29.レモンは甘いだけ



 征ちゃんとはあれから一緒に帰るだけで特に進展はない。
 なんとなく私に触れることに臆病になっているように感じて、私は絶賛物足りなかった。征ちゃん不足であった。

 季節はあっという間に夏を越え、秋になり冬へと近づいていた。
 征ちゃんは中1でありながらも先生から生徒会役選挙に推薦され、人望の厚い彼には多くの票が入り次期副会長との声も高かった。
 部活では副主将で、成績は学年トップ、そして生徒会の次期副会長。
 そんな優等生すぎる彼を周りの女子達が放っておくわけもなかった。

 対して私は何の取柄もない。
 完璧な彼の恋人がまさかそんな女だなんて知ったら周りは納得するはずがないだろうと思った。だから、最近の私は少し彼の隣に居心地の悪さを感じていたりしていた。
 征ちゃんは最近キスもしてくれない。灰崎くんの言う通り、やっぱり私には魅力がないのだろうか。


 誰もいない昼休みの体育館で1人、バスケットボールをダムダムと床に付ける。
そして左腕を気遣いながらもシュート体制に入り、それを放つとリングに当たったがボールはゴールへと収まった。

 それに少し嬉々とする。久しぶりの感覚だった。
 再びボールを拾い、今度は少し距離を取ってドリブルしレイアップシュートをする。左腕さえ使わなければ、それは綺麗にゴールへ決まった。

 ああ、やっぱりバスケは楽しいなぁ。
 
 瞼を下ろすとその裏側に小学校の頃、クラブでバスケをしていた記憶が鮮明に蘇る。


 パチパチパチパチ。ふとそんな拍手が聞こえ、瞼を開けて誰かと辺りを見回せば体育館入口にいつの日か会った金髪の彼が私に向かって拍手をしていた。

 「体育館に誰かいるなって思って覗いてみたら、めっちゃ綺麗なシュートに思わず感動しちゃったっス」
 「え、あ、ありがとうございます」
 「何で敬語?てかオレのこと覚えてない?入学式のときぶつかった時の・・・」
 「あっ、あの時の金髪の人」
 「そうそう金髪の人っス」

 そうにこにこ笑う彼は、やはりとても整った顔立ちをしていると改めて思った。そういば入学当初、すごいイケメンがどこかのクラスにいると噂を聞いたことがある。だが征ちゃんしか眼中にない私には全く興味がなく、そのイケメンが誰かなどどうでもよかったのだ。恐らくそのイケメンはきっと目の前の彼のことだろうと推測した。

 近づいてくる彼は、やはり征ちゃんよりかなり背が高く当然見上げる形になる。

 「バスケかぁ、小学校の授業でなんとなくやったくらいかなー」
 「楽しいよ、バスケ。よければ少しやってみる?」
 「いや、いいっス。どうせすぐできちゃうから」

 この時私は、彼の言っている意味がよく理解できないでいたのは当然のことであった。

 「でもキミのバスケやってるとこ見たら悪くないかもって思ったっス。今ちょっと私情で色々忙しいんで落ち着いたらやってみよっかな!キミ、っていうか・・・名前聞いてもいいっスか?」
 「白鳥奏、あなたは?」
 「えっ!?オレのこと知らねーんスか!?これでも入学式から騒がれて結構有名になったと思ってたんスけど・・・」

 そうあからさまに眉を落とす彼に、私は慌てて「ごめん、知らなくって!」と付け加え頭を下げた。すると彼はにっこりと笑って見せる。

 「オレは黄瀬涼太!一応これでもモデルやってるんス」
 「え?モデルさんなの?すごい!」
 「まぁオレがカッコイイのは自分でもわかってるんで、惚れても仕方ないけど?」
 「大丈夫、それはないから。私彼氏いるし」
 「えっ!?マジっスか!?もう彼氏いるとか・・・白鳥さん隅に置けないっスねー」

 征ちゃんのことを彼氏と呼べる日が来たことに、私は内心悶えていた。携帯をポケットから取り出し弄り出す黄瀬くんに、私は彼女とメールかななんて呑気にそれを眺める。
 
 「白鳥さんメアド交換しよ!」

 弄っていたのはそのためだったのか。携帯を振りながら明るく言う黄瀬くんに、そういえば自分が携帯を持っていないことに改めて気づいた。

 「あ・・・ごめん、私携帯持ってないの」
 「はあ!?冗談でしょ!?イマドキ携帯持ってないとか・・・ありえないんスけど。てか彼氏とどう連絡取ってるんスかそれ」
 「家庭の事情で・・・携帯持ったことないんだよね」
 「そうなんスか・・・それは不便っスね」
 「うん、でも毎日部活で忙しいし一緒に帰ってはいるからそれで充分っていうか・・・」
 「ふーん・・・でもそれって付き合ってるっていうんスか?」

 黄瀬くんのその言葉を聞いて、私の胸に針が刺さるような痛みが走った。
 毎日部活で全中に向けて頑張り、副主将としてチームを束ねている征ちゃんの姿を近くで見れて、毎日一緒に帰れて私は充分だと思っていた。
 でも彼のその言葉を聞いて、何処か物足りなさを感じている自分を知ってしまった。

 俯く私に、黄瀬くんは続ける。

 「まぁ部活で忙しいのはわかるんスけど、オレならもっと大事にするけどね」
 「それって・・・私は大事にされてないってこと?」
 「あ、いやごめん。そういう意味じゃなくって!付き合い方は人それぞれっスから、そんな落ち込まないで!」
 「うん・・・」
 「オレなんかでよければいつでも話聞くから」

 そう爽やかに笑む黄瀬くんは、流石モデルなだけあって素直にカッコイイと思った。

 この日を境に私は黄瀬くんとちょくちょくお昼ご飯を食べたり、休み時間に話したりするようになる。黄瀬くんは裏表がなく、思ったことを言ってくれる人で私はとても話しやすくどんどん仲良くなっていった。





 29.レモンは甘いだけ




 練習後。
 いつものように征ちゃんが終わるのを誰もいない部室で待っているといつの間にか寝てしまったようで、ふと目が覚める。後頭部から温もりが伝わり自分の頭が誰かの膝上にあるのだとわかる。うっすら瞼を開けると、部室の天井を背景に征ちゃんの私を見下ろす顔が視界に映った。

 「征ちゃん・・・?」
 「起きたかい、奏」

 どうやら私はベンチに座る征ちゃんに膝枕をされているらしい。
 急に恥ずかしくなり慌てて起き上がろうとした私を、征ちゃんは肩を抑えて阻んだ。

 「ゆっくりしてくれて構わないよ」
 「でも・・・重くない?」
 「重くない」

 筋肉質で固い征ちゃんの膝と、電気の付いていない部室、私のことを見下ろす月明かりに照らされた征ちゃんの顔に私の心臓はずっとバクバクと煩かった。
 ゆっくりしていろと言われても、こんな状況で再び寝れる程今の私には余裕はない。

 顔が熱い自分の顔を隠そうと右手で覆うと、征ちゃんはその手を優しく握って退ける。

 「何故隠すんだ」
 「だって顔近いし、そんな見られたら恥ずかしくて寝れないよ」
 「この距離に今更恥ずかしがるのかい?」

 そうふっと笑ってくる征ちゃんは、私の右手を握る力をギュッと込めた。
 手から伝わる温もりにすら、今は心臓に悪い。

 「好きだよ、奏」
 「っ・・・」

 ふいに言われたその言葉に心臓が跳ね上がる。
 その声色はとても優しく、髪を撫でてくる征ちゃんに私達しかいない部室の中は甘い雰囲気が広がっていた。

 「・・・征ちゃん」
 「うん」
 「キス、したい」

 蚊の鳴くような声量でおねだりした私に、征ちゃんは一瞬面食らったように目を丸くした。だがすぐに私の背中に手を回すと上半身を抱き上げて唇を重ねてくれた。
 最初は触れるだけ。すぐ離れる征ちゃんに、物足りないように見つめるとそれが伝わったのかまたすぐ口づけてくれる。
 それは次第に深さを増して、征ちゃんの舌が遠慮がちに口内に入ってくる。私もそれに応えるように舌を絡ませた。

 「は・・・・・・」
 「んっ、はぁ・・・んう」

 夢中でキスする私達。部室内にはお互いの荒い息づかいだけが響いていた。
 うっすら瞼を開けるとすぐ目の前に瞳を閉じた征ちゃんの長い睫毛が映る。征ちゃんは男の子なのにとっても綺麗だ。一瞬脳裏に入院していた頃の詩織さんがフラッシュバックした。
 酔いしれる私は制服に手をかけてきた征ちゃんに、抵抗一つしようとは思わなかった。

 そんな私に、征ちゃんは名残惜しそうに唇を離すと困ったように小さく呟く。

 「・・・抵抗してくれないと困るよ」
 「ふふ・・・困らせてるんだよ?」
 「・・・はぁ・・・本当にお前という奴は・・・」

 溜息をつくと征ちゃんは私の制服にかけていた手を引いた。
 どうやら彼の中で理性が勝ったらしい。
 立ち上がり離れる征ちゃんを慌てて目で追う。

 「え・・・終わり?」
 「終わりだ。これ以上は・・・部室ですることではないだろう」
 「ちぇ・・・残念」
 「・・・・・・」

 肩を落とす私に征ちゃんは黙って視線を送る。
 そして間を空けた後「・・・今度の日曜日」と口を開いた彼に私はパッと顔を上げた。

 「午後からコート整備が入るから練習は休みになるんだが、オレの家に来るかい?」
 「!?」

 予想だにしていなかった突然のお誘いに、一気に気分が上昇した。
 だが冷静に考えると、オレの家に来ないかっていうことは、つまり。

 「せ、征ちゃんの初めてを私に・・・?」

 その瞬間モフッと何かを顔面に投げられ視界が覆われる。すぐ落ちたそれは征ちゃんが投げたらしいスポーツタオルだった。タオルから彼へ視線を戻すと、呆れたように私を見つめたルビー色と目が合った。

 「・・・奏の頭の中にはそれしかないのか」
 「・・・すみません」
 「小学校の頃はバレないよう隠れていたからできなかったが、今回はきちんともてなすよ。夏休みは部活で忙しくて約束していた夏祭りにも行けなかったしその代わりというわけではないが・・・」
 「うん、充分だよ。楽しみ!」

 そうだ、黄瀬くんのことを一瞬思い出したが私にはこれで十分だった。
 征ちゃんちに初めて行ったのは小6の夏祭りの帰りに内緒で泊めてもらった時以来だ。今度はこそこそせず、征ちゃんの家の人にも挨拶して堂々と過ごせるのかと思うと、今からワクワクが止まらなかった。




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