13.落下



 後頭部の痛みに目が覚め瞼を開けると、視界には見知らぬ天井が広がっていた。状況を整理しようと記憶を遡れば、クラブ活動中にバスケットボールが頭に直撃し倒れた自分とそんな自分を抱き抱えて保健室に連れてきてくれた征ちゃんにたどり着く。

 上半身を起こすと横には腕を組んで椅子に座ったまま寝ている征ちゃんがいた。

 ああ、ずっと一緒にいてくれたんだ。手を伸ばして赤髪に触れてみると、見た目以上にサラサラなその髪は触り心地が抜群でしばらく手が離せなかった。「んん・・・っ」と眉間に皺を寄せてゆっくり瞼を開いた征ちゃんと目が合う。

 「おはよう征ちゃん」
 「・・・おはよう、具合はどうだ?」
 「うん、だいぶ良くなったけどどれぐらい寝てたんだろ」
 「2時間は寝ていたね」
 「え!そんなに!?」

 壁に掛けてある時計を見ると、とうに6時を回っていた。もうクラブ活動は片付けに入ってるところだろう。初めておサボりしてしまった。

 何かを言いたそうにジッと私を見てくる征ちゃんの視線に気が付き、首を傾げてみせた。

 「どうしたの?」
 「・・・奏の、」
 「うん」
 「いや、何でもない」

 言いかけて口を閉ざす征ちゃんは、1人複雑そうに眉を寄せて迷っている様子だった。私はこの時、彼が何を聞きたかったのかわからなかった。




 13.落下




 体調も回復し、数日後の放課後。
 終礼が終わり足速に音楽室に向かうと、廊下からピアノの音色が聞こえてきた。何処と無く哀しい音色だった。

 音楽室の扉を音を立てないように開けて見ると、そこにはピアノに向かう征ちゃんの姿があって。絵になるその構図に思わず見惚れてしまい、声をかけることすら忘れてしまった。

 やがて止まる音に我に返る。

 「すまない、来ていることに気が付かなかったよ」
 「ううん、征ちゃんがピアノ弾いてる姿がすっごく絵になってて見惚れちゃった!」
 「大袈裟だな」
 「征ちゃんはピアノも上手なんだね」
 「実は来週の日曜日にピアノコンクールがあってね。そこで弾く曲の練習をしていたんだ」
 「え!聞いてないよそんな話!見に行きたい!」
 「いいけど・・・奏が期待するような大したコンクールではないよ」
 「そんなのいいの、征ちゃんがピアノ弾いてるところもっと見たいだけ!」
 「・・・そうか、ありがとう。明日場所を記載した広告を持ってくるよ」

 まさかピアノコンクールに出るなんて知らなかった。征ちゃんが様々な習い事をしていることは知っていたけど、具体的に何の習い事をしてるのかを聞いたことはなかった。今度聞いてみようかな。

 音楽室を後にし廊下を並んで歩いていると「そういえば」と思い出したように口を開いた征ちゃんを見る。

 「奏は中学はどこに行くか決めているのか?」
 「んー特に決めてない。征ちゃんは決めてるの?」
 「オレは帝光中に行こうと思っているよ」
 「そうなんだ、じゃあ私も同じところに行く!」
 「そうか、中学でもまた一緒だね」

 そうどこか満足そうに征ちゃんは言った。

 中学でもまた今までみたいに登下校一緒にしたり、バスケをしたりできるんだろうか。そう思うと中学ライフが待ち遠しく感じた。

 でも一緒にいればいるほど、過ごせば過ごすほど、征ちゃんといつまでこうしていられるんだろうと最近よく考えるようになる。

 当たり前のこの日常が無くなってしまった時。
 私は、どうなってしまうんだろうか。

 ふと、いつもポケットに入れていた家の鍵が無いことに気付き足を止める。

 「・・・あれ、鍵がない」
 「どこかに落としたのか」
 「落としたら気づくと思うんだけど・・・あ、もしかしたら5限目体育の授業だったから着替えた時に落としたのかも・・・!」
 「となると、女子更衣室だね」
 「私ちょっと探してくるから征ちゃんは下駄箱で待ってて!」
 「・・・1人で大丈夫か?」
 「大丈夫!」

 どこか心配そうにする征ちゃんと別れ、私は3階にある女子更衣室へ向かった。下りの階段へ進もうとした時。「白鳥さーん」と背後から声をかけられ、振り向くとそこにはどこかで見たことがある男子生徒がいて、左手には私の鍵を持っていてそれを揺らしてみせた。

 「これ白鳥さんのでしょ?」
 「あ・・・うん、ありがとう。無くしちゃって探してたんだ」
 「そうなんだ、まあ盗ったの俺だからね」
 
 「え?」そう聞き返した途端、トンっと両肩を押された。ぐらりと傾く身体と目の前の男子生徒が笑う姿がすごくスローモーションに感じた。だがそれも一瞬で、一気に私の身体はごろごろと階段の上を転がり落ちる。

 「・・・痛っ・・・」
 「ごめんね、白鳥さんに個人的な恨みはないんだけど頼まれちゃって。許してね」

 そう頭上で嘲笑うように言われた後、鍵を落とされてそれは頭に当たったあと虚しく床に転がった。
 額からヌルっとした感触があり、手についたそれを見ると赤色で初めて見るそれに一気に血の気が引いた。急に吐き気が襲ってきて蹲る。

 征ちゃんが待ってるのに。
 どんどん遠のく意識の中、何度も征ちゃんの名前を呼んだ。






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