07.温もり



 オレは少し、浮かれていたのかもしれない。


 「奏!」
 「ナイスパス征ちゃん!」

 右側から前へ走り抜けてきた奏が視界に現れボールを回せばそれを受け取り、レーンアップシュートを決める。
 それと同時に周りで観戦していたクラブのメンバーやチームメイトが歓声を上げた。
 
 「赤司と白鳥は本当いいコンビだよな」
 「息ぴったし!」
 「白鳥ナイスシュート!」
 「ありがとうー!」
 
 チームメイトの男子達が奏に駆け寄ってはハイタッチを交わす。それを嬉しそうに受ける彼女を汗を拭いながら眺める。
 彼女は何気にバスケットクラブの男子達に人気があった。



 07.温もり



 奏の学校へ転入してきてから、早くも次の季節へと移り変わろうとしている頃。

 オレは奏のバスケットクラブに入り、念願のチーム別で行う試合もできて充実した日々を送っていた。

 クラブ活動が終わった後も時間が許す限りオレ達は二人、体育館に残っては練習に励んでいた。

 「征ちゃんはもう私より遥かに上手になったよねぇ」

 オレのシュート練にパス出しを手伝っていた奏が、受け取ったボールを落とさずゴールへ放つオレを見て呟いた。

 「そんなことはない、奏も十分上手いよ」
 「征ちゃんには敵いませんーっ」
 「奏がシュートを決める度に、周りの男子達は嬉しそうに歓声を上げているよ」
 「えっ?そりゃ同じチームの人が点入れたら普通喜ぶでしょ」
 「それだけだといいけどね」
 「それ言ったら征ちゃんが走ったり、シュート決めたりする度に騒いでる女子達いっぱいいるよ?」
 「そうか、気が付かなかったな」
 「嘘ばっかし!」

 最後の1本を放ち、それは綺麗にゴールへ入った。
 それを見届けてから奏は転がったボールを拾いに歩き出す。オレもそれに続いた。

 普段下ろしている髪を、彼女はバスケをする時は緩く結んでお下げにしている。ボールを拾いながらその後ろ姿を眺めた。

 「・・・奏は中学も選手としてバスケを続けていくのかい?」
 「うん、そうだね。マネージャーとかもいいけどやっぱり選手でいたいかな。試合に出ていっぱい活躍したい!」
 「そうか、本当にバスケが好きなんだね」
 「好きだよ。嫌なことや悲しいこともバスケしてる時は忘れられるし・・・それに何より、」

 「征ちゃんと仲良くなれたのはバスケのおかげだしね」そうボールを片手に振り向いた彼女は笑ってみせた。
 その笑みは初めて会った時バスケが大好きだと言ったあの笑顔だった。

 ああ、この笑顔に惹かれてオレもバスケを始めたんだ。彼女はそんなこと知るはずもない。
 もし彼女にそれを伝えたら、一体どんな表情をするだろうか。考えるだけで自然と口元が緩んだ。

 「あとバスケするのはもちろん好きだけど、征ちゃんとするバスケが一番好きかなぁ。征ちゃんがバスケしてる姿を見るのも好き」
 「・・・そうか」
 「征ちゃんの手ってすっごく綺麗だから、その手がボールを手にする瞬間と離れる瞬間も綺麗で実はたまに見惚れすぎて貰ったボール落としそうになったりするんだよね・・・!」

 そう歩み寄ってきてはオレの空いた右手に触れてみせた彼女に、不覚にもドキリとしてしまった。
 思えば彼女の手に触れるのはこの日が初めてだった。オレより少し小さいその手から伝わってくる温もりが心地よくて、母さんとよく手を繋いでいた時の懐かしさを覚えた。

 「あっ、ごめん思わず・・・!」

 ハッと我に返り慌てて手を離そうとする奏の手を、今度は咄嗟にオレから掴んだ。
 思いがけない行動に彼女は「征ちゃん?」と顔を覗き込んでくる。オレ自身も内心驚いていた。

 「・・・もう少し、触れていてもいいかな」
 「え?う、うん・・・いいけど」

 ゆっくり握り返してくれる奏の手を見つめる。
 いつの日か、母さんと繋いだ手を離したくないと思ったようにこの手も今は離したくないと思った。
 日に日に彼女と長い時間を過ごすことにより、彼女に対する感情が、以前とは違い何か別のものに変わっていくことに気が付いていた。
 ただそれがまだどういう感情なのか、踏み込んだことないその世界にオレが理解するには無知すぎたのだ。






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