32.盲目を撃て



 学年末テストが間近に迫り、私は図書室で征ちゃんに勉強を教えてもらっていた。
だがあまり集中できないでいる。

「ここはこの方程式を使えば簡単に解けるよ」

 何故なら教えてくれている征ちゃんの顔がかなり至近距離にあって、ちょっと横を向いただけで触れ合ってしまいそうな程だからだ。

「・・・・・・奏?聞いているのか」

 征ちゃんとはあの初体験の日から特に何もないままである。
 お互い同じ部活。休みもないし、そういう雰囲気になれる程一緒にいる時間も長くはないのだ。毎日部活が終わって一緒に帰る、それだけ。

 ノートではなくすぐ横にある征ちゃんの綺麗な顔をガン見する私を、訝しげな表情で睨み返してくる征ちゃんにお構いなく私は自分の世界に浸っていた。初体験の日のあの快感に溺れる彼の表情を思い出しただけで私の顔は簡単に熱を帯びて頭がクラクラしてしまうのだ。

 すると突如両頬をむにっとつねられ、我に返った。

「い、いひゃい!」
「・・・またくだらないことを考えていただろう」
「くだらなくなんかないよ!あの初体験の時の征ちゃんの感じてる・・・いたたたたっ!」
「学校でその話は絶対するな」

 つねられていた手に更に力がこもり、私は思わず悲鳴に似た声を上げる。
 やれやれと溜息をついて離れた征ちゃんは構わず続けた。

「オレが教えることで勉強に集中できないのならやめるかい?」
「すみませんやめません!でも征ちゃんがかっこよすぎるからこればっかりは仕方ないっていうか・・・」
「はぁ・・・・・・」
「最近征ちゃんとこうやって二人きりになれることもなかったし・・・」
「まぁ・・・そうだね」
「私は絶賛征ちゃん不足なのに、征ちゃんは違うんだね・・・」
「・・・・・・」

 しくしくとわざと泣き真似をして尋ねる私に、征ちゃんは無言を貫く。
 ちぇっと口を尖らせて仕方なくノートに向き直ると、しばらく間を空けた後征ちゃんは静かに口を開いた。

「わかった。なら学年末テストで50位内に奏が入ったらご褒美をあげるよ」
「!ごほうび?」
「そう、ご褒美」
「なら私ご褒美は征ちゃんが欲しいんだけど!」
「・・・・・・」
「冗談です、そんな睨まないで!征ちゃんがしてくれるものなら何でもご褒美だから!」

 心底呆れたように私を見る彼に、慌てて私は誤解を解こうと必死にジェスチャーする。

「ほらこの消しゴムのカスも征ちゃんがくれるなら私にとってはご褒美になるし、このシャー芯の欠片も!」
「・・・・・・ふふ」

 そんな私を見て、小さく笑う征ちゃんに動きを止めた。
 すると征ちゃんは優しく微笑んで私の髪を優しく撫でた。その愛おし気に私を見つめる眼差しに、私の気持ちは一気に高揚していく。

「・・・征ちゃんキスし、」
「しない」

 言葉を遮られきっぱり断った征ちゃんに私はふくれっ面をしてノートに突っ伏した。
 とりあえず50位内に入らないと征ちゃんからのご褒美がもらえないので、私はこの日から猛勉強する日々を送ることになる。



 32.盲目を撃て



「・・・火山岩に見られる大きな結晶を何というか・・・えーっとえーっと、斑晶っと」

 昼休み。
 一人理科の問題集を片手にぶつぶつと念仏を唱えるかのように問題を解く。
 学年末テストは来週に迫っていた。

 すると急に背後から視界を覆われ、目の前が暗転する。

「オレは誰でしょーか」
「その声は、黄瀬くん?」
「正解!白鳥っち何してんの?」

 私の視界を両手で覆っていた犯人は、黄瀬くんであった。
 彼は明るく言うと私の隣に並ぶ。黄瀬くんとはあれからちょくちょく話したりする仲である。

「勉強!だって来週学年末テストでしょ」
「へー意外。白鳥っちって真面目なんスね」
「ま、まぁね。なんたって彼氏からのご褒美が待ってるから」
「ふーん。あれから彼氏サンとはどうなんスか?」
「おかげさまで超順調です!」
「うわぁ、すっげー幸せそう」
「ふふ。てか黄瀬くんは勉強しなくて大丈夫なの?」
「ん、まぁ別に。まだ中一だし良くも悪くもない成績で十分かなって」
「まぁ確かに」
「オレも彼女からご褒美あればやる気出すんスけどねー白鳥っちが羨ましいわ」

 そう笑う黄瀬くんは相変わらずイケメンだと思った。
 彼女、いないんだ。
 こんなにもかっこいいのに何でだろう。

「なんで彼女作らないの?」
「え・・・何そのオレが意図的に作ろうとしてない感じの言い方!」
「だって黄瀬くんモテモテじゃん。周りに女の子いっぱいいて選びたい放題じゃん」
「あはは・・・そんなことないっスよ。みんな顔がいいからって寄ってくるだけ。別に誰もオレ自身のこと見てくれてる人なんていねーんスわ」
「・・・・・・」

 そう言った黄瀬くんは、とても寂しそうに見えた。
 確かに、黄瀬くんのようにこれだけ見た目が派手でかっこいいとその美貌で寄ってくる女子が多いのは仕方がないと思った。彼の中身を知る前に、好意を抱いてしまうのが普通だ。

「黄瀬くんかっこいいから仕方ないかもしれないけど」
「・・・・・・」
「いつか、黄瀬くんのことしっかり見てくれる人現れると思うよ。外見じゃなくて内面にも惹かれて好きになってくれる女の子が」
「・・・そっスかねー」
「だって黄瀬くんは実際外見もかっこいいけど、中身だってかっこいいじゃん。優しいし、私にこうやって声かけては話聞いてくれたりしてくれるし」
「!」
「まだ中一なんだし、これからでしょ」

 それだけ言うと黄瀬くんは盛大な溜息をついて屋上の地ベタに仰向けに寝っ転がった。

「・・・白鳥っちって、その彼氏サンといつから知り合いなんスか?」
「え?んーっと、小2の頃からかな」
「はあ!?小2って・・・めっちゃ付き合い長いじゃないっスか!」
「そうだけど、付き合い始めたのはつい最近だよ」
「はぁ・・・マジっスか。そりゃ叶わねーや」
「?」

 寝っ転がる黄瀬くんの横に、私も腰を下ろす。
 空をぼーっと眺める彼の瞳には空が映っていて綺麗だと思った。

「・・・オレももっと早く白鳥っちに出会ってたかったなぁ」
「え!?」
「白鳥っちの彼氏サンが羨ましいっス。きっとすごい幸せなんだろうなーって」

 そう言われて、考え込む。
 征ちゃんは本当に幸せなのだろうか、私と付き合って。
 私はすごく幸せだけど、征ちゃんは実際どう感じているのかはわからなかった。

「そうなのかなぁ」
「そうっスよ。白鳥っちもっと自信持っていいと思うよ」
「何で?」
「何でも!ってか白鳥っちの彼氏サンってバスケ部にいるんだっけ」
「うん、バスケ部の副主将」
「えっ・・・一年でもう副主将!?何それ有りっスか」
「その反応は普通だと思う」
「オレ来年バスケ部に入ろうって思ってるから、白鳥っちの彼氏サン拝めるの楽しみにしてるっス」
「え!?入るの?」
「うん、バスケ部にいる青峰っていう人めっちゃかっこいいなって!」
「青峰くんかぁ、すごいバスケ上手だよね」
「そうそう!この間ふらっと体育館覗いたらかっこよくてオレもやってみたいなって思った」
「ふふ、黄瀬くんが入ったらきっとバスケ部も賑やかになるなぁ」
「・・・それに、白鳥っちもいるし」

 そう小さく呟いて嬉々として話す黄瀬くんに、私も教科書を横に置いて仰向けに寝っ転がった。
 黄瀬くんに早く理想の相手が見つかるといいなぁ。そう空を眺めなら呑気に考えた。








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