「卒業生代表、赤司征十郎」
「はい」
長かった小学校生活も今日で最後。
卒業式を迎えていた。
名前を呼ばれステージへ上がり、答辞を読み上げる征ちゃんは小学生とは思えない程堂々としていてこの場にいる全員の視線を釘付けにしていた。
「───卒業生を代表してもう一度心から感謝を申し上げ、答辞させて頂きます。本当にありがとうございました」
その言葉を最後に一礼した征ちゃんにたくさんの拍手が上がった。小5から転入してきた征ちゃんが卒業生代表に選ばれたのは流石の一言である。
征ちゃんが転入してきてから、私の毎日は輝き始めた。毎日が楽しくて楽しくて。その中でも嫌がらせや怪我を受けたこともあったが、征ちゃんがいてくれて乗り越えることができた。
本当に色々あったなぁと、ステージを下りる征ちゃんを見ながら1人感傷に浸っていた。
22.好き
卒業式が終わり、それぞれ友達や家族と記念写真を撮ったり思い出話に浸っている中。
もちろん私には卒業式に参加してくれる身内はいない。それは征ちゃんも同じだった。
「赤司くん一緒に写真撮ろうー!」
「私も次お願いします!」
「あぁ、構わないよ」
征ちゃんファンの女子達に囲まれながら人の好さそうな表情で受け入れている彼を、少し離れたベンチに座って眺めていた。これから先、きっと今以上に征ちゃんを好きになる女の子は増えて征ちゃんは人気者になることだろう。いつの日か、私以外の女の子が彼の隣を歩いている日が来てしまうのだろうか。
その時私はどうなってしまうのだろう。
考えるだけでも怖い。
征ちゃんの写真撮影会はまだ終わりそうにもなく、暇を持て余していた私は貰った卒業文集を開いた。そういえば征ちゃんはあの時何と書いていたのだろうか。
「・・・未来の自分へ、赤司征十郎」
文集のタイトルを読み上げる。
そこには窮屈な日々の中、光と出逢いバスケを始めたこと。辛いことや悲しいことも乗り越えられたこと。これからもその光を見失わずに大切にし、未来の自分には心の声を大きく自由を信じ精進して欲しい。
そう未来の自分に向けて、征ちゃんの綺麗な字で書いてあった。これは書道も習っていることだろう。
それよりもこの光って、もしかして。
「奏」
そう頭上から名前を呼ばれ顔を上げる。
ようやく女子達との撮影会を終えた征ちゃんが立っていた。
私が広げる征ちゃんの文集ページに彼は気づく。
「オレの文集読んでいたのか」
「あ、うん・・・あの、これに出てくる光って、」
「そう、奏のことだよ」
優しく微笑む征ちゃんに、急に顔が熱を帯び始める。
「奏はオレにとって光のように道を照らしてくれる必要な存在で、奏の前ではありのままのオレでいられる」
「征ちゃん・・・」
「オレもこの先も奏のように、心の声を大きく自分の気持ちに正直でありたい。そう思えるようになったのは奏のおかげだ」
私達の間に風が通り抜けて、寂しい雰囲気が漂う。
「この4年間、本当にありがとう。そしてこれから中学とその先も共にいられたらと思うよ」
「うぅ・・・征ちゃんっ・・・」
その言葉に嬉しすぎて涙が溢れて嗚咽が漏れた。そんなメソメソする私の髪を征ちゃんはよしよしと撫でてくれる。
「共にいられたらって、その・・・やっぱりプロポーズなの?」
「え?」
「え?違うの?」
「・・・違うよ」
「え!だってこれから先も共にいたいってことでしょ?それってプロポーズじゃないの?」
「いや、そう意味ではなくて・・・」
「じゃあどういう意味?」
負けじと聞き返す私に、珍しく征ちゃんは口篭る。
私は征ちゃんが世界一好きなのに。
征ちゃんはどういう気持ちで共にいたいと言っているのだろうか。自分の中で何かのスイッチが入り、この際どう思っているのかハッキリさせたかった。
「すまないがプロポーズではないよ。・・・もしそういう機会が訪れたらその時はきちんとオレから言うから」
「その機会っていつくるの?」
「・・・奏、」
「本当にくるの?」
困ったように眉を下げる征ちゃんの表情を見て、ようやく我に返る。こんなこと征ちゃんにだってわからないのに、私は何を聞いているんだろう。
「・・・ごめん、征ちゃん」
「いや・・・別に構わないが、何をそんなに焦っているんだい?」
「焦ってない、けど・・・」
「これからオレ達はようやく中学生になるんだ。まずは目の前の学業だろう」
「うん・・・」
「今はまだそういう話や約束をする時ではないよ」
わかっているのに、腑に落ちない自分がいる。
当然目の前の征ちゃんはそんな私に気付いていた。
「・・・征ちゃんは、」
「うん」
「私のこと、好き?」
「・・・好きだよ」
「それってどういう好きなの?」
「どういうって・・・、」
「私はもっと、征ちゃんに近づきたい」
右手でそっと彼の手を握る。
そして征ちゃんの肩口に顔を沈めた。征ちゃんの匂いが鼻腔を擽って、それだけで心地好くなる。それだけでやり場のない欲が込み上げてくるのだ。
最初は変わらなかったのにいつの間にか越された身長差も、白い肌も、サラサラの赤い髪も、細くて長い指先も。
全部、独占したいのだ。
今まで感じたことのない、性欲というものが私の中に生まれた瞬間だった。
「・・・・・・参ったな」
そう小さく呟くと、征ちゃんは体重をかけるようにして私の背中に腕を回した。征ちゃんの重みと伝わる体温に私の鼓動は一層加速する。
「・・・オレは結構前から、もっと奏に近づきたいと思って、だがまだ早いと自制していたのに」
「!」
「奏からそう言われると、オレも歯止めが効かなくなってしまうよ」
そう耳元でわざと囁いた征ちゃんの吐息に、全身がゾクリとした。立っている足の力が抜けそうになる。
私の顔を覗き込んだ征ちゃんは続けた。
「他の男にそんな顔を見せたらダメだぞ」
「どんな顔・・・?」
「欲情している顔」
「えっ!?そんな顔してないし!」
「しているよ」
「征ちゃんこそその色気、他の子に出しちゃダメだからね!」
「そういうの意識したことないが・・・」
「無自覚ってこわい」
近くを人が通りかかったことにより、私達はどちらからとも無くスッと身体を離す。気づけば辺りにはもう生徒達の姿はほとんどなかった。
「・・・帰ろうか」
「うん、あっ!いつもの公園寄ってもいい?」
「構わないが何かあるのかい?」
「せっかく卒業日だし桜見たいなって思って」
そして手を繋ぎながら、私達はいつもの公園へと足を運んだ。公園内には何本かの桜の木があり、満開しているそれはひらひらと花弁が舞っていて今日という日にピッタリな風景を作っていた。
「なんか卒業って感じする!」
「奏を初めて見たのは、この公園だった」
「そうなの?」
「塾の帰り、迎えが来るのを入口で待っていた時にここでバスケをしている奏の姿が目に入ってね。それから毎日見るのが楽しみになった」
「・・・・・・」
「その頃からバスケがしてみたいと思うようになって、母さんにご褒美でバスケットボールを買ってもらって、父さんにも許可をもらいオレもバスケを始めたんだよ」
そう桜を見上げながら懐かしそうに語る征ちゃん。
卒業文集にも書いてはあったが、まさか私をそんな前から見ていたことと、バスケを始めたきっかけも私にあったなんて。
「まさかその憧れた子と、今もこうやって一緒にいるなんて想像もしていなかったが・・・」
そこで征ちゃんは言葉を切った。
何か思い止まったように見えた。
「・・・そっか!私も雨宿りしたとき征ちゃんに声かけてよかった!きっとあの日雨降ってなかったら、今私達は一緒にいれなかった気がする」
「そうかもしれないね」
「そうだ、征ちゃん。この公園の桜の木の下にタイムカプセル埋めない?」
「タイムカプセル?」
「そう、お互い大切な物と未来の自分に向けた手紙を書いて箱の中に入れてそれを埋めるの。それで何年か先に掘り起こして一緒に懐かしむんだよ」
「いいね、しようか」
「じゃあ明日大切な物と自分への手紙を持って、また公園にこよ!」
「わかった」
翌日、私達は各々大切な物と手紙を中くらいの缶箱に入れて出会いのきっかけになった公園の桜の木の下にそれを埋めることになった。
「私は卒業文集と征ちゃんがお祭りで取ってくれた玩具の指輪と手紙かな。征ちゃんは?」
「オレはこれかな」
征ちゃんが缶箱に入れたのは、バスケットクラブの集合写真1枚と水は抜いてあり小さくなってしまっているが、私がお祭りで取ってあげた白色のヨーヨーと手紙だった。
「まだヨーヨー残してたの!?」
「あぁ、奏がオレに頑張って取ってくれたものだからね」
「それなら毎年取るのに!」
「ふふ、初めては特別なんだ」
名残惜しむようにそれに触れた後、征ちゃんは缶箱に蓋をした。そしてそれを2人で桜の木の下に埋める。
「いつ掘り起こすんだい?」
「んー十年後が鉄板みたいだから、十年後にしよっか!」
「十年後、か・・・」
その呟きに、十年後も私達は一緒にいるのだろうかとお互い感じたことだろう。
「・・・十年後忘れないようにしなくちゃね!」
「・・・あぁ、そうだね」
約束した十年後には、この公園がなくなってしまうことになるなどその時の私達には知るはずもなかった。