手を繋いで歩く私達は、周りの大人達から見たら、きっと微笑ましいものだったろう。
「あっ!征ちゃんヨーヨー欲しい!」
「いいよ、何色がいいんだい?」
たくさんの屋台にきょろきょろと目移りしてはヨーヨー釣りに誘惑された私に、征ちゃんは嫌な顔1つせず付いてきてくれる。
いろんな色のヨーヨーがたくさん浮かぶ容器の前に2人でかがみ、お店のおじさんから釣り針を受け取る征ちゃんの横で私は何色がいいか悩んでいた。
単純な私は、すぐ好きな人を想像する。
「・・・赤色にする!」
「わかった」
釣り針を片手に赤色のヨーヨーに集中する征ちゃんの手元を見る振りをしながら横顔を盗み見る。
自分の気持ちに気付いた瞬間から、どうしてこんなにも好きな人はキラキラと輝いて見えてしまうのだろうか。
「奏、取れたよ」
「ありがとう征ちゃん!」
あっさり赤色のヨーヨーをゲットしてしまう征ちゃんは、何をさせても上手であった。
「よし!私も征ちゃんにヨーヨーお返しする!」
「ふふ、奏に取れるのかい?」
「頑張って取ってみせます!征ちゃんは何色がいい?」
「・・・そうだな、」
顎に手を添えて、征ちゃんは少し間を開けた後口を開いた。
「白がいいな」
「白?おっけー!」
征ちゃんって、白が好きだったんだ。
そんなことを考えながら私は釣り針を受け取り、白色のヨーヨーに全集中力を注ぐ。釣り針を上手くヨーヨーのゴムに引っ掛けることができ、取れたと思って勢い良く引き上げたのが原因で釣り針はプツンと切れてしまった。
「あっ・・・」
「・・・切れてしまったね」
「もう一回する!」
新しい釣り針を買い、もう一度ヨーヨーに向かう私を征ちゃんは優しく見守ってくれる。
再度釣り針をゴムにかけ、今度は慎重に引き上げたことで無事白色のヨーヨーをゲットすることができた。
「やったぁ!はい、征ちゃんあげる!」
「ありがとう」
「征ちゃんは白が好きなの?」
白色のヨーヨーを手渡し、それを嬉しそうに受け取った征ちゃんに私は首を傾げ尋ねてみる。
「あぁ、白は奏っぽいから」
「え?私っぽい・・・?」
「真っ白で、何色にも綺麗に染まるしどんな色とも合うだろう?白は自由な色だから、なんだか奏に似ていると思ってね」
「そ、そうかな・・・」
白を選んだ理由がまさか自分にあるとは思わず、嬉しさを隠せなかった。
「そういう奏は、何故赤にしたんだい?」
「そ、それは・・・」
吃る私に、征ちゃんは悪戯な笑みを浮かべて訪ね返してくる。その表情を見て確信犯だと思った。
「・・・征ちゃんといえば、赤だから」
「ふふ、そうか」
「わかってたくせに!わざと聞くとか征ちゃんは意地悪だね」
「いや、わからなかったから聞いたんだよ」
「嘘ばっかし!」
左腕が包帯で固定されているため、赤色のヨーヨーを右手に持つしかない。でもそうすると、征ちゃんと手を繋げなくなってしまう。
そんな私にいち早く察する征ちゃんは、私から赤色のヨーヨーを優しく取り上げた。
「オレが持つよ。そうすれば繋げるだろう?」
「あ・・・うん、ありがとう」
私の考えをすぐに見抜いてしまうところとか。
私がしたいこと、してほしいこととか。
「何でわかるの?」
尋ねる私に、彼は当然のように返す。
「前にも言っただろう。ずっと一緒にいるんだから奏の考えてることくらいわかるよ」
そう笑う彼に、この先何があってもこの手を離したくないと思った。
思ったのだ。
18.白
「あ、征ちゃん将棋大会やってるよ!」
「本当だ」
「参加してみたら?勝てば賞品もらえるって!」
「奏はやらないのかい?」
「私は征ちゃん応援担当なので!」
「ふふ、じゃあ少しやってみようかな」
ほぼおじさんしかいないその群れの中に、小6の征ちゃんは足を踏み入れていく。
腕を組んで小学生とは思えないオーラで、おじさん達と対局する征ちゃんが渋すぎて思わず笑いそうになった。
◇
「賞品はお菓子の詰め合わせ、なんだね」
結果征ちゃんは優勝した。
小6に負けたおじさん達の悔しがる姿はなんとも言えない光景だった。
大量のお菓子が入った袋を掲げて帰ってきた征ちゃんからそれを受け取る。
「あげるよ」
「征ちゃん食べないの?」
「オレはお菓子はあまり食べないんだ」
「そうなんだ、私もあんまりお菓子は・・・」
おばさんに引き取られてからは、お菓子をくれたことなど一度もなかった。なので食べる習慣がないため、あまりお菓子の詰め合わせには惹かれなかった。
少し離れたところで数人の小さい男の子達が私の持つお菓子に「すげー!」「いいなぁー!」と目を輝かせているのに気付く。
「・・・征ちゃん、」
「あぁ、構わないよ」
「私まだ何も言ってないんだけど・・・!」
「あの子達にお菓子をあげたいんだろう?」
「さすがお見通しだね」
男の子達に歩み寄り、お菓子の詰め合わせを手渡すとものすごく喜ぶ彼らに顔が緩む。
「ありがとう、お姉ちゃんお兄ちゃん!」
手を振りながら走り去っていく男の子達に、私も小さく手を振り返した。
「征ちゃん将来将棋棋士とかになったらどう?」
「悪くはないけど、オレにはもう決められた将来があるからね・・・」
俯きながら小さく呟いた征ちゃんの横顔は、何とも悲しい表情だった。
決められた将来。それが何を指すのか、今の私にはわかるはずもない。
なんと返せばいいか迷う私に、征ちゃんはパッと顔を上げる。
「少しやってみたいゲームがあるんだが、寄ってもいいかい?」
「あ、うん。もちろんいいよ」
征ちゃんがやってみたいゲーム、何だろう。
手を引かれるまま付いて行くと、征ちゃんが足を止めた場所は射撃の出店だった。
「奏、何か欲しいものはあるか?」
たくさんの玩具やぬいぐるみ、お菓子が並ぶ棚を前に私は「うーん」と唸る。
せっかく征ちゃんが自ら私の欲しいものを取ってくれるんだし、何か思い出に残る物がいいな。
そう思う私の目に止まったのは、的が小さすぎる玩具の指輪だった。
「・・・あれが欲しいな」
「・・・またすごく的が小さいものを選んだね」
「だよね、じゃああっちのクマのぬいぐるみにしようかな!」
「いや、問題ないよ」
そう言ってお金を払い、銃を手にする征ちゃんは的の小さいそれに構える。
銃を構える征ちゃんもまた一段とかっこよくて、1人悶えた。
パンっと1発撃つも、それは擦るだけで落ちることはなかった。
「おしい・・・!」
ワンゲームで5発撃てるので後4発。
征ちゃんは再び構えて2発目を撃つもやはり擦るだけで落ちない。
3発目、4発目。最後の5発目でようやく真ん中に命中した玩具の指輪を落とすことができた。
「わあ、さすが征ちゃん!」
「初めてやってみたがなかなか難しいな。だけど取れて良かった」
「ワンゲームで取れるだけでもすごいよ、ありがとう」
征ちゃんから受け取った玩具の指輪は、私にはもう幼すぎるくらいのものだった。
「それでよかったのかい?」
「うん、充分!一生大事にするよ!」
玩具の指輪を眺めていた征ちゃんが小さく呟く。
「・・・いつか、オレが・・・」
「え?」
「・・・いや。何でもないよ。行こうか」
この時、征ちゃんは何て言いたかったの?
しつこくでも聞き返せばよかったと後悔する。
「そろそろ帰ろうか」
「え、もう?」
「もう9時になるよ」
携帯で時間を確認する征ちゃん。
おばさんに今日は帰って来るなと言われたことを私は思い出した。
俯く私に征ちゃんは足を止める。
「奏?」
「・・・私、今日は帰らない」
「・・・何を言ってるんだ」」
「実は、おばさんに今日は帰って来るなって言われてたの忘れてた。だから帰れないの」
「・・・・・・」
征ちゃんが帰った後、私は1人ぼっちだ。
野宿なんて当然今までしたこともないし、何処にどうやって過ごせばいいのか不安しかなかった。
そんな私の考えることは、目の前の征ちゃんにはお見通しで。
「・・・仕方ない、今日はオレの家に来るといいよ」
まさかの提案に、目が一瞬点になる。
「・・・え!?」
「ただ、父に知られると面倒だからこっそりとね」
そう口に人差し指を当てる征ちゃんは、どこか楽しげだった。
今まで一度も征ちゃんの家に行ったこともなく、寧ろ異性の家に泊まった経験がない私の頭は真っ白になっていた。