「え!?赤司くんと付き合うことになった!?」
「さつきちゃんしっー!!声でかい!!」
「ご、ごめん!」
数日後。
部活中、スポドリの補充をさつきちゃんと行っている途中私は征ちゃんとの進展を報告した。興奮し大声を上げるさつきちゃんに、私は人差し指を口元にあてて宥める。慌てて両手で口を覆い周囲に誰も聞いている人がいないか確認した後、さつきちゃんは続けた。
「おめでとう奏ちゃん!!自分のことのように嬉しいよ!」
「うん、ありがとうさつきちゃん。でもさつきちゃん以外に誰にも言ってないから他言無用でお願いします」
「もちろん!でも赤司くんも目立つから隠れて付き合うなら奏ちゃんも色々と苦労しそうだね・・・」
「うーん、別に隠れて付き合うつもりはないんだけどね・・・」
「あーでもよかったぁ!赤司くんと奏ちゃんお似合いだなぁって思ってたから」
そうにこにことスポドリをカゴの中へ入れていくさつきちゃんに、私も顔が緩む。
でも同時に、お似合いという言葉に本当にそうなのだろうかと自問した。周囲から見たら私と征ちゃんはお似合いに見えるのだろうか。私にはとてもそうは思えなかった。
そして1軍が練習している体育館へと向かうと、試合形式で練習をしていて丁度シュートを決める征ちゃんが視界に飛び込んできた。シャツで汗を拭う彼は一瞬私の姿に気づくと、フッと微笑んで見せる。
そんな征ちゃんが眩しくってスポドリを入れたカゴを落としそうになった。
「かっこよすぎ・・・!」
「奏ちゃん声に出てるよ?」
さつきちゃんの指摘すら聞こえず一人悶える私の脳天に突如チョップが降りかかり、征ちゃんのかっこよさでふわふわした気持ちが一気に激痛へと変わった。
「いったぁ!!」
「バーカ、部活中だろうが集中しろ」
誰かと見上げれば、チョップをお見舞いしたのは虹村先輩だった。
「虹村先輩痛いです!」
「赤司ばっか見てんじゃねーぞ」
「!見てません!」
「わかりきった嘘つくな。てかおめーらまさか、デキてんのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか。虹村先輩のスケベ!」
部の主将という立場を完全に忘れ去っていた私は、カゴからスポドリを1本取り出しそれを虹村先輩目掛けて投げつけようとするも「誰がスケベだこの野郎」と先に頭をどつかれて、それは叶わずに終わる。
「おめーわかりやす過ぎんだよ。もう少し隠す努力をしろ。赤司の苦労も考えてやれ」
「はぁい・・・」
じんじんする頭を手で軽く抑える。
征ちゃんの苦労と言われて私は何のことかわからずにいた。でも確かにこれでは自分から周りにバラしているような状態のため、虹村先輩の言う通りあまり態度に出ないように気を引き締めようと努めることにした。
27.Baiser
練習が終わり、コート整備を各自している中。
私は一人洗濯が必要なタオルを回収していると、突如誰かに肩に腕を回され驚きのあまりタオルを落とした。
「よー処女オンナ」
「!灰崎くんか・・・てかその呼び名やめてってば」
「お坊ちゃんと付き合ったんだって?よかったじゃねーか。あ、処女卒業できたか?呼び名変えないといけねーな」
「してませんから!!」
「なんだよまだかよ・・・赤司も奥手だな。それともお前に魅力が足りねーんじゃねぇの」
「っていうか付き合ってないし!」
「何今更とぼけてんだよ、お前見てりゃバレバレだっつの」
「ふーん、灰崎くんそんなに私のこと四六時中見てるの?もしかして私のこと好きなの?」
そう茶化した私が悪かった。
それを聞いた灰崎くんは急に肩に回していた腕でぐいっと私を引き寄せると、顔をぐっと近づけてきて鼻と鼻がくっつきそうな距離まで縮めてきたのだ。
「お前あんま調子乗ってんじゃねーよ、襲うぞ」
その目がマジものだったので、「何言ってるの?」と平然を装いながらも内心で私は悲鳴を上げていた。心の中でSOSを出していると、ガシッと灰崎くんの頭の上に大きな手が乗っかり、その手は私にくっつく灰崎くんを引き剥がしてくれた。
「崎ちんくっつきすぎー」
「!なんだよ敦、邪魔すんじゃねぇよ」
「邪魔するしー赤ちん見てるからー」
その手は紫原くんのものであった。
そう言って、紫原くんが視線で示した先を見やれば、少し離れた位置で床のモップがけをしている征ちゃんの姿があった。
「・・・別に彼氏サマが心配するようなこと何もしてねーだろ」
「その距離がまずアウトでしょー崎ちんは今後白鳥ちんに近づくのは禁止ー」
「何で敦が決めんだよ」
「オレは赤ちんの味方だからー」
「チッ・・・うぜーヤツ」
舌打ちして立ち去っていく灰崎くんに内心胸を撫で下ろす。
意外な人物が助けにきてくれたが「ありがとう」と紫原くんを見上げてお礼を述べた。思えば紫原くんと話すのはこれが初めてだ。
「白鳥ちんさーもうちょっと危機感持った方がいいんじゃない?」
「危機感?」
「そー。崎ちんに狙われてるっていう危機感ー」
「え!?灰崎くんが私を狙ってる!?ありえないでしょ」
「いやありえるから言ってんじゃんー赤ちん不安にさせたら捻り潰すからねー」
「えっ・・・わ、わかりました」
さっきの灰崎くん同様マジな目で言う紫原くんに恐怖心を覚える。
紫原くんが妙に征ちゃんを慕っているのか崇拝しているのかわからないが、違和感も感じた。
それにしても灰崎くんが自分を狙っていることに驚きだ。
彼は私が征ちゃんしか眼中にないことを重々知っているはずだし、まだ1・2回しか会話をしていないのに何故私を狙うのか。その時の私には灰崎くんという人物がまだわからず、その理由もわかるはずもなかった。
◇
片付けも終わり、制服に着替えた部活生がぞろぞろと校門を通る中。
征ちゃんと付き合うことになってから、私達はもう校外で落ち合うことをやめて校内から一緒に帰ることにしていた。監督と打ち合わせをしている征ちゃんが終わるのを一人、体育館入口の階段に腰を掛けて待っているとガシッと頭を掴むように撫でられて、顔を上げると紫原くんがいた。
「白鳥ちんお疲れー」
「紫原くん、お疲れ様ー」
「赤ちん待ってんのー?」
「あ、うんまぁ・・・」
ポテチの袋を片手に持つ紫原くんの背後から緑間くんと青峰くんも続いて出てくる。
「あーコイツがさつきの言ってた赤司のアレかよ」
「そーそー、赤ちんいっつもオレ達と帰る時"用事がある"って言って来た道引き返してたのは白鳥ちんと帰るためだったらしーよー」
「・・・なるほど。何故引き返すのかと不思議に思っていたがそういうことだったのか。赤司もご苦労なことなのだよ」
その会話を聞いて、初めて征ちゃんがみんなと途中まで帰った後に途中引き返して私と落ち合って帰ってくれていたことを知った。
部活仲間との交流も大切にし、且つ私との時間もきちんと大切にしてくれていた彼はさすがだと思った。
「じゃーねー」と手を振る紫原くんに私も小さく振り返す。
再び一人になった私はどんどん暗くなる空を見上げた。
征ちゃんと付き合い始めてから、まだ日が経っていないのもあり恋人らしいことは何もない。それでも名の無かった関係がようやく恋人という関係に進展し、今後一緒にいられることに私は今までで一番幸せを噛みしめていた。
離れるきっかけや理由が今後征ちゃんとの間に何があったとしても、ありえないとそう思っていた。
私はひどく浮かれていたのだ。
「奏」
ずっと傍で聞いてきた好きな人の声に振り返ると、当然征ちゃんがそこには立っていて私は目尻を下げる。
「待たせたね、帰ろうか」
「うん!」
立ち上がって征ちゃんと手を繋いで歩き出す。
付き合うことになっても、征ちゃんは私の身を案じて校内から一緒に帰ることを渋っていたが私が我儘を言って仕方なくそれを受け入れてくれていた。恋人らしいことがまだなくっても、私は現状満足だった。
他愛のない話をしていた私に、今日の征ちゃんは妙に歯切れが悪く様子が可笑しく、そんな彼に私は途中で足を止める。
「征ちゃんどうかしたの?何かあったの?」
「・・・あぁ、そうだな。何かあればと言えば、灰崎のことだが」
その名前に思わず背筋を伸ばした。
「灰崎にはあまり近づくな」
「え、灰崎くん?別に何もないし近づいたりしないよ?心配しなくても大丈夫だよ」
「さっきの、見ていたよ」
さっきの、と言われて先程体育館で灰崎くんに迫られた一時を思い出す。
「紫原くんもなんか言ってたけどありえないよ、灰崎くんが私のこと、」
狙ってるなんて。そう言おうとするも突如私の肩を抱き寄せてきた征ちゃんに言葉を切る。視界が征ちゃんの端正な顔でいっぱいになり心臓がバクバクと脈打った。
「・・・灰崎にこうされた時、どう感じた?」
「べ、別に・・・何も感じなかった、けど」
「ならオレの時はどうだい?」
「ド、ドキドキしすぎて・・・」
鼻血が出そう、という言葉を飲み込む。
さっきの灰崎くんの時とは違って、征ちゃん相手にこんなことをされると心臓がもたない。急激に顔に熱が集中していくのがわかる。
そんな顔が真っ赤であろう私の反応を見て、征ちゃんは満足そうにフッと微笑むと、私の額に軽く唇を寄せて口づけた。
「っ!!」
「それを聞いて安心した。だが灰崎には気を付けるんだ」
そう言って私を解放する征ちゃんの制服の袖を咄嗟に掴んだ私に、想定外だったのだろう征ちゃんは動きを止めた。
「せ、征ちゃん・・・額じゃなくて、」
「・・・」
「口にしてほしい・・・」
言ってしまった後で急に恥ずかしさが込み上げてくる。
耐え切れず俯く私に、征ちゃんは少し間を空けた後両頬に手を添えてきて顔を持ち上げた。
ルビー色の瞳と視線が交わう。
「瞳、閉じて」
そう囁かれて言われた通り目を瞑ると、唇に柔らかい感触が走った。
名残惜しそうに離れるそれに、ゆっくり瞼を上げるとどこか恥ずかしそうな表情をしている彼が視界に映る。
それがたまらなく私の欲を掻き立てて「もう1回・・・!」とせがむ私に、征ちゃんは面食らったように再び動きを止めた。
「・・・欲張りだな」
ヤレヤレと溜息をつきながらも、征ちゃんは再び私の唇に自分のそれを寄せてくれる。触れるだけの優しいキスだった。
嬉しくて思わず征ちゃんの首にしがみつく私は、今更周りの視線を気にし始めた彼に力ずくで剥がされるのであった。