふと父さんから名前を呼ばれ、我に返り落としていた視線を上げた。

「はい」
「お前も知っているだろうが、昔から赤司家と付き合いの深い資産家九条家のご令嬢をお前に紹介したい。挨拶なさい」

 そう父さんが示した方へ視線を移すと、既にオレを見ていた綺麗に着飾った女性と視線が絡む。興味がなくその場にいたことにすら全く気が付かないでいた。

「確か歳もお前と同じだ。先日までアメリカで過ごしていたそうだ。来年からこっちの中学に通学する。お前が通うはずだった中学校にだ」

 それを聞いてあぁ、ボンボンばかりが通うあの中学校かと思い出す。
 オレも本来そこへ進学する予定であったが、バスケをしたいオレは父さんに学業でトップを常に維持することを条件に帝光中への進学の許可をもらったのだ。

「今後彼女にも会う機会も増えるだろう。仲良くしなさい」
「・・・赤司征十郎です。よろしくお願いします」
「九条麗華と言います。よろしくお願いします征十郎さん」

 彼女は九条麗華と名乗った。いかにもご令嬢らしい響きに感じる。
 初対面にも関わらず下の名前で呼んだ彼女に、少し馴れ馴れしく感じるも差し伸べてきた手に作り笑顔を張り付けて握手を交わした。

 父さんの紹介したい人は、彼女のことだったのか。
 オレが恐れていた事が一つ、現実になってしまった。それは名家の子息である自分には将来的に一緒になる相手も親が納得して決めた相手になる可能性があることだ。
 その相手は、恐らくこの九条だろう。その道が開けてしまったことに、改めて自分の運命を呪った。




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