「・・・仕方ない、今日はオレの家に来るといいよ」
以前の自分なら想像もつかない提案だろう。
自由な彼女の影響力は、オレにはそれ程絶大だった。
バレないようにと言ったものの、決して簡単ではない。いつもの執事に車で迎えに来てもらうことはもちろん出来ず、オレ達は徒歩で家へと向かっていた。
幸いなのはそこまで距離がなかったこと。
隣を歩く彼女は妙に口数が少なく静かだ。
「緊張してるのかい?」
「そっ、そりゃするよ!だ、だって・・・男の子の家に行くの初めてだし・・・征ちゃんの家すごそうだし」
「そう身構えなくても大丈夫だよ」
男の子の家に行くのが初めてだと言う奏に、内心ホッとする自分がいた。
2人手を繋いで辿り着いたオレの家を前にした奏はポカンと口を開けたままその場に立ち尽くす。
「で、でかすぎ・・・!!」
「あまり気にしないでくれ」
あまり彼女には、自分と住む世界の違さに圧倒されてほしくなかった。
とりあえず奏を連れて家に入ることはできないので一度裏庭で待つよう指示してから、オレは自然に正面玄関から中へ入る。
「お帰りなさいませ、征十郎様」
「ただいま」
「お荷物をお預かり致します」
「いや、いい。後今日は疲れているから、もうオレの部屋に誰も寄越さないようにしてほしい」
「かしこまりました。他の執事にも申し伝えましょう」
「父さんにも頼むよ」
「征臣様は本日お帰りになりません。取引先のホテルにお泊まりになられるようです」
「そうか、わかった」
運が良かった。
父さえいなければ、奏を家に招くのはそう難しくはない。一度自分の部屋へ行き荷物を置いた後、執事がいないことを確認してから裏庭で待っていた奏を家の中に招き入れた。
「お、お邪魔します」
「どうぞ。今回は家の者には隠してるから大したおもてなしはできないけど・・・」
「お構いなく!うわあー中もやっぱり広いんだね!」
「とりあえずオレの部屋へ行こうか」
何を想像しているのか、途端に顔を赤くする奏の手を引きながら自分の部屋へと連れて行く。
部屋に入るなり、端の方に佇む彼女に溜息をついた。
「・・・そんな端にいる必要ないだろう」
「なんか征ちゃんがいつも過ごしてる部屋だと思うと緊張しちゃって・・・!」
「いいから、こっちにおいで」
そう手招きすると、素直にオレの隣に座ってくる彼女が可愛らしく思う。
「オレはソファで寝るから奏はベッドを使っていいよ」
「私床でもどこでも寝れちゃうから大丈夫!征ちゃんがベッド使っていいよ!」
「そうか、それならベッドで一緒に寝ようか」
冗談で言ったのにボンっと顔を真っ赤にする彼女はタコみたいで思わず吹き出してしまう。
「ふふ、冗談だよ」
「じょ、冗談かぁ・・・ざんねん・・・」
「え?」
「え?あっ、今のは忘れて!」
残念って、どういう意味で言ってるのか。
ここへきて奏は意外と大胆な奴なのかもしれないと新しい発見があった。
19.懐かしい
「もう時間も遅いし、風呂に入って休もうか」
「えっ、お、お風呂・・・!?」
「執事にバレないようにオレが入る振りをするから、奏は先に入ってくれ。もちろん見たりしないから安心していいよ」
「み、見たら絶交だから!」
「はいはい」
奏が着れそうな服を選び、部屋の外の渡り廊下に誰もいないか確認した後奏を連れて浴場へと向かった。
脱衣場まで来るオレに、奏は慌てたように口を開く。
「えっ、ちょっと征ちゃんはどこまで来るの?」
「ここで待つよ」
「え!?そしたら脱ぐ所見られちゃうじゃん!」
「だから見ないから安心しろ。オレが脱衣場の外で見張るように待っていたらおかしいだろう」
「ふ、振り向いたら絶交だからね!?」
「わかったから早く済ませてくれ」
ほら、とオレは彼女に背中を向ける。
興味がない、と言えば嘘になる。が今のオレはその欲よりも彼女との関係を良好なままに保つ方が大事だった。絶交されたくはない。そのためにも見るまいと自制する。
「征ちゃんいる?」時折浴場から響いてくる奏の声に「いるよ」と返してやる。
何度目だろうか。このやり取りに何か意味があるのだろうか。わからない。
奏が風呂を済ませ、貸した服を纏ったところで交代し、今度はオレが入る番になる。
脱ごうと服に手をつけるオレの方をジッと見つめてくる彼女の視線に気が付き、動きを止めた。
「・・・何故見ているんだい」
「ハッ・・・ご、ごめん!つい・・・!」
「どうしても見たいと言うなら構わないが」
「見るわけないじゃん!征ちゃんのスケベ!」
「・・・・・・」
人生で初めてスケベと言われた時であった。
何処で覚えてきたのかわからないその言葉に溜息をつく。
そして何とか2人風呂を済ませ、再度オレの部屋に戻った後。オレは彼女の髪を乾かしてあげる流れになった。
「髪、伸びたね」
「うん、伸ばそうかなーって」
彼女の柔らかい髪に触れながらドライヤーで靡かせるとシャンプーの香りが鼻腔を擽った。
ふと、母さんの髪を思い出し懐かしくなる。
すると奏が続けた。
「なんだか懐かしい気分」
「懐かしい?」
「うん、昔お母さんがよくこうやって髪乾かしてくれてたの思い出しちゃった」
「そうか・・・」
奏の両親が昔に事故で亡くなったという話を思い出す。
にこにこと笑みを浮かべながら嬉しそうに言う彼女に、お互い母親のことを思い出していたことに少しおかしく思った。
時計が11時を回ったので、髪を乾かした後奏をベッドで何とか寝かせ、オレはソファに横になった。目覚ましの設定を忘れていたことに気付き、再度起き上がるオレに「征ちゃん」と名前を呼ばれベッドの方へ振り向く。
「寝れないのかい?」
「うん、やっぱり一緒に寝ない?」
「気を使わなくても、オレはソファで大丈夫だよ」
「そうじゃなくて・・・その、」
「征ちゃんと一緒に寝たいだけ・・・」蚊の鳴くような小さい声で言ったその言葉に一瞬ドキリとする。
「・・・ダメ?」
「・・・あぁ、構わないよ」
ソファから下りて、1人で寝るには大きすぎるベッドに横たわる彼女の隣にそっと並んだ。
視線を感じチラリと奏の方を見れば、身体ごとこちらを向いていた彼女と目が合う。
「いつも1人で寝てるけど、征ちゃんの近くでこうやって寝れる日が来るなんて幸せだなぁ」
そう笑みを浮かべて瞼を閉じる彼女。
やましい気持ちは、ゼロではない。
今はまだ自制が効く。まだ未知の世界に踏み入れることにも少し怖くも感じるから。
だがこれから大人になっていくオレ達は、この先どう変わっていってしまうのだろうか。
「おやすみ、奏」
すっかり寝息を立てる彼女の前髪を撫でて、オレも瞼を下ろした。