小6、秋。
終礼が終わった後、私と征ちゃんは図書室の机に座り向かい合っていた。
お互い机に広げているのは卒業文集に載せるための作文用紙。
「将来の夢かぁー・・・」
「なりたいものとかないのかい?」
「考えたことない・・・」
頭を抱える私とは違い、スラスラとペンを動かす征ちゃん。なりたいもの、考えてみればないわけではなかった。
・・・征ちゃんのお嫁さん、だなんて。
頭の中がお花畑な妄想しか浮かんでこない。
そして恥ずかしくて書けるはずもなかった。
「何か思い浮かんだか?」
「ないわけじゃないけど・・・書けるはずない・・・」
「あるんじゃないか、何だい?」
「絶対教えない!」
「そうか・・・残念」
「そういう征ちゃんはすごく手が捗ってるみたいだけど何書いてるの?」
顔を上げて征ちゃんの方へ身を乗り出して用紙を覗こうとすると、サッと両腕でそれを隠される。
「見たらダメだ。文集が出来上がるまでのお楽しみだよ」
「えーケチ!人には聞いておいて!」
「ケチじゃない」
「じゃあ私のも見ないでよね!」
「見てないだろう。というか白紙じゃないか」
「今から書くの!」
余裕な表情を浮かべて再び用紙に向き直る征ちゃんに、ベッと舌を出してやった。すると瞬時に顔を上げてきて「品がないぞ」と一喝される始末。頭に目でもあるんじゃないだろうか。
なりたいもの、はまだないけど卒業した後も征ちゃんとの日々が変わらないまま一緒にいられたらいいなぁという願いはあった。
征ちゃんの名前を上手く伏せながらそれを書けばいっか。征ちゃんを見習い私も作文用紙に集中することにした。
21.卒業文集
「征ちゃん焼きそばあるよ!あっ、たこ焼きもある!」
「はしゃぎ過ぎだぞ奏」
今日は秋に一度開かれるバザーの日。
生徒達の親達が係になり、手作りのグッズやゲーム、ご飯やお菓子の屋台を出して生徒達の交流を広げる目的のイベントである。
夏休みに行ったお祭りと似ていて、生徒とその家族達で賑わっていた。
はしゃぎ回る私の後ろを、征ちゃんはヤレヤレと付いてきていた。
ふと、綿あめの屋台を見つけ足を止める。
「征ちゃん綿あめ食べたことある?」
「ないな」
「私小さい頃よく買ってもらってたんだよね、懐かしいなぁ」
「そうなんだ。なら1つ買おうか」
「いいの?じゃあ私バザー券買ってくるよ!」
「いやオレが行くよ」
「奏はここで待っててくれ」そう走り出そうとした私を制止して、征ちゃんは自らバザー券の購買へと向かっていった。こうさり気ない征ちゃんの紳士振りも私にはかなりの胸キュンポイントである。
しばらくして征ちゃんは小走りに戻ってきた。
「待たせたね、はいバザー券」
「待ちわびました!」
「ついでに焼きそばとたこ焼きのバザー券も買っておいたよ」
「さすが征ちゃん!って言いたいけど、こんなに食べれるかなぁ・・・」
「奏ならこれぐらい余裕だろう」
「・・・征ちゃん、私を何だと思ってるの?」
「奏が美味しそうに頬張っているのオレは好きだよ」
「!!」
今、好きって言った。
征ちゃんが好きって・・・!!
「食べますとも全部余裕で!」
「ふふ、足りなかったら言ってくれ」
「うん!多分足りないと思う!」
「食べ過ぎないようにね」
嬉々とし征ちゃんからバザー券を受け取る私は実に彼に上手く丸め込まれている。
それに気付かず早速綿あめを交換しに向かった。
袋には包んでもらわずにすぐ食べれるように、そのまま受け取る。
「征ちゃんに最初の1口目を与えよう」
「ありがとう。これは・・・どうやって食べればいいんだい?」
「はむって食べてもいいし、手でちぎって食べてもいいよ!でも手だとベタベタになっちゃうかも・・・」
言い終わるか終わらないかくらいのタイミングで、征ちゃんがはむっと綿あめを口にした。はむってした征ちゃんが可愛くてしばらく惚けてしまう。
「美味しい?」
「かなり甘いな・・・」
そう険しい表情になる彼に吹き出す。
「征ちゃんは甘いもの苦手なんだね」
「そのようだね。普段あまり甘いものを口にする機会がないからな」
「じゃあ残りは私がもらい受けよう!」
そう言ったものの、征ちゃんの口付けた綿あめに思考が停止する。征ちゃんが口付けたものを私が食べる。それは、つまり、俗に言う、
「間接キス・・・!?」
「・・・大丈夫かい?鼻血が出てるぞ」
「えっまた!?やだ見ないで!」
慌てて鼻を覆おうとする私より、行動が早い征ちゃんによってまたティッシュを押し付けられる。
間接キスを妄想しただけで鼻血を出すなんて、情けなさすぎる。
「お!赤司と白鳥、いいところに!卒業アルバム用に写真を撮って回ってるから、今1枚いいか?」
そんな私達は近くをたまたま通りかかったカメラを首に下げた先生の目に留まり、そんな提案を投げかけられた。いくら何でもタイミングが悪すぎる。
「ダメです先生、今取り込み中なんで・・・!」
「はい、構いませんよ」
「じゃあ撮るぞ、はいチーズ!」
カシャッと鳴り響くシャッター音。
拒否る私のことなどお構いなくシャッターを切った先生を恨んだ。征ちゃんにティッシュで鼻血を止めてもらってるところを写真に収められるなんて。
「最悪・・・」
「これも一つの思い出だろう」
「征ちゃんはいいよね・・・私なんか鼻血出してたんだよ・・・」
「何年後かアルバムを開いて一緒に見た時、笑える日が来るさ」
何年後か、一緒に。
征ちゃんのその言葉に、彼の中には何年後かの先にも私がいるのだと思うと胸が締め付けられた。
「・・・そうだよね!あの時こうだったよねって、笑って話そうね!」
「奏が綿あめを食べて鼻血を出したよね、とね」
「いや、これは綿あめじゃなくて征ちゃんの・・・!」
そう言いかけてやめる。
墓穴を掘るところだった。
「・・・オレの何だい?」
「何でもない!あっ、たこ焼きと焼きそば交換してこよっと!」
「まだ綿あめを食べ終わっていないだろう」
この日撮られた写真は、無事小学校の卒業アルバムに載ることになるのであった。