朝がくる世界で君を待つ



エーデルワイスの番外編。
 7月7日更新、結婚記念日に合わせて。





 深い眠りから現実世界へと引き戻され、重たい瞼をゆっくり開く。
 そこには見慣れた部屋の天井。
 そしてすぐ隣には、自分の腕を枕にして無防備に寝息を立てている彼女の姿。

 これが毎日やってくるオレの朝だった。
 目が覚めれば毎日隣に必ずいる彼女にオレは幸せを感じていた。
 その寝顔をしばらく眺めた後、そっと彼女の額に唇を寄せる。
 するとなまえは少し身動ぎし、ゆっくり瞼を開いてオレを見た。

 「すまない、起こしてしまったね」
 「ううん・・・おはよう征十郎」
 「おはよう」

 そしてどちらからともなく唇を合わせた。
 触れるだけですぐ離すオレに、彼女は上目遣いで「・・・足りない」と口を尖らせる。そんな彼女にオレは苦笑した。

 「昨日たくさんしただろう」
 「昨日は昨日、今日は今日でしょ?それに今日は特別な日なのもしかして忘れてる?」
 「もちろん、忘れていないよ」

 そう、今日7月7日はなまえと結婚して1年目の記念日であった。
 そのためオレは仕事を休み、これからの記念日は必ず2人で過ごすことを約束していた。

 オレの胸に顔を寄せてくる彼女の後頭部に手を添える。オレの休日の朝は、彼女は普段に増して甘えモード全開になる。オレの胸に耳を当てながら「・・・征十郎は、」と口を開いた彼女に耳を傾けた。

 「子供、欲しい?」

 その一言に一瞬ドキリとする。

 「・・・あぁ、そうだね。なまえとの子供は欲しいと思うよ」
 「・・・そっか」

 そう呟いた彼女の表情はどこか影があることに、オレは気がつかなかった。

 オレ達はまだ子供について、話し合いをしたことがない。
 自然と出来るものだと思っていたのもあるが、なんとなく彼女がその話を避けているように見えたことと、結婚してまだ1年目、しばらくは2人の時間を大切に過ごしてもいいと考えていたためオレからはその話に触れたことはなかった。だから彼女からその話を持ち掛けてきたことに内心驚いていた。

 「・・・なまえは、欲しくないのかい?」
 「もちろん欲しいよ。征十郎との子供なら何人でも大歓迎」
 「何人でも・・・それは大変だな」
 「お金持ちなんだから大丈夫でしょ?」
 「・・・そういう問題かい?」
 「ふふ、冗談だよ」

 彼女はふわりと笑う。
 出会った時からずっと。その笑った顔が何年経ってもたまらなく愛おしい。

 たまらず彼女の腰に腕を回し、ぐいっと引き寄せるといい香りのする橙色の髪にそっと口付けた。

 「・・・なら作るかい?子供」
 「え?急にどうしたの?」
 「何人も欲しいなら、早めの方がいいだろう?」
 「冗談だってば。でも今までもそういう機会があったのに、授からなかったから・・・私もしかしたら出来にくいのかもしれない」
 「そうだな・・・もし今回もダメだった時は、一緒に産婦人科へ行こうか」
 「仕事で忙しいのに?」
 「休むさ」

 雰囲気に任せて彼女の身体を支えながら自分の下へ組み敷く。
 何度身体を重ねても恥ずかしそうに頬を赤らめる彼女の表情に、オレの欲は掻き立てられる。首に両腕を回してきた彼女をサインに、オレはその細い首筋に顔を埋めた。


 ◇


 情事後、シャワーを浴び濡れた髪をタオルで拭いながら棚に飾ってある写真立てを眺めた。
 写真には、中学校から高校、大学と彼女との結婚式のものまである。その中にキセキの世代達との写真もあり、ふと緑の髪色の男に視線が移る。
 思い返せば、感慨深かった。
 そしてオレは緑間との約束を守れたのだろうかと自問する。

 スッと背後から伸びてきた細い腕がオレの身体に巻き付く。
 シャワーを浴び終え同じく濡らしたままのなまえの髪が、自分のバスローブを湿らせていった。

 「髪を乾かさないと風邪を引いてしまうよ」
 「その言葉そのまま返す」
 「おいで、乾かしてやる」
 「わーい」

 移動するオレに子供みたいに喜んでついてきた彼女を椅子に座らせる。長い髪に櫛を通した後、控えめにドライヤーの風を当ててやった。
 靡く橙色の髪を前に、一体オレは今まで何度恋をしてきただろうかと思い浸る。

 「思えば今までアルバムって作ってなかったなぁって思ったんだけど」

 そうドライヤーの音が響く中、口を開いた彼女に顔を近づけて聞き返す。

 「アルバム?」
 「そう、写真立てに飾ってるけどアルバムは作ってないなって思って、1年の節目に作ってみようかなって」
 「いいんじゃないか」
 「携帯にもいっぱい写真はあるけど、征十郎とのこれからをきちんと形に残していきたいし、アルバム作ったらいつか・・・この時こうだったよねって思い出せるでしょ」
 「そうだね、オレは全て覚えているがなまえは最近忘れっぽいところがあるから、いい案かもしれないね」

 そう悪戯に言うオレに、彼女は小さく苦笑する。
 否定してくるかと思ったオレはその反応を見て、少し違和感を感じた。

 「これからも・・・ずっと征十郎とたくさん思い出作っていきたいなぁ」
 「どうしたんだい改まって。オレ達はこれからもずっと変わらず一緒にいるだろう」
 「・・・そうだよね」

 どこか悲しみを含ませて微笑んだなまえは、身体ごとオレの方へ振り向くと首に腕を回ししがみついてくる。今日はやけに甘えん坊だと思った。

 「せっかく乾かした髪がまた濡れてしまうよ」
 「じゃぁまた征十郎が乾かしてくれる?」
 「・・・全く、仕方のないお姫様だな」

 そう言いながらも微塵も嫌な気がしていないオレも大概彼女に甘いと思う。
 まだ濡れている自分の髪が彼女の髪を再び濡らそうとも構わず、オレも彼女の背中に腕を回しきつく抱きしめた。



 この日から数週間後、めでたくなまえは双子の命を授かることになる。
 だが、アルバムの写真が増えることはなかった。




 彼女がオレの隣からいなくなってしまって3度目の7月7日の朝。
 目覚めたら隣にいるのではないかと、そんなありえないことに期待を寄せながら瞼をゆっくり開ける。
 当然、彼女はいない。だが代わりにオレの両サイドにはぐっすり寝息を立てて眠っている双子の姿があった。その寝顔を見て少しだけ気分が晴れる。

 布団を剥いでいる蓮にそれを掛け直し、オレの腕に巻き付いている蘭の髪を撫でてやると、その小さい口から「ママあいたい・・・」なんて言葉が漏れて動きを止めた。

 「・・・オレもだよ。会いたいな」

 そう言った自分の声が、部屋に虚しく響くのだった。



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 20/07/07
 職場の上司の入籍日が7月7日だったのをきっかけに、エーデルワイスの赤司くんとの結婚記念日も7月7日にしました。
 これを機に、エーデルワイスの連載を読んでもらえたら幸いです。






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