脳内、煩悩、きみばかり



私には、想い人がいる。

「赤司、この問題を解いてみろ」
「はい」

数学の時間。
そう担当教師に指名され、優雅に席を立ち黒板の方へと向かう想い人の赤司くんの後ろ姿を、ニヤつく表情を教科書で隠しながら眺める。

頭も良くて、スポーツもできて(しかもバスケ部の主将で)、その上性格も温厚で優しくて。これ以上にないぐらい私の理想の人である。赤司征十郎くんは。



「みょうじ、三限目が始まるまでにこの資料を実験室へ運んでおいてくれ」
「あ、はい」

職員室に呼び出されたかと思えば、クラスで理科係である私に、先生は大量に積み上げられた資料を渡してきた。

「実験室、っと…」

資料を両手で抱え、見づらくなった正面に注意を払いながら廊下を歩く。

「わわっ」
「あ、わりぃ!」

するといきなりはしゃいでいた男子生徒二人組に肩をぶつけられその反動で資料と共に私の身体もグラリと傾く。
あ、やばい。そう思った時。

「おっと、危ない」

スッと包み込まれた両腕に、閉じかけた瞼を上げる。資料もなんとか無事だった。「ありがとうございます…」そうお礼を述べようと振り向くと、まさかの助けてくれた恩人は赤司くんであった。

「あっ赤司くん!」
「大丈夫?運ぶの手伝おうか」
「えっ、あ、ありがとう」
「どういたしまして。実験室でいいのかな?」
「な、なんでわかったの?」
「だってみょうじは理科係だったろう」

半分以上の資料を持ってくれては隣に並ぶ赤司くんの横顔を盗み見る。私が理科係だということも覚えてくれていたんだと、内心感激した。

「ありがとう、赤司くん。助かりました!」
「いいよ、このくらい」

そう小さく微笑んだ赤司くんの眩しさに、倒れそうになるのを何とか堪えた。



放課後。
忘れ物をした私は自分のクラスへと戻ってきていた。静かで人気のない教室のドアをゆっくり開けて入る。

ふと、赤司くんの席が視線に止まる。
周囲を見回し誰もいないのをいいことに、恐る恐る座ってみる。

「赤司くんの席…!」

この位置からいつも黒板見てるんだ、とかノートを取ってるんだ、とか色んな妄想に近い想像が広がり思わず机に伏せる。
ニヤニヤが止まらない。自分は変態なのかもと思った。

「みょうじ…?」
「えっ…!」

こ、この声は!
慌てて身体を起こし声のした方へ振り向くと、ドアの前に部活着姿の赤司くんが立っていた。

「そこはオレの席だよ」
「あ、うん!そうだよね…あ、あれ?そーだったっけ?」

とぼけてみるも無意味なことはわかっていた。特に気にした様子もなく教室へ入ってはロッカーに向かい、タオルを取り出す赤司くんをぎこちなく見つめる。

「あ、赤司くんも忘れ物?」
「部活で使うタオルをね。も、ってことはみょうじも忘れ物?」
「う、うん…ノートを」
「それで誰もいなかったからオレの席に座ってみたんだ」
「うっ、あの、これは…」

言い訳が見つからない。必死に言葉を探していると、タオルを持った赤司くんはドアの方へと歩いていく。ああ、赤司くんが行ってしまう。惜しむように見つめると、赤司くんはドアの前で立ち止まり振り向いた。

「みょうじも可愛いところあるね」
「!!」

そう言って赤司くんは教室を後にした。ぶわっと顔に熱が集中するのがわかった。

「か、かか可愛い…」

やはり、私の想い人は赤司くん以外ありえません。


131208





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