夏休みも終わり、早10月。
小学校は本日運動会を迎えていた。
左腕はようやく包帯とおさらばできたが、まだ私生活で動かす程回復はしていない。そのため私は運動会の種目にほぼ出られず、みんなが盛り上がる楽しそうな姿を見ているだけだった。
ただそんな私にも楽しみがある。
それは借物競走と学年選抜対抗リレーだ。
何故なら征ちゃんが出るから!
『借物競走に出る生徒は入場口に集まってください』
その放送を聞いて借物競走に出る生徒達は移動を開始する。その中に征ちゃんの姿もあった。
あんなたくさんの人混みの中でも、簡単に征ちゃんを見つけることができる。元々目立つ容姿ではあるけど。
征ちゃんをすぐ見つけることが私の特技になっていた。
「位置に付いて、よーーいスタート!」
パンっと軽快な音と共に借物競走が始まる。
征ちゃんがよく見える位置に移動しようと彷徨うが、人気のある彼を一時でも目に焼き付けようと考える征ちゃんファンの子達が前を占領していることによって、なかなか見えなかった。
背伸びしてようやく見えたのは、お題の紙が入った箱の前に立つ征ちゃんの後ろ姿だ。
運動会の借物競走は、お題がくじ引き制になっていて早い人から順に引きそれに書いてあるお題の物や人を探しゴールを目指すルールだった。
1番にお題の箱に辿り着いた征ちゃんは、折り畳まれた紙を開きお題を見てすごく悩んでいる様子だった。何て書いてあったのだろうか。この場にいる女子全員が気になっていることだろう。
やがて意を決したのか、周りをキョロキョロと見回し始めた征ちゃんは人を探しているようだった。
「赤司くんのお題何だったのかなぁ」
「あれ?なんかこっちに向かってきてない?」
「ほんとだ!どうしよう!」
騒ぎ出す女子達の隙間から覗いて見ると、確かにこちらに走ってくる征ちゃんの姿が見えた。あっという間に近くまで来て、騒ぐ女子達を通り過ぎ私の目の前で足を止めた彼に思わず1歩後退る。
そしてガシっと右手首を掴まれた。
「・・・え!?」
「一緒に来てくれ」
右手を掴んだまま走り出す征ちゃんに引きずられるようにして私も走る。そんな私達を見た周りは当然冷やかしてきた。流石にこの大勢いる中で注目を集めることには気が引ける。
『1位は2組の赤司征十郎くん!さすがです!そんな赤司くんのお題は───・・・!!』
征ちゃんの渡したお題の紙を目にした体育係の生徒の声が途切れる。
そしてマイクを離すと征ちゃんにコソコソと耳打ちし始めた。
「・・・赤司くんこれを流石にマイクで言うのは俺も反感喰らいそうで怖いから言い替えてもいい?」
「別に構わないよ、オレはそのままでもどちらでも」
何食わぬ顔で返す征ちゃんに、体育係は再度マイクを口元に戻した。
『えーー失礼しました!1位2組の赤司くんのお題はペットにしたい異性でした!そんな赤司くんが連れてきたのは4組の白鳥さんです!1位おめでとうございます!』
適当に言い替えられたのは、ペットにしたい異性というお題でそれを聞いた目の前の征ちゃんと周りの生徒達がくすくすと笑い始める。
「なんかあの人言い替えるとか言ってたけど、本当のお題は何だったの?」
「ふふ、ペットにしたい異性だよ」
「絶対嘘でしょ!ずるいよ!私頑張って走ったのに・・・!」
「奏は知らなくていい」
何それ。むっとする私に征ちゃんはまだくすくすと笑っていた。
征ちゃんがこの時何のお題を引いたのか、今もずっと知らないままである。
◇
お昼休憩の時間になり、それぞれの生徒達が観に来てくれている家族達とお弁当を食べに散らばる中。
私は校舎裏で1人、コンビニで買ったおにぎりの封を開ける。周りに親が見に来てくれていないことを知られたくないし、1人のところも見られたくない。みんなが家族で楽しそうに食べてる光景も見たくなかった。
「・・・ここにいたのか。探したよ」
「!」
誰かと確認しなくても声だけでわかる。
征ちゃんが大きめのお弁当の包みを手にして隣に腰を下ろした。
「あれ、征ちゃんのお父さんは?来てないの?」
「来ていないよ。父さんはこういうイベントにはいつも来てくれたことはないね」
「そうなんだ・・・寂しいね・・・」
「・・・奏がそれを言うのかい?」
「私はもう慣れっ子!全然寂しくない!」
「・・・・・・」
「ていうか、征ちゃんのお弁当おっきいね!」
「・・・あぁ、奏の分も頼んで作ってもらったんだ。一緒に食べよう」
そう言って包を広げる征ちゃんに、私は返す言葉に詰まった。
「オレ達には観に来てくれる親はいないが、少しでも最後の運動会がいい思い出に残ればと思ってね」
「・・・征ちゃん、ありがとう」
「口に合うかわからないけど、遠慮せずに食べてくれていいよ」
「わあ!美味しそう!」
お箸を受け取り、征ちゃんが広げたお弁当に沈んでいた気分が上がった。さすが征ちゃんちの人が作る手作り弁当は普通のおかずとは違い、高級なものばかりでどれから手を付けようか悩む。
「さすが赤司家のお弁当は豪華」
「オレはもっと普通のものがいいんだけどね・・・」
「私手作り弁当初めて!すっごく美味しい!」
「そうか、良かった」
「そういえば、征ちゃんは後学年選抜対抗リレーに出るんだよね」
「あぁ、そうだよ」
「頑張ってね!全力で応援するから!」
「敵組の応援なんかしていいのかい?」
「あっ・・・そうだった!征ちゃん赤組で、私は白組だったの忘れてた・・・!」
項垂れる私を見て、征ちゃんは楽しそうに笑う。
観に来てくれる家族がいなくても、私は満足だった。征ちゃんが隣にいてくれる。それだけで今ここにいる全校生徒の中で1番幸せだと声を大にして言える自信があった。
◇
『次はいよいよ本日最後の種目、学年選抜対抗リレーです。代表生徒の人は入場口に集まってください』
長い運動会もようやく最後の目玉種目へとやってきた。
学年選抜対抗リレーは、色分けで4年生、5年生、6年生の各1番足の速い男女3名ずつが選抜されて代表で走るリレーである。選ばれた征ちゃんはその中でもアンカーだった。
これには征ちゃんファンも待っていましたと言わんばかりに応援に気合いが入っている。
パンっと開始の銃声が鳴り響き、学年選抜対抗リレーはスタートした。
『ぶっちぎり1位は白組!速いです!青組と赤組も頑張ってください!!』
開始早々、リレーは白組がリードしていた。
その次に青組と赤組が続いている。
そしていよいよ6年生のターンになり、女子にバトンが渡った。ビリだった赤組が青組を追い越すが1位をキープしてる白組との距離は縮めれないままであった。
『赤組、白組を追いかけています!頑張ってください!そろそろアンカーの人達は準備をお願いします!』
その声にアンカーの人達が並び始める。
その中に赤いタスキを付けた征ちゃんの姿があった。女子の黄色い声が大きくなる中、私も征ちゃんから目が逸らせないでいた。
『今白組のアンカーにバトンが渡りました!1位は白組です!続いて赤組アンカーにもバトンが渡りました!おっと、赤組速い、速いです!見る見るうちに白組との差が縮まっています!!』
バトンを受け取って全速力で走る征ちゃんはとても速かった。ずっと縮められずにいた白組との距離をとうとう追い越してしまった。
『赤組アンカー白組を抜きました!赤組逆転1位です!青組も頑張ってください!』
征ちゃんによって赤組が1位に返り咲いたことにより、より一層盛り上がる観客。
その声援が遠くに聞こえるくらい私には、バトンを手に真剣に走る征ちゃんの姿がかっこよすぎて息をするのも忘れてしまった。
そしてついにゴールのテープを切ったのは、征ちゃんだった。
『赤組逆転1位です!おめでとうございます!!2位白組、3位青組です!』
ハァハァと息を切らして汗を拭う征ちゃんが私の方を見てきてドキリとする。
すると彼は小さく微笑みながら拳を掲げて見せた。
その姿に心臓が鷲掴みにされる。
「征ちゃんかっこよすぎるっ・・・」
思わず声が漏れてしまう程。
火照った両頬を覆った。
そして小学校最後の運動会は、赤組が優勝を決め白組は2位という結果で幕を下ろした。