春とは思えない程澄んだ青い空の日。
私と征ちゃんは中学の入学式を迎えていた。
征ちゃんと一度、いつもの公園で待ち合わせしてから一緒に入学式へ行く約束をしていた私は、この日に限って寝過ごしてしまい待ち合わせの時間に遅れそうだった。恐らく待ち合わせの時間よりも少し早めに着て待ってくれてるであろう彼の姿を想像すると申し訳なく、私は全速力で走っていた。
夢中で道なりを走っていると、曲がり角から姿を現した大きな人影とぶつかってしまい弾かれるようにして私は地面に尻餅をついた。
「痛っ・・・す、すみません」
「ごめん!怪我ないっスか!?」
征ちゃんよりもかなり背の高いその人を見上げると、丁度陽の光が金色の髪を反射させていて眩しくて目を細めた。とりあえず差し出された手を握り立ち上がる。征ちゃん以外の人と初めて手を握った瞬間だった。
「大丈夫、急いでて・・・ごめんなさい」
「オレも大丈夫だから。てかその制服、もしかしてキミも今日入学式?」
「うん、そうだよ」
「一緒っスね、学校で会った時はよろしく!」
金髪の彼はにこやかに微笑むと、小さく手を振りながら中学のある方向へと歩いていった。
綺麗な金色の瞳と髪。そして整った顔立ち。
後に彼が私と征ちゃんに大きく関わってくることになるとも知らずに、その後ろ姿を呆然と見送った。
「・・・あっ、征ちゃんが待ってる!」
ようやく我に返り、公園への道を再び駆け出した。
23.入学式
ハァハァと息を整えながら公園に入ると、ベンチに腰を下ろして桜を見上げる征ちゃんの姿があった。
「ごめん・・・!お待たせ!」
「おはよう、奏」
「おはよう!寝過ごしちゃったよ」
「そうだろうと思って、オレもさっき来たばかりだから気にしないでくれ」
征ちゃんの優しい嘘に、ますます申し訳なく感じた。
立ち上がる征ちゃんを上から下へ何度も視線を往復する。水色のシャツにネクタイをきっちり締めてブレザーを身にまとっている征ちゃんが眩しくて、思わず両手で顔を覆って悶えた。征ちゃんが一段とかっこよく見える。
そんな悶える私を、彼は訝しげな表情で首を傾げた。
「・・・大丈夫か、奏」
「大丈夫じゃない・・・制服姿の征ちゃんがいつもよりも数倍かっこよくて・・・!いつもかっこいいんだけど!」
「そうかい?ありがとう。奏も制服、似合っているよ」
「ほんと?ありがとう!」
制服姿の征ちゃんが尊すぎて直視できないでいる私とは逆に、彼はじっと視線を送ってきた。どうも私の下半身辺りに視線を感じる。
「征ちゃん?どうかした?」
「いや・・・スカートの丈が短いなと思って」
「!」
「そこまで短くするメリットは何かあるのか?」
「短い方が可愛いじゃん!征ちゃんだって短い方が可愛いと思わない?」
「・・・まぁ否定はしないが・・・」
「あ、まさか征ちゃん、他の男の子に私の足見られるのが嫌とか・・・?」
「当然だ、いい気分なはずないだろう」
眉を寄せて即答する征ちゃんに、キュンとした私は抱き着こうとするも、何故か自然と躱されてしまうのであった。
◇
帝光中の校門をくぐると、校内は先輩達の部活動の勧誘でとても賑わっていた。野球部、水泳部、サッカー部、吹奏楽部。他にも色んな部活があり、目移りした。
「奏は、部活はどうするんだい?」
「どうしようかなぁ、征ちゃんはバスケ部に入るんだよね。私も女子バスケ部に・・・、」
そこで言葉を切った。
まだ完治していない左腕では、女子バスケ部に入ったところでろくに練習も出来ずに周りと差が出てしまうだけだろう。
俯く私に、征ちゃんが足を止めたので私もそれに続く。振り向くと彼は何処か思い悩むような表情で私を見つめていた。
「征ちゃんどうしたの?」
「・・・奏がバスケをできない分、代わりと言っては足りないがオレがスタメンになって試合に出て全中で優勝することを約束する。だから奏にはマネージャーとして、それを支えて欲しいとオレは思っている」
「・・・・・・」
「選手としてはできないが・・・左腕が良くなったら練習の後体育館に残って、また二人でバスケをしよう」
征ちゃんなりに気遣ってくれているのだろうと思った。今の私は前とは違って、バスケがしたいという気持ちよりも征ちゃんと一緒にいたい気持ちの方が勝っていた。
迷う理由など、何もなかったのだ。
「・・・わかった、バスケ部のマネージャーとして征ちゃんのこと支えるね!絶対全中優勝しようね!」
「あぁ、もちろん。ありがとう奏」
こうして私は男子バスケ部のマネージャーをすることを決めた。
でも私の支えなんて、彼は必要としなくなってしまう時が来るのだった。
◇
校舎へ行き、クラス分けの用紙が張り出されてあり私と征ちゃんは並んでそれとにらめっこしていた。
「・・・あ、オレは1組だ」
「私は・・・あっ!私も1組!」
「同じクラスだね」
「嬉しすぎて涙が出てきちゃう・・・」
「大袈裟すぎるぞ」
泣く真似をする私に、征ちゃんは呆れたように言った。
まさか7クラスある中で征ちゃんと同じクラスなれるだなんて思ってもなかった。私の中学ライフは幸先が良いだなんで、その時はお気楽に思い込んでいた。
そして入学式が始まり。
征ちゃんは小学校の先生達から新入生代表の挨拶を任されていて、卒業式の時のようにステージに上がり背筋を伸ばして代表挨拶を読み上げる彼は、全校生徒と先生達の視線を独占していた。
「───最後になりますが、校長先生、先生方、そして先輩方にあたたかいご指導をよろしくお願いします。僕達新入生は、帝光中学校の生徒として誇りを持ち、実りある中学校生活を送りたいと思います」
そう一礼する征ちゃんを、たくさんの拍手が包み込む。
そんな彼を見て、早速周りの女子達がきゃあきゃあと反応し始めた。
きっと、バスケ部に入って本当に全中を優勝なんてしたら、征ちゃんの人気振りは大変なことになるだろう。
そんな征ちゃんに私も並んで歩いても恥ずかしいと思われないように、生活態度や学業もしっかりしようと意気込んでいた。
「奏、帰りは今までと違って家まで距離もあるし可能な限りオレが送っていくよ」
「え、でも部活始まったら練習後の疲れてる中送るのはきつくない?無理しなくて大丈夫だよ」
「無理はするつもりはないが、奏もマネージャーをするとなると帰りの時間も遅くなってしまうし、危ないからね。それに部活が始まったら今までより一緒にいられる時間も少なくなるだろうから、少しでもその時間が増える方がオレは嬉しいよ」
そう征ちゃんは微笑んで見せた。
小学校の時と変わらず、また一緒に帰り道を歩けることに私も嬉しく思った。中学でもそれがずっと続くのだろうと、そう思い込んでいた。
「学校では頑張って我慢するけど、2人で帰る時は手繋いで帰ってもいい?」
「あぁ、構わないよ」
どちらともなく自然と繋ぐ手。
小学生の頃とは変わり、中学生へと一つ大人になった私達は次第にそれだけでは物足りなくなっていく。日々過ぎ去っていくにつれて、私と征ちゃんは定説の殻に火を付けて遊ぶようになって行くのだった。