09.嘘



 両親とも事故で亡くなり、私は一人ぼっちだった。
 大して親しくもない親戚に嫌々引き取られ、家に帰りたくないからとなるべく日が暮れてギリギリの時間まで一人公園でバスケをする毎日。

 家に帰ったって楽しいことなんて一つもない。
 大した食事も与えてもらえず、学校であったことなど誰も私の話を聞いてくれない。
 とても窮屈だった。




 「日が暮れるのも早くなって危ないし、そろそろ帰ろうか」

 それは小6になる前の冬。
 冬は嫌いだ。何故なら1日の日が暮れるのが早いから。
 いつもはまだバスケをしている時間が、冬だとすぐ暗くなってしまう。

 ランドセルを背負い帰る支度をする征ちゃんに、私はその場から動こうとはしなかった。
 「奏?」そんな私に不思議に思った征ちゃんの呼ぶ声が静かな公園に響く。

 「どうした?」
 「私・・・まだ帰りたくない」
 「・・・もう暗いし危ないよ。ここの公園はライトもないからもうバスケはできないだろう」
 「・・・・・・」
 「奏は毎年冬になると帰るのを渋るね。何か帰りたくない理由でもあるのか?」

 今まで征ちゃんに気を使って、秋から冬の季節は帰るフリをしてきた。途中まで一緒に帰って、別れた後実はこの公園に戻ってきては時間を潰していたのだ。それが征ちゃんにバレたら、きっとものすごく怒ることだろう。

 「ううん、何もないよ。帰ろっか!」
 「・・・・・・」

 今年もまた、帰るフリをすればいいだけの話。
 征ちゃんまで巻き込むわけにはいかない。

 「今日は家まで送るよ」

 そう帰り道を歩きながら言ってきた征ちゃんに、足を止める。
 
 「いや大丈夫だよ、送らなくていいから」
 「でも、」
 「征ちゃんの帰りも遅くなるし、お父さん心配するよ」
 「・・・・・・」
 「大丈夫だから」

 心配そうに見てくる征ちゃんに精一杯笑い返す。
 「じゃあまた明日ね!」そういつもの別れ道で私達は手を振り合う。

 征ちゃんの後ろ姿が見えなくなるまで見送って、私は先ほどの公園に戻る。
 暗くて人気のない公園は少し不気味だった。今は6時。あとせめて3時間は潰したいところ。

 「・・・奏」

 ベンチに座ってただぼーっとしていると背後から声をかけられ慌てて振り向いた。
 そこには少し怒った表情の征ちゃんが立っていて。

 「征ちゃん・・・なんで」
 「なんではこっちのセリフだ。何故帰らない?」
 「・・・・・・」
 「理由があるんだろう、今更オレに隠し事なんて何の意味があるんだ」
 「あるよ・・・私だって征ちゃんに言いたくないことだってあるよ!」
 「・・・・・・」
 「征ちゃんには、関係ないでしょ」

 そう突き放すように言った私の言葉に、征ちゃんはこの時どう思っただろうか。

 それ以上何も聞かずに征ちゃんは私の隣に腰掛けてはランドセルをベンチに置いた。

 「わかった、もう聞かないよ。奏がいつか喋ってくれる日が来るのを待とう。奏が帰りたくなるまでオレもここにいるよ」

 そう優しく笑って見せた征ちゃんに胸が締め付けられた。

 征ちゃんは、いつも私を救ってくれた。




 09.嘘




 「奏、帰ろう」

 4組になってから初めての放課後。
 征ちゃんは約束通り、私のクラスまで迎えにきてくれた。

 征ちゃんが現れたことにより、周りの女子達はヒソヒソと騒ぎ立て始める。


 「あ、うん・・・」

 嬉しかった。が、今の私にはそれがネックでしかなくて。ランドセルを手に立ち上がる私に、話しかけてきた征ちゃんファンの3人は妬むような視線を送ってくる。

 「あ、赤司くん、あの・・・!」
 「えっと・・・君は、」
 「岸本です!」

 チャンスだと思ったのだろう。
 征ちゃんに一目惚れしたという3人組の1人、岸本さんは慌てて立ち上がり征ちゃんに声をかけた。征ちゃんは優しいからそれを邪険にしたりはしない。

 「岸本さん、か。オレに何か用かな?」
 「あの、これを」

 そう岸本さんが手渡したのは、手紙だった。
 震える手からそれを受け取る征ちゃんの姿がやけに遠くに感じた。

 「・・・ありがとう。帰宅したら読ませてもらうね」
 「はい!!」

 そう手紙を片手ににこやかに返すと、征ちゃんは私の方を向いて「行こう奏」と言って教室を後にした。私は岸本さん含めその3人に「ま、またね」と挨拶をするも、返事は何も返っては来なかった。



 「手紙、良かったね征ちゃん」

 帰り道。
 私はあえて手紙について触れてみる。

 「良かったねって?」
 「え?」
 「これを貰ってオレはどうしたらいいと思う?」

 思わずそんなことを聞かれるとは思わなくて、歩んでいた足を止める。1歩前に出て征ちゃんも立ち止まった。
 
 「どうしたらいいって?」
 「今日初めて会って名前も知らない子が手紙を渡してきて、彼女はオレに何を求めているんだろうね」
 「ちゃんと手紙を読んでそれに対して返事を書いてあげたら喜ぶんじゃないかな?」
 「何故?」
 「何故って・・・あの子は征ちゃんのこと、」

 好きだからだよ。
 その一言が詰まって出てこなくて、口を閉ざす。
 好きという感情がまだよくわからない私にはその一言が今は重かった。

 「奏は、よく知りもしない相手の喜ぶことをしてあげて期待をさせるべきだと言いたいのか」
 「そ、そういうわけじゃ・・・」
 「オレは彼女のこと何も知らないし何とも思っていないのに、そんなオレから期待させるような返事を貰って彼女は本当に喜ぶんだろうか?」
 「・・・なら、これから知っていけばいいんじゃない?」

 自分で言って自分に驚いた。
 これっぽちも思っていないことを、口に出して後悔しかない。彼女、岸本さんのことなんかを征ちゃんがこれから知っていく必要なんてないし、知ってほしくないのに。

 沈黙が私達の間に広がる。



 「・・・奏は嘘が本当に下手だね」

 それを破ったのは征ちゃんだった。
 征ちゃんはそれだけ言うと、手にしていた手紙をポイっと宙に放しそれは小川に落ちていった。

 「え・・・ちょっと征ちゃん!」

 慌てて拾いに行こうとする私の手を彼が掴み、それを阻まれる。

 「奏が望んだことだろう。これでいいんだ」

 そう低く言った征ちゃんは、少し別人に見えた。

 どんどん川に流されて見えなくなっていく手紙にを眺める。あの手紙には、なんて書いてあったのだろうか。岸本さんはどんな思いで、どれだけ時間を費やしてあれを書いたのだろうか。

 それを想像すると胸がチクリと痛んだ。






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