初めて手と手が触れ合ったあの日から、征ちゃんとの距離が僅かに縮んだ気がする今日この頃。
給食の時間。
今日は週に唯一1回だけある、自由席で給食を食べていい日である。そんな日は当然のように征ちゃんは私のところに来てくれる。今では慣れたその光景に、クラスの子達も特別騒いだりすることはなくなった。
「あれ?征ちゃんワカメ食べないの?」
背筋を伸ばし行儀良く目の前で給食を食べる征ちゃんのお盆の上のお皿には、ワカメだけが綺麗に取り残されていた。私の指摘に征ちゃんは顔をしかめる。
「これは食べ物じゃない」
「いや食べ物だよ。身体にいいよ?もしかして征ちゃんワカメ嫌いなの?」
「嫌いではないよ。ただこれはオレにとっては食べ物ではないから残してるだけさ」
ああ、嫌いなんですね。
素直に嫌いだからと認めない征ちゃんが今日はやけに子供っぽく見える。頑なに触れようとしないそのワカメを仕方なくお箸で掴んでは自分のお皿に乗せて食べてあげることにした。
「奏、お腹を壊すよ」
「壊しません。ワカメはみんなの味方ですよ」
「オレにとっては敵だよ」
「今日の征ちゃんはヤケに子供っぽいね」
「・・・・・・」
そう言えば口を紡みムッとした表情で私を睨む征ちゃん。大人っぽかったり子供っぽかったり、征ちゃんと過ごす時間が増えたことで色んな彼を見ることができる毎日が新鮮だった。今日だって好き嫌いなさそうな征ちゃんがワカメ嫌いという新発見にも巡り会えた。
08.クラス替え
早くもあと少しで小6になる私達。
「また同じクラスになれるかなぁ」
帰り道。
空を仰ぎながらそんなことを呟いてみる。
空を飛ぶ二羽の小鳥がやがては別れてそれぞれ別の方角へ飛び去っていってしまった。
「クラスが分かれてしまっても、ちゃんと奏のクラスが終わるまで待っているよ」
「うん、もちろん私も待つよ!」
私達は周りの目を特に気にすることなく、今日まで一緒に行動してきた。一時期は女子達の視線が痛かったこともあったが、自ら好んで私のところに行く征ちゃんの行動を見た周りの子達は、特に何も突っかかってくることはなかったのだ。
だから小6になってクラスが分かれてしまっても、きっと大丈夫。征ちゃんと過ごしてきた日々は変わることは無い。
そう思っていた。
そして晴れて小6になり、クラス表を貰った私達は一緒にそれを覗き込み自分達の名前を探した。
「え・・・征ちゃん2組で私4組・・・・・・」
「・・・分かれてしまったね」
2組の名前リストの上の方に赤司征十郎の名前があり、その中に私の名前はなかった。
探せば4組のリストの中に白鳥奏を見つけ肩を落とした。
「そんなにガッカリしなくてもいいだろう。教室も遠くはないし奏のところに遊びに行くから」
「うん・・・」
私の見れないところで征ちゃんが別の女子と仲良くしてるのを想像するとモヤモヤした。
チャイムが鳴り「じゃあまた後でね」と手を振って2組の教室へと入っていく征ちゃんの後ろ姿を見送る。
思い足取りで4組へ入る私に、3人の女子達がすぐさま駆け寄ってきた。
「白鳥さんも4組なんだ!同じクラスとかラッキー!」
「え?ラッキー・・・?」
「白鳥さん赤司くんと仲良いでしょ?だから白鳥さんといれば赤司くんとも話せる機会増えるかなぁって!」
何その動機。
征ちゃん目当てなだけで、別に私と仲良くなりたくて近寄ってきたわけではないことに腹が立った。
勝手に騒ぐ征ちゃん目当ての2人の女子の後ろに、隠れるようにモジモジしている華奢な女子と目が合った。
「あ、この子赤司くんが転入してきた日に一目惚れしちゃってさ。ずっと赤司くんのこと好きなんだよね。よくバスケクラブの活動とか見に行ってたりするんだけど、なかなか声をかけれるタイミングがなくて」
「白鳥さんすぐ赤司くんと一緒にいるし。だから協力してくれない?」
「協力・・・?」
「赤司くんがこの子と話せるように!」
「白鳥さんいつも赤司くん独占してるんだから少しはいいでしょ?」
その棘のある言い方と押しの強さに首を縦に振るしかなかった。そんな私に女子達は「やったー!」と喜ぶ。特に征ちゃんに一目惚れしたという華奢な女子の喜びようには何とも言えない感情が生まれた。
ああ、この子本当に征ちゃんが好きなんだ。
私の征ちゃんに対する好きと、何処か違う気がする。
この子は征ちゃんに恋をしているんだ。
じゃあ私は?
私の征ちゃんに対するこの好きは、どういう好きなんだろうか。
征ちゃんとクラスが分かれてしまった時点で、小学校最後の1年が最悪なものになることなどこの時の私は想像すらしていなかった。