33.携帯



 学年末テストの結果が貼り出されている今日。
 私は危ないことに自分の目を両手で覆いながらその人だかりの中を彷徨っていた。なんとも見るのが恐ろしい。なんたって50位内に入れないと征ちゃんからのご褒美がもらえないのだから。

 するとドンッと誰かにぶつかり慌てて謝るも無言の圧力を上から感じ、指の隙間からその主を見上げるとそこにはメガネのブリッジを押し上げ眉を寄せた緑間くんが立っていた。

「あっ!緑間くん」
「・・・白鳥、危ないだろう。何故目を覆って歩いているのだよ」
「だって、テストの結果が怖いんだもの!私50位内に入らないとご褒美もらえないんだよ!」
「・・・よくわからないが、低レベルな目標順位なのだよ」

 そう小馬鹿にしてきた緑間くんをムッと睨みつける。

「そういう緑間くんの目標順位は何位内なの!?」
「当然1位以外ありえないのだよ。・・・だが、アイツにはいつも勝てない」
「アイツ?」

 そう貼り付けられた学年末テストの結果に、目線を移した緑間くんに私も続く。彼が見る目線の先には「2位 緑間真太郎」と書いてあり、緑間くんが見た目通りがり勉で頭がいい人なのだと知った。そんな2位である緑間くんの上にある名前を見て私は顔がニヤける。その「1位 赤司征十郎」の文字に一瞬優越感に浸った。

「どんなに勉強しても赤司はいつも全教科満点なのだよ。まったくふざけた奴だ」
「さすが私の征ちゃんだ・・・!」
「・・・フンッ、いつか絶対抜いて見せるのだよ」
「征ちゃんが負けるはずないし!」
「どころで自分の順位は確認したのか」
「あ!そうだった!」

 1位の征ちゃんから下って自分の名前を探す。40位、43位、46位・・・ない、ないない。自分の名前がない。どうしよう。焦りで頭が真っ白になりながらもようやく見つけた自分の名前の順位は、

「ご、50位・・・!」
「・・・残念だったな」

 そう憐れむような緑間くんの声色に、私は更に肩を落とした。

「で、でも50位ならギリギリ50位内に入ったことになるよね!?」
「なるわけないだろう。50位内というのは49位からなのだよ」
「え・・・じゃぁご褒美は・・・」
「なしだろう」
「がーん!!」

 あまりのショックにその場で頭を抱えて崩れ落ちた。「恥ずかしいから早く立つのだよ!」そう上から声を掛けてくる緑間くんを他所に私は自分の世界に入っていた。
 あんなに頑張ったのに、征ちゃんのご褒美ならず。不動の1位である征ちゃんと比べて50位内にすら入れない奴がそんな彼の彼女だなんて。きっと征ちゃんも呆れるに違いない。そう思うと急に顔を合わせづらくなった。

「み、緑間くん・・・私と順位交換しない・・・?せめてこの貼り紙の名前だけ入れ替えない・・・?」
「ふざけるな」

 ですよね。
 誰もが目を通せるこの結果が、征ちゃんの目に入らないわけがない。悪足掻きは諦めて素直に報告することにした。



 33.携帯



 部活前。
 征ちゃんに図書室に呼び出され、私は重たい気分のまま扉に手をかけた。中に入ると征ちゃん以外誰もいなかった。本を閉じ目線を上げた征ちゃんは待ちわびたように微笑んで私の名前を呼んだ。そのキラキラした征ちゃんが今の私には眩しすぎて、思わず両手を前にかざして顔を背ける。

「いや、ダメ!そんな目で私を見ちゃ・・・!」
「・・・何をしているんだ、早くこっちへおいで」

 ポンポンっと自分が座る椅子の隣を叩いて招く征ちゃんに、私は項垂れながら大人しく腰を下ろした。

「・・・征ちゃんだって見たでしょ。学年末テストの貼り紙・・・」
「いや、オレは見ていないよ。自分で見るより奏の口から直接聞きたいと思っていたからね」
「え、自分の順位見に行ってないの?」
「見なくてもわかる」
「・・・・・・」

 さすが赤司様と呼ばれるだけある。自分が1位なのは当然で確認するまでもないということか。呆然とする私に征ちゃんは「それで?」と続け、仕方なく口を開く。

「・・・50位、でした」
「そうか・・・」

 下を向きながら言った私には征ちゃんが今どんな表情をしているのかわからない。怒っているかもしれない。
 するとポンッと頭に手を置かれそのまま優しく撫でられ予想だにしなかった私は彼の方へ顔を上げた。

「頑張ったじゃないか、お疲れ様」
「え・・・怒ってないの?」
「何だ、オレが怒ると思っていたのかい?奏の前回の順位を思い出してみろ」
「えっと・・・さ、三桁でした」
「ならいい結果じゃないか」
「でも、50位内に入れなかったし・・・征ちゃんのご褒美が・・・」
「・・・そうだね。まぁ今回は特別に50位でもセーフにしてあげるよ」
「!ほんと・・・!?」
「ほんと」
「せ、征ちゃん・・・!!」

 そう微笑んで見せた征ちゃんに私は思わず抱き着いた。私達以外誰もいなかったのは幸いである。

「ご褒美、あげないとね」そう耳元で囁いた征ちゃんにわくわくして顔を上げると、スッと腰に腕を回され持ち上げられるようにして身体を立たされる。次の瞬間視界がぐらりと反転して図書室の天井が視界に広がった。必死に冷静になり今の状況を考える。天井を背景に私を見下ろす征ちゃんの顔を見るなり、どうやら私は机の上に押し倒されているらしい。「せ、征ちゃん?」そう彼を呼んだ瞬間、その口を塞がれた。

 最初は触れるだけのキスがだんだん深くなっていって、思わず開けた唇の隙間から征ちゃんの舌が入ってきて私のそれを絡み取られる。
 学校なのに。いつ誰が図書室に来るかもわからないのに。その状況下が更に私を興奮させた。

「んっ、ん・・・はぁ、っ」

 すっかりそういう気分になった私は征ちゃんの首に腕を回し、両足の隙間に彼の下半身を挟んだ。するとパッと唇を離され起き上がる征ちゃんを困惑した顔で見つめる私に、彼は口元を手の甲で拭って見せる。

「え、え・・・終わり・・・?」
「当然だろう。・・・ここは学校だぞ。それよりポケット」
「ポケット?」

 そうブレザーのポケットを指す征ちゃんに、私はその中に手を滑り込ませると中には何か固い物が入っていて恐る恐る取り出した。

「えっ・・・携帯?」
「そう、オレからのご褒美だ」

 征ちゃんがポケットに忍び込ませたのは携帯であった。二つ折りのパカパカする携帯。色は赤色で、それだけで征ちゃんを連想させられる。生まれて此の方、携帯を所持したことのない私にはそれは高級な代物であった。

「ありがとう、征ちゃん!大事にする!」
「どういたしまして。因みにオレとお揃いだよ」
「お揃い・・・!神様・・・!」
「ふふ、喜んでもらえてよかった」
「あれ、でも携帯代は・・・?」

 うちは携帯代を払う余裕はない。私のなけなしのお小遣いでは全然足りないし、親戚のおばさんが払ってくれるとは到底思えない。

「オレが払うから安心して使ってくれていいよ」

 戸惑う私に、征ちゃんは当然のようにそう言った。

「え・・・そんな、悪いよ」
「いいんだ。それにこれから先携帯を持っていないと色々不便だし、何かあった時に連絡手段がないと危ないだろう」
「うぅっ・・・赤司様ぁ」
「その呼び方はやめろ」

 そうムスっとする征ちゃんは相変わらず赤司様と呼ばれるのを拒む。

「じゃぁこれから毎日家に帰った後も征ちゃんと話し放題ってこと?」
「まぁ・・・そうなるね」
「じゃぁ毎日電話するね!」
「・・・ほどほどに頼むよ」
「あれなら毎朝モーニングコールしてもいいよ!」
「いや遠慮しておくよ」

 結局、この日から私と征ちゃんは部活が終わって家に帰った後寝るまで電話する日々が毎日続いた。お互い飽きもせず、毎日。




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