10周年記念 | ナノ
02

「リディア、一人暮らしするのか?」

今日は二限からだから少しゆっくり支度をして今まさに家を出ようとしていたら、今朝は余裕があるらしい叔父から声をかけられた。私がリビングに置いて暇な時に見ていた冊子を持っていることと、かけられた言葉から察するのは容易い。

「まあ……タイミングのいいところで。就職する頃にと思って」

「一人暮らしを経験するのも大事だけどさ。今までそんな話してなかっただろ?」

実のところ、薄らと考えてはいた。本当は大学生になるタイミングで一人暮らししようかと思ったけれど、結局彼とはまた同じ大学だから意味ないだろうと思ったのだ。

「でも、就職したらどっちにしても一人暮らしになるでしょう? ちょっと早いけど今から考えているだけだよ。在学中は一人暮らしするつもりはないから」

「そうか?」

「うん」

そのまま行ってきますと言って家を出る。門扉を通って隣を向けば、一般的とは言い難い門の前に彼が立っていた。幼少の頃よりよく出入りしていた私にとっては馴染みのある佇まいだ。豪邸のようなその家の大きな門の前まで歩いていけば、私に気付いた彼がこちらを向いた。

「おはよう、リディア」

「おはよう。ロキ」

春の陽気のように柔らかく笑って自然と肩を並べて歩く。

「携帯、鳴ってるよ」

「あー……うん。でも今はリディアと一緒だし」

ロキとは小中高、そして大学までも同じだ。流石に学部は違うけれども。幼い頃はあまり気にしていなかった。そもそも、彼にとって進学する学校は意味を成さないのだ。ただ、後に進学するだろうルーシィが行く学校に進学しているだけ。そのルーシィは私と同じ学校へ行くと幼い頃から言ってきかないものだから、必然的に私とロキは同じ学校になってしまう。

友人の少ない……正確に言えば友人のいなかった私にとってロキが一緒にいてくれるのは嬉しかった。見知った顔があると落ち着くものだ。同じクラスになることも多かったし、私の学校生活は平凡ではあったけれど悪くないものだったと思う。中学生までは。

私がロキに対して明確に好意を抱いたのは中学生の頃。彼が女遊びをするようになったのもその頃。元々女の子に対して優しい態度で接する子だったから、中学生になり彼自身に何か心境の変化でもあったのだろう。

小学生の頃からその気配はあったが早いな、と言うのがその時の私の感想だった。女遊びと言っても危険なことはしていない、と言うのが彼の言い分である。危険だろうがそうじゃなかろうが、女遊びの時点で男としては最下層に位置すると思うのだが、他の女子曰くロキはイケメンと言うやつらしく、軟派な態度も女遊びもそれ程問題ではないらしい。彼氏の浮気云々で散々愚痴を零し、果ては悪口にまで発展し、最悪別れると言うのに女の子とはつくづく意味の分からない生き物だと思った。自分も女の子なのだけれど。

女遊びをしていても、彼の最優先は遊び相手の女の子では無かった。同い年だからか私とはよく話していたし、登下校も時間が合えば一緒にしていたからだろうか。他の女子を放り出して私の元へ来ることも多々ある。何度か……否、正確には何度も、それによって勘違いした女子に色々言われたりもしたが、彼を縛り付けることなんて10歳そこらの女の子に出来るはずもないし、10代半ばになったところで変わりはしなかった。ただ、私が女子に絡まれた後、ロキは少し申し訳なさそうな表情をして、食べ物を奢ってくれる。

女遊びが酷くなったのは高校生の頃。何度か朝帰りもしていた。流石に多いと叱られて、減らしてはいたけれど。それでも時間があって可愛い女の子を見つけるとすぐに口説いて遊んでいた。それでも最優先は複数いた恋人では無かったし、先程のように連絡を無視することもあった。

私はロキと長く一緒にいたつもりだけれど、分からないことが多すぎる。女遊びをするようになったのも、特定の人とちゃんとした恋人同士にならないことも、それなのに女の子に甘い言葉を囁くのも、私が呼ぶと何をしていても、何を放り出しても来てくれるのも。全部分からなかったし、私に一生理解出来ないことなんだと思ったから、今でも私は彼のそういった一面を目の当たりにしても、何か言うことはない。

ただ私が、辛くなった。私のこと元へ来てくれる癖に他の女の子とばかり遊ぶから、ちゃんとした恋人を持とうとしないから、一緒にいるのが辛くなったんだ。好きだから、優しくしないでほしかった。

学生の間は彼から逃げることはできない。私が一番よく知っていることだから、その間は甘んじてそれを受け入れるつもりだ。でも、就職してしまえば自然と距離は離れていく。私が逃げる為の場所が欲しい。彼も、誰も、いない場所が欲しかった。

「ああ、そうだ。この間新しくできたクレープ屋を見つけたんだ。後で時間あったら一緒に行こうよ」

春の陽気のような笑みを向けるから、私は彼を拒絶出来ない。だって好きなんだもの。

「うん。メニュー見た?」

「スタンダードなものからちょっとした変わり種もあったよ」

「甘いのが食べたい。とびきり、甘いの」

「チョコ?」

「苺かな。でも、クリームだけでもいい。カスタードとホイップの」

「ダブル? 流石に甘くない?」

あとカロリーも……なんて言うロキに、私は頑なに甘いのがいいと言う。

「夏になったらアイスが食べたい」

「あ、いいね。ダブルだと二種類の味が楽しめるし。たまにトリプルもあるよね」

きっと、今言ったクレープ屋もアイス屋も、ロキは他の女の子と行ったことがあるんでしょう? 可愛くて綺麗でお洒落な女の子と。何人と行ったのか分からないけれど、きっと何度も行っているんだろう。

心臓がきゅっと締め付けられる。息苦しくなる。辛い。

それでも、ロキを好きになったことは嬉しくて、心が温かくなる。恋と言う感情がどれ程私の中の感情を豊かにしてくれたか、きっとロキは知らないんだろうし、このまま一生私の中でしか分からないのかもしれないけれど。

辛くても、きゅっと切ない気持ちを抱いても、息苦しくても、ロキと一緒にいたいと思ってしまう。逃げたいと思いながらも一緒にいたくて仕方ない。きっとこの矛盾は逃げなきゃ終わらないのだろうね。

私の愛しい幼馴染みはずっと、幼馴染みの友人止まり。


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