妙な浮遊感がして、ふ、と瞼が開いた。夢か……と呟いてもう一度目を閉じる。長い、長い夢だった。怜香と出会ってから死という別れまでの、怜香と俺の復讐の一生。
あれから数年が経った。怜香の処刑のあと、俺も死ぬんだと覚悟していたのに、俺に告げられた言葉は残酷なものだった。

――1年間の死神代行業停止、その後活動再開

俺は怜香と共に死ねなかった。あとから聞いた話によると、怜香が爺さんに俺の処刑はしないでくれと頼んだそうだ。


「怜香……」


最初こそ自殺しようかと考えた。だけど怜香は最期に俺に、死神を辞めないで、と告げた。その言葉を無下にはできなかった。
今でも何度も怜香の夢を見るし、起きたら隣で笑ってるんじゃないかと思ってしまう。
ぼんやり怜香のことを考えていると、知らぬ間にまた眠ってしまっていた。



見晴らしのいい山の頂上に立っていた。隣には怜香。尸魂界が一望出来るここは、怜香がよく訪れていた場所だと初めて来たときに教えてくれた。少し前まで雨が降っていたせいで、木々はその雫に濡れている。


「なあ怜香」

「何だ?」

「その髪って染めてんのか?」

「ああ、そうだ。現世に行ったときに、髪染めスプレーというやつを見つけてな。面白そうだと思って昔買っていたんだ」


フードの端から出る少しパサついた髪を掬う。最近、怜香はよく笑うようになった。……いや、笑うだけじゃなくて、感情が表に出るようになった、と言った方が正しい。出会ったばかりの頃はいつだって何をしたって無表情で、俺が何となく泣きそうだなと思って促したときに泣くだけだったのに。
一瞬強い風が吹き、怜香のフードが落ちる。


「あ、プリン」

「プリン?」

「地毛、黒なんだな。頭のてっぺん、地毛見えてきてるぜ」

「本当か?」


慌ててフードをかぶり直す怜香。帰ったらスプレーしないと、と独りごちて、瀞霊廷の方を見遣った。距離がありすぎて人がいるとかいないとかは判断がつなかい。怜香は懐かしむような表情をしていて、その横顔がいやにキレイだった。


「怜香、」

「ん?」

「俺さ、怜香のこと、」

「あ!見ろ黒崎!」


怜香が指差す空に視線を動かすと、雲間に覗く太陽の光の下に虹ができていた。それも二重になっていて、怜香はキレイ……とうっとりしているように見えた。無性に怜香を抱きしめたい気に駆られて、だけど虹を見ている邪魔をするわけにもいかず、そっと肩を抱いた。


「……私も生きた人間で、争いのないところで黒崎と出会えたらよかったのに」

「怜香?」

「そうしたら、こんな穏やかな毎日が過ごせたかな」

「……」


怜香は今にも泣き出しそうで、何も言えなかった。もう邪魔とかどうとかじゃないと思い、怜香を強く抱き締めた。ピクリと驚いたようだったけれど、ゆっくりと背中に手が回り、遠慮がちに死覇装が握られる。


「全部終わったら、そうなるだろ」

「……そうだといいな」


何とか言葉を絞り出す。怜香の腕の力が少し強くなり、体は小さく震えていた。俺はそれ以上何も言わずにただ怜香が顔を上げるのをじっと待っていた。




不意に代行証がけたたましい音を響かせ、俺はベッドから飛び起きた。


「一護!虚だ!行くぞ!」

「わーってるよ」


押し入れから出てきたルキアに言われ、ベッドに括りつけてある代行証を手に取る。ルキアは窓からさっさと出ていってしまい、一人部屋に残された。窓枠に足をかけたところでふと思い出して、部屋の中を振り返った。


「行ってきます、怜香」


壁にかかっている一枚のパーカ。それは生前怜香が着ていたもので、俺の処遇を告げたあと爺さんが渡してくれた。怜香は俺の中で、今も生きている。きっと自殺なんてしていたら、怜香は困ったような顔をして、どうして自殺なんて……と言いながらも責めることはしないだろう。それでも俺は、怜香の願いを受け止めると決めたんだ。
怜香が帰ってくるまで待ってる、って言ったのに、待たせてるのは俺の方だな、なんて乾いた笑いが漏れた。


「なあ、怜香、待っててくれるよな……」


虚が出現した場所に向かいながら、空を見上げて呟く。


――いつまでも待ってるよ


そう、怜香の声が聞こえた気がした。



(2018.08.15)


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