11.いつまで



 「下手な嘘をついてオレと岸本さんを2人きりにさせて、奏はオレにどうしてほしいんだ」


 それに対して何も答えれないままの私に、征ちゃんは一つ溜息を零すと気が変わってしまったのか練習を打ち切りにしボールをカゴに片付け始めた。

 「・・・怒ってる?」
 「怒っていないよ」

 ああ、怒っていらっしゃる。
 こちらを見ようとせず手を動かしながら返してきたその背中に、私はそれ以上何も言えなかった。


 ◇


 学校を後にし、いつもの帰り道。
 まだ私が帰るには早い時間だ。なるべく家にいる時間を少なくしたい私は小6になってもそれは変わらなかった。無言で1歩前を歩く征ちゃんに、私も黙ってついていく。

 帰るのかと思いきや征ちゃんの足はいつもの公園へと辿り着いた。

 「え、帰らないの?」
 「この時間だと、どうせオレと別れた後に家に帰らずこの公園に戻って時間を潰すんだろう?」

 そう私の考えていることを的中させた征ちゃんはヤレヤレとベンチに座った。その隣に私もぎこちなく腰を下ろす。

 沈黙が私達の間に広がる。
 なんとかして征ちゃんの誤解を解かなければと、小さい頭をフル回転させて言葉を探した。

 「征ちゃん、私、」
 「もうその話はいいよ」

 言葉を遮られ、思わず征ちゃんの方へ顔を上げた。

 「言わずともわかっている。優しい奏のことだから、ああいう機会を作って欲しいと頼まれて断れなかったんだろう?オレが手紙を捨ててしまってから、浮かない顔ばかりさせてしまって申し訳ないと思っているよ」
 「・・・征ちゃんは、何でもお見通しだね」
 「当然だよ。ずっと一緒にいるんだから、それくらいわかる」
 
 "ずっと一緒にいるんだから。"

 その言葉が妙に私の中に染み込んでいく。
 同時に不安も生まれた。



 いつまで、一緒?



 隣の征ちゃんにゆっくり顔を向ける。同時に征ちゃんも私の方を向いてきた。宝石のルビーみたいな綺麗な瞳に捕らわれる。時が止まったような感覚。

 「・・・私も征ちゃんと同じだよ。征ちゃんの代わりは誰にも務まらないしありえないって思ってる」
 「・・・やはり聞いていたか」
 「これは恋愛感情なのかな?」
 「さぁ・・・わからない。でも急いで答えを探す必要もないんじゃないか」


 「オレ達には、これからいくらでも時間があるのだから」。そう笑ってみせた征ちゃんが急にきらきらして見えた。

 そうだ。
 いくらでも時間があるのだと。ゆっくり進めばいいのだと、そう思っていた。




 11.いつまで



 翌日。

 岸本さんが征ちゃんに振られたという話が4組のクラスに広まっていた。それと同時に私は嫌がらせを受けるようになっていった。

 始めは上履きを隠されたり、教科書に落書きされたり、私の机が移動してあったり。
 だが日に日にエスカレートして行った。


 「あっ、ごめーん手が滑っちゃった」

 掃除の時間。
 床を雑巾がけしていた私の頭上から、濁り水の入ったバケツを引っくり返され全身水浸しになった。
 くすくす笑うその主を見上げると、やはり岸本さんといたあの二人だ。

 「ちょうど暑かったし大丈夫」
 「は?」
 「何強がってんの?ダッサ」

 ここで喧嘩腰に言い返したら負けだと思った。
 我慢して何とか堪える。
 そんな私を岸本さんは遠くから眺めているだけだった。

 掃除を終え、着替えとタオルを持って女子トイレの個室に入り予備に持っていた練習着に着替えた。
 早くしないと先に終礼を終えた征ちゃんを音楽室に待たせてしまうことになる。髪をタオルで拭いながら、テキパキ着替えを済ませ個室から出ようとドアの鍵を開けるも、何故か外側から何かに遮られていて開かなかった。
 まさかと思いドンドンっと内側からドアを叩くと、くすくすと先ほどの笑い声が聞こえてきて一気に状況を理解した。またさっきの2人の仕業か。

 征ちゃんを音楽室に待たせてしまうなぁ。
 1人で私が来るのを待つ彼の後ろ姿を想像し、便座に腰を下ろして項垂れる。

 誰か助けに来てくれないかな。そう期待する私の願いが届いたのか、しばらくすると外側から「もう大丈夫だよ、白鳥さん」という声が聞こえパッと顔を上げた。この声は。

 「岸本さん?」
 「もうドア開くから、大丈夫」

 そう言われドアを押すと普通に開いて、その前には申し訳なさそうに眉を落とした岸本さんが立っていた。

 「ありがとう岸本さん!助かったよ」
 「ううん、ごめんね白鳥さん・・・私のせいで嫌がらせ受けてて・・・本当にごめん」

 そう頭を下げる彼女に、やはりこの子はまともな子だなと改めてわかる。

 「大丈夫、岸本さんのせいじゃないから!」
 「でも・・・、」
 「私の肩持つと岸本さんまであの子達の標的になっちゃうかもしれないから、私のことは気にしないで」

 そう笑って見せるも、不安気に私を見つめる岸本さんに「私は大丈夫だから」と加えて女子トイレを別々に出るよう促す。

 別にこれぐらいの嫌がらせ、征ちゃんがいれば何でもないと思えた。



 「征ちゃんごめん、お待たせ!」

 急いで音楽室へと向かい、扉を開けると窓から外を眺める征ちゃんがいた。ゆっくり振り向いて微笑んだ彼の顔は少し光に反射して綺麗だと思った。

 「いや大丈夫だ。・・・あれ、何故練習着なんだい?」
 「あ・・・うん、掃除のときバケツを引っくり返しちゃって・・・濡れちゃったから着替えたの」
 「その髪は?」
 「・・・そのときに濡らしちゃって」
 「本当に?」
 「ほ、本当!」

 じっと見つめる征ちゃんに、なんとか目線を逸らさずに答えた。
 私は嘘をつくのが本当下手すぎる。
 誤魔化すように笑う私に、征ちゃんはそれ以上追求してこなかった。

 征ちゃんには、バレたくない。
 そう思う私は、征ちゃんに隠し事ばかりしているような気がした。






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