灰崎くんと話したあの日から、私は性行為について学び始めた。小学校の保健体育の授業で男女に分かれてまで学んだはずなのに、当時の私の頭では授業の内容を理解するのが難しくほとんど覚えていなかった。
学校の休み時間を利用して、コンピューター室にあるパソコンを使い色々と検索して調べてみる。恐らく学校でこういうことを調べるのは規則違反でイケナイことだとわかっていながらも、私の家にはパソコンもないし携帯も持っていないので、学校のパソコンしか手段がないのだ。
検索結果は、散々なものだった。
あられもない姿をした男女がひたすらくっついてる画像や動画ばかり。
私には刺激が強すぎた。
「・・・征ちゃんと私がこんなことするのかぁ・・・・・・」
感慨深い。が、絶対無理だと思った。恥ずかしくて爆発してしまう。
だが同時に征ちゃんが性行為のときに、どんな表情をするのかとか、征ちゃんがどんな風に触れてくるのかとか、どうしようもない妄想が膨らんでいき好奇心が芽生える。
征ちゃんがバスケ以外で汗をかいて、荒い息づかいで眉を寄せて・・・、
「きゃあああああダメ!やばすぎる!!」
そんな彼を目の当たりにしたら、きっと私は鼻血が出てしまうだろう。
コンピューター室で熱くなった顔を覆いながら、一人悶えた。
26.交際スタート
征ちゃんがバスケ部に入部してから最初の全中。
帝光中は無事に優勝を決めた。
そして1年である征ちゃんが副主将になったのはそれとほぼ同時期であった。
「青峰くん大活躍だったよねー!」
「本当にかっこよかったよね!彼女とかいるのかなぁ?」
「奏ちゃんもそう思うでしょ?」
「えっ?」
部活中。
一緒にタオル運びをしていたみっちゃんとあっちゃんは遠い目をしながら青峰くんの活躍振りを称賛していた。突然話を振られた私は思わずタオルを落としそうになる。
「ダメダメ!奏ちゃんは赤司様一筋なんだからー」
「赤司様!?」
「みんなそう呼んでるよ?うちのクラスの子とかも。1年でもう副主将だし、紳士で人望も厚くって学年トップの成績で・・・帝光中の王子様って言えば赤司様だよね」
1年で異例の副主将となった征ちゃんは、この頃から赤司様と呼ばれるようになっていた。中学に入ってから成績は学年1位をキープし、部内でもクラス内でも誰に対しても温厚で人望の厚い征ちゃんには非の打ちどころがない。
そんな彼にどんどん不釣り合いになる私は、征ちゃんの隣にいる資格があるのだろうかと考え始めるようにもなった。
◇
征ちゃんが副主将になってから、練習後も情報整理や監督との打ち合わせの時間も増えて私達の帰宅する時間は以前よりも遅くなった。
「―――すまない、待たせたね」
学校から少し離れたところにある喫茶店の前で、私と征ちゃんは落ち合っていた。
空をぼーっと仰いで壁に寄りかかっていた私の元に、征ちゃんが小走りに駆け寄ってくる姿が見え身体を起こす。
「お疲れ様です副主将」
「・・・2人の時に副主将はやめてくれ」
「はぁい赤司様」
「・・・奏、」
「ごめんってば怒らないで!」
不服そうな表情で睨んでくる征ちゃんの手を取って、構わず私は歩き出す。
気づけば私達は夏服へと変わっていた。
「・・・征ちゃんまた背、少し伸びたね」
「そうかい?」
「ついこの間までは私とほとんど変わらなかったのにー」
握る手も少し大きくなった気がする。ちらりと見上げるその横顔も、副主将になったからか少し凛々しく見える。長い睫毛も、サラサラの赤髪も、整った唇も、思わず見惚れてしまう。征ちゃんの全てが今の私には欲を掻き立てるのに十分だった。
「そういえば」そう口を開いた征ちゃんに、我に返る。
「この間の話の続きだが・・・」
「あ・・・うん」
征ちゃんのいう話の続きは、全中の前に話したあの話だ。早速征ちゃんから切り出してきて、思わず生唾を飲み込む。
「歩きながら話すのもあれだから、公園に行こうか」
そう言った征ちゃんに、私達はいつもの公園へと向かった。
◇
この公園に来るのは、入学式以来である。
私達はベンチに並んで腰を下ろした。途中征ちゃんが買ってくれたミルクティーを、緊張のあまり無駄に喉に流し込む。
「奏は・・・オレと恋人になりたいとあの時言っていたが、」
「うん・・・」
「オレは正直な気持ちを言うと、あまり気が進まないんだ」
「・・・!」
その言葉を聞いて、私の気持ちは一気に降下する。
俯く私に構わず征ちゃんは続けた。
「もちろん、オレも奏と同じ気持ちだよ。だがその先に進むことに少し臆している自分がいてね。未知の域に足を踏み入れることに躊躇っているんだ。そのことでオレ達の関係がどう変わっていってしまうのか不安に思う部分もある」
珍しく後ろ向きな征ちゃんに、私は俯いた顔を上げた。
「征ちゃんは、先に進みたくないの?」
「・・・・・・」
「ずっとこのまま、友達でも恋人でもない中途半端な状態で手繋いで帰るだけで終わりなの?」
「・・・奏、」
「征ちゃんはそれでも満足かもしれないけど、私は全然満足しない」
隣に座る征ちゃんの方へ身体の向きを変え、少し空いていた距離をぐっと詰め寄った。いきなりの至近距離に征ちゃんはギョッとして私を見下ろす。
「小学校の卒業式の時、征ちゃんは自制してるって言ってたけどしなくていいじゃん。私は征ちゃんと先に進んでそういうことしたいって思ってるよ?」
我ながら恥ずかしいことを口にしていると自覚していた。
でもハッキリ伝えないと征ちゃんはうじうじしていて、一向に関係が先に進まないままだと思った。
ルビー色の宝石のような瞳が揺らいでいるのを真っすぐ見つめる。すると征ちゃんは間を空けたあと瞼を下ろして、フッと微笑んだ。
「・・・いつからそんなに積極的になったんだい?」
「征ちゃんがうじうじしてるからだよ」
「別にオレはうじうじしていないよ」
「だって私、初めては征ちゃんに捧げたいって思ってるし」
「!?」
「もちろん征ちゃんの初めては私がもらいたいって思ってるし・・・・・・って征ちゃん聞いてる?」
反応が返ってこない彼を不思議と思い見上げる。
そこにはほんのりと顔を赤らめてフリーズしている征ちゃんがいた。その初めて見る彼の表情に私は眩暈を起こしそうになる。
「せ、征ちゃんが照れてる・・・!」
「・・・奏が変なことを言うからだろう」
「変なことじゃないし!じゃあ征ちゃんは私の初めてが別の人に取られても平気なの?例えば灰崎くんとかに」
その名前を出すのはタブーであった。
途端に征ちゃんの表情がむすっとなる。
「・・・何故そこで灰崎なんだい?」
「あっ・・・えっと、なんか浮かんできたのがその名前で深い意味はないから」
未だむすっとしている征ちゃんに、誤魔化すように私は続ける。
「話戻して!私は征ちゃんと付き合いたいって思ってるの!先に進みたい。征ちゃんはどう思ってるの?」
「オレは・・・」
一呼吸して、意を決したように征ちゃんは続けた。
「まだ早いと思っていたが・・・奏が付き合いたいというなら、構わないよ。確かに先に進むことに躊躇っていたが、このままではいけないと考えてはいたしね」
「ほんとに?じゃあいつ征ちゃんの初めてをくれるの!?」
「いや・・・いくらなんでもまだその段階ではないだろう。まさか奏・・・オレと付き合うのはそれが目的なのかい?」
「ち、ちがうよ!でも早くその、征ちゃんのそういうところ見たいなぁって・・・!」
「・・・・・・」
本人がすぐ隣にいるにも関わらず、上の空で征ちゃんのあんなことやこんなことを妄想し始める私の頭を、征ちゃんがバシっと叩いてきて我に返った。
「勝手に想像するな」
「すみません」
初めて征ちゃんに頭を叩かれた時であった。
兎にも角にも、私達の交際はこの日をきっかけにスタートするだった。