中学にあがってから、征ちゃんと私にはいくつかのルールができた。
「いいかい?校内ではオレのことを"征ちゃん"と呼ぶのはダメだよ」
「えっ、なんで?」
「何でも。その方がお互いいいからだ」
「征ちゃんがダメなら他になんて呼べばいいかなぁ・・・」
「普通に苗字でいいだろう。オレも校内では白鳥と呼ぶよ」
「えーやだよ!なんか赤の他人みたい」
「実際他人なんだから問題ないだろう、とにかく学校では我慢するんだ。いいかい?」
「・・・・・」
「返事がないぞ」
「・・・はぁい」
「あともう一つ」
「えっ、まだあるの」
「部活後帰る時は、一度校外で待ち合わせしてから帰るぞ」
「え・・・なんで?」
「何でもだ。その方がお互いいいから」
「征ちゃんそればっかり!」
「2人きりの時は普段の呼び方で構わないよ」
「うん・・・」
「あともう一つ」
「まだあるの!?」
「校内で必要以上にオレと一緒にいないこと」
「え、なんで!」
「小学生の時とは違うんだ。今までのことを振り返ればオレの意図を汲み取れるだろう」
心の中ではよく理解していた。
小学校で征ちゃんと四六時中一緒にいた影響でクラスメイトから嫌がらせを受け、それがエスカレートした結果怪我まで負わされたのだ。
征ちゃんが私のために提案してくれているのだとわかっていた。
わかっていたけど、それでも私は一緒にいたかったのだ。
「じゃあせめてお昼ご飯の時くらいは、」
「いや、別々だ」
言葉を遮られ、即答してきた征ちゃんの一言に私は大袈裟に崩れ落ちる。
小学校とは違い、中学はお昼ご飯時は好きな相手と自由な場所で過ごすことができ、私はそれが中学ライフの中の楽しみの一つであった。征ちゃんと毎日お弁当や学食を食べれると思っていたのに。
そんな崩れ落ちた私を見て、征ちゃんはヤレヤレと小さく溜息を零した。
「・・・たまになら、一緒に食べてもいいが毎日はダメだよ」
「・・・!たまにってどのくらいの頻度?2日に1回とか!?」
「それはたまにとは言わないだろう。週に1回あるかないかぐらいかな」
「うっ・・・それでもないよりは全然いい・・・」
「なら決まりだね」
こうして中学生になった私達にはルールができたのでした。
24.名の無い関係
初めての部活動の日。
過去1年生で1軍入りした者はいないという中、征ちゃんはクラス分けテストで見事1軍入りを果たした。他にも3名もの1年が1軍入りしていたが、私には征ちゃんしか見えず把握していなかった。
部活のマネージャーを始めてから、私には女の友達もできた。桃井さつきちゃん、新井美希ちゃん、菊池敦子ちゃんの3人である。部活以外でも一緒に行動することが増えた。特にさつきちゃんに至っては1組で、私と征ちゃんと同じクラスだった。
私はバスケの経験と知識を買われ、監督から1軍マネージャーを任せられることが多く、そのお陰で練習に真剣に取り組む征ちゃんを拝めれる機会も多かった。
仕事を熟しながらコッソリ征ちゃんを堪能できる毎日。バスケをしている征ちゃんは最強にかっこいい。
「今日も征ちゃんが尊い・・・!」
「征ちゃんって?」
「!!」
ふいにひょっこり横から顔を出してきたさつきちゃんに肩を上げた。気が緩んで思わず声に出ていたそれに後悔するも時既に遅く。
「な、なんでもないよ!みんなかっこいいなぁって言っただけ!」
「みんなっていうか、奏ちゃんは赤司くんばっか見てない?」
「え・・・そんなことないよ!」
「バレバレだよ?むしろ赤司くんしか眼中にないってカンジ」
鋭いさつきちゃんに嘘を付くのが下手な私は冷や汗をかいていた。余程顔に出ていたのか「奏ちゃん本当わかりやすいよね」とさつきちゃんは笑う。
誤魔化しきれずに項垂れる私を他所に、さつきちゃんは続けた。
「そう言えば、この前練習終わって帰ってる時赤司くんと奏ちゃんが一緒に帰ってるのを見かけたんだけど・・・もしかして付き合ってるの?」
「え!?つ、つつ付き合ってないよ、そんな、私と征ちゃんが付き合うなんて・・・!」
「やっぱり征ちゃんって赤司くんのことだったんだね」
しまった、と口を両手で覆った。
上手く誘導されて暴露してしまった自分に嫌悪する。
「なんか、私とだいちゃんみたい」
「だいちゃん?」
「うん、1軍に青峰くんっているでしょ?私達幼馴染みでよく一緒に帰ったりしてるから」
「そうなんだ!じゃあさつきちゃんも青峰くんのこと好きなの?」
「えっ!?好きじゃないよーだいちゃんはそういう対象じゃないから!」
「そういう対象?」
「昔から一緒にいるから、何ていうか・・・お互い恋愛感情なんて全然ないんだよね」
それを聞いて1人考える。
私も征ちゃんと幼馴染みと呼べる関係なのだろうか。ずっと一緒にいる私達の関係には名前は無くて、今では友達とも言い難い。征ちゃんは好きだと言ってくれたけど、それだけで小学校の卒業式以来何も進展もなく、変わらない日々。
急に不安が押し寄せてきた。
「でも奏ちゃんはいっつも赤司くん見てるし、本当に好きなんだなぁって思ってた。それに赤司くんも練習中たまに奏ちゃんのこと見てる時があるんだけど、その眼差しが他の人の時と違ってすっごく優しいから赤司くんも奏ちゃんと同じ気持ちなんだろうなって、勝手に1人で分析しちゃったりしてて・・・」
「さつきちゃんよく見てるね・・・」
「うん、なんかこういう観察力?みたいなのに長けてるみたいで」
「恐れまいる」
「赤司くんすごくモテるから、付き合ってないなら早く行かないと取られちゃうかもよ!?」
「さつきちゃんが焦らせてくる・・・」
「頑張ってね!私応援してるから!」
そうガッツポーズを送るさつきちゃんに、私は愛想笑いした。
付き合うということは、恋人同士になるということ。それは関係にようやく名前が付くが、他には具体的に今までと何が変わるというのだろうか。
まだ未熟な私にはわからなかった、その先が。
ただ漠然とした征ちゃんに対する独占欲だけが残っていた。
◇
部活後、帰り道。
隣で肩を並べて手を繋いで歩く征ちゃんをちらりと見やる。また少し背が伸びた気がする。
そんな私の視線にすぐ気がつくと「どうした?奏」と征ちゃんが目を合わせてきた。
「・・・もし私がね」
「うん」
「征ちゃんの彼女になりたいって言ったら、征ちゃんはどうする?」
「え・・・」
想定外だったのか、足を止める彼に私も止める。
「・・・別に構わないが、奏は付き合うという意味を理解しているのかい?」
「そ、それはもちろん理解してるつもりだけど!」
「・・・そうか」
征ちゃんはそれだけ言って口を閉ざし何かを考えるように腕を組む。すぐに返してくれない返答に、私の不安は膨らむばかりだった。
「この話の続きは、全中が終わるまで待っていてほしい。今はそれに集中したいんだ」
「うん・・・そうだよね、ごめん征ちゃん」
「いや、謝ることではないだろう。全中が終わったらきちんと話そう」
そう言って再び歩き出す彼についていく。
私は征ちゃんのことばかりなのに、征ちゃんには色々やることが多くて今はバスケでいっぱいで、それを理解しているつもりでも少し虚しく感じた。