全中も目の前に差し掛かった頃。
今日はさつきちゃん、みっちゃん、あっちゃんの3人は学食組のため、買い弁だった私は1人屋上の片隅に座って空を仰ぎながら食べていた。
征ちゃんとはあれから一緒に帰る以外はあまり話していない。物足りないが仕方がない。もうすぐ全中だし。
見事宣言通りスタメン入りした征ちゃんは、当然バスケのことしか頭にない。それでも彼は毎日ものすごい練習量をこなした後、疲れてるはずなのにそれを表に決して出さず私を家まで送り届けてくれていた。ちゃんと休めているのだろうかとたまに心配になる。
25.苦手意識
「・・・っん・・・、あっ・・・!」
ふと耳を澄ませばそんな卑猥な声が耳に入ってきた。
自分1人だけだと思っていた空間に、誰かいるのかと辺りを見回すも姿はない。その声にすごく興味を引かれた私は、その声を辿って校舎裏に歩み寄り、恐る恐る覗き込んでみるとそこには見覚えのある灰色の頭が見えた。
確かこの人は、
「灰崎くん・・・?」
そう思わず声をかけてしまった私に、密着していた灰崎くんと女子生徒が一斉にこちらを振り向く。
「あ?誰だお前」
「ちょっと・・・覗き見とかまじありえないんだけどっ!」
女子生徒は灰崎くんから離れると立ち上がり、慌てて乱れた制服を整えて逃げるように立ち去った。そこでようやく自分が空気を読めていなかったことに気が付く。
「あ・・・!ごめん、思わず声かけちゃって」
「ありえねーわマジで。お前のせいでヤリ逃しちまったじゃねーか」
「ヤリ逃す?何を?」
純粋に聞き返す私に、灰崎くんはあんぐりと口を開ける。
「はあ?何って見てわかんねぇの?」
「わ、わかんなくもないけど・・・!ていうか追いかけなくていいの?彼女じゃないの?」
「別に、めんどくせーからいい」
灰崎くんは脱いでいたブレザーを羽織ると立ち上がる。
そのまま立ち去るのかと思えば、ジっと私を見下ろしてきてその鋭い灰色の目と視線が交わった。
「・・・お前何処かで見たことあると思ったら、うちのマネじゃん。しかも赤司とやたら仲良いヤツ」
「べ、別に仲良くなんかないけど・・・」
「嘘ついてんじゃねーよ。部活終わった後わざわざ外で落ち合って仲良く手繋いで帰ってんじゃねーか」
「!」
さつきちゃんといい、灰崎くんといい、隠してるわけではないがバスケ部の人に目撃されすぎている。なるべく帰りの部活生と被らない道を選んで帰っているつもりなのに。
ニヤニヤと見下ろしてくる灰崎くんを見て初めて自分は、彼みたいな不良タイプが苦手なのだと気が付いた。先ほどから手汗が半端ない。
「赤司とお前ってデキてんの?」
「・・・灰崎くんに言う必要ある?」
「気になんだよ、あんなクソ真面目なお坊ちゃんでも、ヤることは一丁前にヤってんのかってよ」
「灰崎くんと一緒にしないでくれる?全中も近いしバスケで忙しいんだからそんなわけないじゃん。ていうか私達まだ中学生だよ?」
こんなチャラチャラした男と征ちゃんを同類にしないでほしい。
少しムキになって言い返す私に、灰崎くんは一瞬面くらったような表情をしたが、すぐに吹き出して笑い声を上げた。
「まだ中学生って・・・マジで言ってんの?」
「・・・マジだけど」
「中学生になったら普通ヤってんだろ。特に男は」
「えっ・・・!」
当然のように言う灰崎くんの言うことが私には理解できなかった。
中学生でそういう行為。彼は普通だと言ってのけたのだ。
特に男は、と。初心すぎる私には頭が追い付かなかった。
そんな私の反応を見て、灰崎くんはまたニヤニヤした。
「・・・お前その反応、まだ処女かよ」
「!」
「つーことは、赤司もまだ童貞か。つまんねー見た目通りいい子ちゃんかよ」
呆れたようにそれだけ言うと、興が冷めたのか屋上から立ち去ろうとする灰崎くんのブレザーの裾を、気づいたら私は咄嗟に掴んでそれを阻んでいた。
めんどくさそうに振り向く灰崎くんに、私は恐る恐る口を開く。
「・・・ちょっと待って」
「何だよ」
「つ、付き合ったら・・・そういうのが普通なの?」
「そういうの?」
「その、灰崎くんが言ってるヤツ・・・」
「は?セックスのことか?回りくどい聞き方してんんじゃねーよ。めんどくせぇヤツ」
「もっとオブラートに言ってよ!」
「バカじゃねぇの?恥ずかしがることじゃねーだろ」
「私は恥ずかしいの!」
「・・・知らねーけど、付き合ってんのにヤレねーなら付き合う意味なくね?」
その言葉が私には妙にリアルに感じた。
「・・・別に構わないが、奏は付き合うという意味を理解しているのかい?」
征ちゃんがこの前言っていた言葉を思い出す。
そこで私はようやく征ちゃんの言っていた言葉の意味を理解した。
あの時、私は全然理解できていなかったんだ。
「まぁ処女のお前には想像できなくて当たり前だよな」
「・・・処女ってそんなに悪いことなの?」
「別に悪いことじゃねぇよ、まぁ早く捨てたいってんならオレが手伝ってやってもいいけど?」
そうペロリと舌で親指を舐める灰崎くんに背筋がゾクゾクした。
彼は征ちゃんと真逆のタイプ、だからこんなにも悪寒がして苦手意識を持ってしまうのだ。
一歩後退る私に、灰崎くんは笑って続けた。
「冗談に決まってんだろ。赤司のモノに手出す程身の程知らずじゃねーよ」
「どういう意味?」
「お前もわかってんだろ、あいつと一緒にいるなら。あんな怖いヤツの女に興味なんかねーよ」
そこで私も怖いヤツじゃないっと否定ができなかった。
それは小学校の時、私を階段から突き落とした瀬口くんを償わせようとした征ちゃんがいつもの征ちゃんではなかったのを見てしまっていたからだ。
あの時、征ちゃんに恐怖心を抱いたのを今でも覚えている。
「じゃーな処女オンナ」
「!!ちょっと人前でその呼び方は絶対やめてね!」
「へーへー」
それを最後に灰崎くんは屋上を後にした。
征ちゃんと付き合ったら、私達もそういうことをするのだろうか。
征ちゃんもそれをわかっているのだろうか。
一度想像してしまうと人というのは、実際に体験してみたいという方向へ興味が向いてしまうもので、私もその1人に過ぎなかった。