下駄箱の前で1人、何か胸騒ぎがする中。
奏が来るのを待っていたオレは、中学に進学した後のことを考えていた。
バスケが強いことで有名な中学に入る以上、オレはもちろんバスケ部に入るつもりだ。練習も今のバスケクラブのものとは比べ物にならない程だろう。
そうなると、必然的に奏と一緒にいる時間は減ることになる。きっと今のようには過ごせなくなる。だが、バスケを続けるためには父に認めてもらうためにも結果を出さなければならない。
葛藤。
自分にはそれがあった。
彼女を自分の入るバスケ部のマネージャーに置き、自分の目の届く場所に彼女がいてくれるなら。一番理想な形ではあるのだけれど。
前に聞いた限り奏は選手でありたいと言っていたし、その気持ちを尊重したいし応援してあげたいと思っていた。
中学になったら、彼女とはどうなるのだろうか。
何処からか来る不安に、オレはモヤモヤしていた。
「赤司くん・・・!!」
考えふけていると突然大声で呼ばれ振り向くと、そこにはいつの日かオレに手紙を渡し体育館で話をした女子生徒が血相を変えて走ってくる姿があった。
確か岸本さんだったか。
「岸本さん、か。どうかしたのかい?」
「白鳥さんが、大変なの!」
それを耳にした瞬間、鼓動が速くなった。
やはり1人にするべきではなかったと、オレは一生後悔することになる。
14.もう1人
「奏・・・?」
走る岸本さんの後を付いてきたオレの視界に映ったのは、階段の下で額から血を流して倒れている彼女の姿があった。息を切らしながら駆け寄り身体を抱き起こすとそれが痛かったのか、苦痛の表情を浮かべた彼女の左腕は力なくだらりと床についた。
「あ、赤司くん・・・」
「・・・とりあえず保健室に行こう」
奏を抱き上げ保健室へと走って向かった。
中にいた先生に応急処置を受けるが、左腕は折れているようで病院に行くように言われオレは廊下に1度出ると懐から携帯を出し家の使いに至急車を出すように伝えた。
再度保健室に入り、困惑する岸本さんに声をかける。
「誰の仕業かわかるか?」
その声に岸本さんは酷く怯えた表情で返した。
「え・・・あ、ご、ごめん・・・わからないの。たまたま通りかかったら白鳥さんが倒れてて、それで・・・咄嗟に赤司くん探して・・・」
「そうか、岸本さんが彼女を見つけてくれなかったらオレもわからなかった。ありがとう」
そう少し微笑むと、安心したのか怯えた表情が少し和らぐ。そして何かを意に決したように岸本さんは口を開いた。
「でも・・・心当たりはある」
「聞かせてくれないか」
「・・・赤司くんはもう知ってると思うけど、実は白鳥さん少し前からうちのクラスで嫌がらせされてて・・・」
それを聞いて、ショックだった。
もしかしたら、とは考えたこともあった。が確信はなく奏の様子も変わりがなかったこともあり、しばらく見守っていたのだがやはりオレの見えないところで彼女はキツい思いをしていたのだ。
「そうか・・・」
「多分今日の件も、それが関係してると思う・・・」
「良ければもっと詳しく教えてくれないか?」
それから岸本さんは全てを話して聞かせてくれた。表面上冷静に聞いているフリをし、内心ではオレは酷く荒れていた。
"さて、どうしてやろうか?ただでは済まさない"
そんな声が聞こえた。
◇
執事が到着し、目立つため学校の正門から少し離れた位置に停めてもらう。その大きな車の前に立つ執事は、オレを見るなり困惑した。
「・・・征十郎様、その方は・・・?」
「説明は後だ。病院に連れていってくれ」
「ですが・・・」
「父には内密に頼むよ」
渋々と承諾した執事を運転席へ行かせ、ぐったりする奏を座席に寝かせその隣にオレは腰を下ろす。移動中、奏は口を開くことはなくオレも声をかけることはなかった。そんなオレ達の様子をバックミラーで監視する執事。
「左腕は骨折、右足は打撲による腫れと貧血を起こしてるね」
「そうですか・・・」
淡々と状態を言う医師の言葉に、オレは頭を抱えたくなった。首から左腕を包帯で固定している彼女の姿は痛々しい。
「左腕は完治するのに時間がかかるね、しばらくは激しく動かさないようにする必要がある。もしかしたら完治した後も少し支障が出るかもしれないねぇ」
「・・・というと?」
「私生活では問題ないと思うけど、例えば何かスポーツをする時、左腕はなかなか厳しいかもしれない」
それを聞いて胸が抉られるような痛みを覚えた。
それは、つまり、そういうことだろう。
ベッドで眠る奏には、この会話は聞こえてはいない。それはほんの一時的な幸いであるだけで、いずれ本人が一番痛感し落胆することだろう。そんな彼女の姿を想像すると握った拳に力が入った。
"彼女をこんな目に合わせたんだ。どう償ってもらおうか?"
「・・・同じように、かな」
奏は、もうバスケを今までのようにすることは出来ない。それなら彼女を突き落とした奴にも、同じような痛みを与えてやるしかない。それだけじゃ足りないくらいだ。
もう1人のオレが愉快そうに笑った。