10.感情



 「征ちゃん、放課後はもう私の教室に来ない方がいいと思う。今度から音楽室で待ち合わせしてから帰らない?」
 「何故?」
 「その方が征ちゃんにとっても私にとってもきっといいから」

 そう言った私に征ちゃんは不服そうだった。
 この日から私達は放課後、音楽室で落ち合ってから帰宅することにした。



 10.感情



 「白鳥さん」

 昼休み。
 その声に一気に嫌な予感が胸を支配した。
 かと言って無視することも出来ず、顔を上げるとやはりあの征ちゃんファン3人組がそこにはいた。

 「赤司くんから岸本さんに手紙の返事がないみたいなんだけど、どういうこと?」
 「どういうこと、って言われても・・・」
 「岸本さんずっと健気に待ってるんだよ?白鳥さんから何か言ったりしてくれないの?」
 「協力してくれるって言ってたじゃん」

 思わず頭を抱える。
 なんて返せば。と考えているとあの日言った征ちゃんの言葉が過ぎった。


 「オレは彼女のこと何も知らないし何とも思っていないのに、そんなオレから期待させるような返事を貰って彼女は本当に喜ぶんだろうか?」


 「・・・岸本さんは、私が仕方なく書かせた赤司くんの手紙の返事なんて貰ってそれで嬉しいの?満足なの?」

 そんな征ちゃんの何の気持ちの篭ってない手紙で良いと言うなら、岸本さんは征ちゃんの本当の気持ちをこれっぽっちも欲していないし尊重してないのだろうと思った。

 「・・・それは、私も嫌。そんな返事いらない」

 岸本さんのその言葉に内心ホッとした。
 この子は3人の中でまともなのかもしれない。

 「だから・・・白鳥さんにお願いがあるの!」
 「うん」
 「今日はバスケクラブの日だよね?終わった後私に赤司くんと2人きりで話す時間を作ってほしいの・・・!」
 「・・・・・・」
 「お願いします!」

 そう頭を下げられては、断るものも断れない。
 切実に頼んでくる岸本さんの姿に、切なくなった。
 思わず応援してしまいたくなる矛盾。

 「わかった、クラブ活動終わる時間帯になったら体育館前で待機してもらってもいいかな?絶対赤司くんと2人きりにするようにするから」
 「ありがとう・・・白鳥さん・・・!」

 私自らこんな協力をして、知ったら征ちゃんはどう思うだろうか。


 ◇


 そしてクラブ活動が終わり、私と征ちゃんはいつものようにみんなが帰った後も残って練習に励んでいた。

 「ちょっと教室に忘れ物してきたから取りに行ってくる!」

 そんなベタなセリフしか出てこなかった自分の頭を呪う。ぎこちなく体育館を後にしようとする私に征ちゃんは汗を拭いながら呼び止めた。

 「オレもついていくよ」
 「大丈夫だよ、すぐ戻るから征ちゃんは待ってて!」

 そう体育館に征ちゃんをなんとか留める。
 なんだか罪悪感が胸を支配した。

 体育館を出て水道場の影にスタンバっていた岸本さんに合図し、彼女を体育館へ誘導した。
 体育館に入ってきたのが私じゃなく、岸本さんだったことに征ちゃんはきっと驚くだろう。

 2人の会話は盗み聞きせずに大人しく待っていよう。そう決心していたのに。いざ中で話し合いがスタートすると、その決心も安易に崩れ落ちていった。
 忍び足で体育館の入口に近づき、全神経を耳に集中させた。

 「・・・赤司くん、その、手紙は読んでくれた?」
 「ああ、読んだよ」

 平然とごく自然に嘘をつく征ちゃんに天晴れ。

 「返事、聞かせてもらいたくって・・・」
 「返事?・・・あぁ、そうだね。なかなか多忙で返事を書く時間が取れなくて。すまない」
 「今聞いてもいいかな・・・?」

 征ちゃんはあの手紙を読んでいない。内容もわからないはず。何て返すんだろうか。なんだか少女漫画のワンシーンを見ているようだ。

 「・・・申し訳ないけどオレは岸本さんの気持ちには応えられない」
 「・・・友達から仲良くなって親しくなったら、私にもまだチャンスはあるかな・・・?」
 「友達になることは構わないよ。ただオレが君のことを知っても、この先好きになることはない」

 そうキッパリと断言してみせた征ちゃんの言葉は、聞いている側からしても、キツく感じた。

 「やっぱり・・・赤司くんの好きな人って白鳥さんだよね?」

 その岸本さんの問いに不覚にもドキリとして、体制を崩した私は少し物音を立ててしまった。
 征ちゃんがこちらを壁越しから見ているような気がした。

 「・・・・・・」
 「教えてほしいの!そうしたら諦めるから!」
 「・・・自分でもよくわからない」

 それを聞いて少し落胆する自分がいる。
 征ちゃんは続けた。

 「オレは恋愛感情とか、そういうものに疎くてね。自分でもよくわからないんだ。ただ、白鳥さんはオレにとって簡単に言葉で表せない存在で、彼女の代わりは誰にも務まらないし、ありえない。この感情が君達からしたら恋愛感情だというならば、そうなのかもしれないね」

 そう言った征ちゃんの言葉一つ一つが私の中にゆっくり落ちていく。

 征ちゃんも私と同じで、相手に対する気持ちが何なのかよくわからないんだ。それでもお互いが1番なのは確かで。
 
 「・・・赤司くん、それはもう好きを超えてるよ」
 「そうなのかな」
 「よく、わかった。ありがとう赤司くん」

 そう言って体育館を後にする岸本さんとすれ違う。こちらを向かず岸本さんは足を止めて「白鳥さんもありがとう」と一言言って去っていった。

 「いつまでそこに隠れている気だ?」

 体育館に戻ることもできず、その場で悩んでいた私に征ちゃんが体育館から声をかけてきた。
 盗み聞きしたことがバレてる。
 冷や汗をかきながら体育館に入るも征ちゃんの顔を直視できなかった。

 「これで奏は満足か?」
 「ごめん・・・征ちゃん」
 「下手な嘘をついてオレと岸本さんを2人きりにさせて、奏はオレにどうしてほしいんだ」

 困ったように聞いてくる征ちゃんに、私自身もわからなかった。本当に、どうしてほしいのだろうか。

 ただ気持ちは征ちゃんと同じはずなのに、私は何も答えれなかった。






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