10周年記念 | ナノ


「黒ごまのクッキー、黒ごまのアイス、胡麻団子……本当に黒ごまで攻めてきたね」

試作品を作り上げた高校生の女の子は少しドヤ顔で僕の方を向いた。自信があるのは結構だけど、胡麻団子は黒ごまを使わないのでは、と思った僕はきっと正しいと思う。

「中が黒ごま餡になってる」

「僕の思考を読まないでほしい」

「聞かれそうなことを事前に答えたまでよ」

クッキーを一枚齧れば、黒ごまの風味が広がり控えめな甘さが丁度良い。アイスはこれまた風味を抑えずに少しあっさり目な味付けだ。胡麻団子は黒ごま餡のせいか、とても胡麻だった。

「クッキーとアイスはいいんじゃないかな? 胡麻団子はごま餡が好み別れるかもしれないね」

「そうね……そもそも、いちいち揚げてられないわね」

クッキーは朝一で焼いてしまえばいいし、アイスも作り置きが出来る。それを考えるとこの二つが無難だろうか。クッキーのみの販売は厳しいから、アイスに添える形がいいだろう。

「で、そっちは?」

恐らく、彼女にとってはメインだろうそれは熱々であることを物語るように白い湯気が揺らめいている。焼き上がったばかりで、近付いていないのにその香りは僕の鼻腔を擽った。

「梨のタルト」

「こっちがメインだ」

「黒ごまがメインよ」

彼女はそう言い張るけど、恐らく作るのが楽しかったのはタルトの方だろう。ほら、匂いにつられてやってきた男を見るなり、切り分けようとしている。

「僕の分も頼むよ」

「コーヒー淹れて」

「分かってるさ」

スイーツ以外のメニューなら、きのこのデミグラスソースのオムライスや具にさつまいもを使ったサンドイッチを考えたらしい。オムライスは定番だとして、サンドイッチはまだ試作を繰り返しているそうだ。

「ああ、うまいな」

タルトを一口食べた男がそう言う。途端に、彼女の後ろに花が咲いたような雰囲気を醸し出す。ああ、分かりやすい。それでも彼女は隠しているつもりなんだから、彼女の姉の気持ちが分かるような気がした。愛でたくなるのだ。

「中のベースは?」

「ヨーグルト。さっぱりしたものにしようと思って」

「ヨーグルトとフルーツの相性っていいよね」

「そう。ここは定番にさせてもらったわ。生クリームとかカスタードも考えたけど、梨は水分が多くて味も濃くはないから。あと、途中でゼリーも思い浮かんだから作ってみた」

「行動早すぎかな?」

ゼリーとの相性は抜群だろう。食べる前から分かる。ゼラチンでぷるぷるに固められ、透き通ったそれを口に含めばつるんと喉を通る。中に埋め込まれた梨は咀嚼し、その味わいが一層口の中に広がった。

「これだけを作るとなると、アオイのいない日がきつそうだな」

「そうだね。調理師を雇いたいくらいだ。女子高生にここまで作らせると流石にお給料を渡していないことが問題になってくる」

「既に問題なのでは」

「そこはほら、当主の意見で纏まったからさ」

「そう言えば、クレープとかも考えたんだけど……」

「アオイ、とりあえず暫く考えなくてもいいと思うよ。これだけあれば何とかなるからさ」

彼女は少し浮かない顔をした。何か悩みでもあるのだろうか。

「……私、役に立ってる?」

「ん?」

「どうした」

「我儘で働かせてもらって、迷惑だったんだろうなって思うの。でも、私は凄く感謝してるし、今更辞めようとは思わない」

――だけど、迷惑ならそう言ってほしい

彼女の言葉は、恐らく数年前の彼女なら言っていてもおかしくないものだった。今の彼女の口から出るのは珍しいと言うか、意外だったと言うか。とにかく、彼女は少し変わったような気がしたから。否、確かに変わったのだ。以前は言うはずが無かった。心の中で思っていたとしても、それを口にする程彼女は僕らに心を開いていなかったから。しかし、今目の前の彼女は口に出したのだ。

「正直言うと……」

彼女の表情が少し強張る。

「僕より役立ってると思うよ」

「あ……」

何かを察したらしい彼女は空いた皿を片付けて奥へ行ってしまった。

ああ、僕自身が一番分かっている。僕はコーヒーを淹れることしか出来ない男さ。そのコーヒーだって特別に美味しいかと問われれば客も僕も首を横に振るだろう。こうしてカフェが繁盛しているのは、運よく雇ったイケメンのアルバイトがいたことと、彼女の料理のおかげだ。

喧嘩なら負けない自信があるけど、商売に喧嘩はNGである。隣で尚もタルトを食べる友人の男のように器用であれば、と何度思ったことだろう。彼女は以前、どうして姉と結婚したのかと問うてきたが、本当は僕が問いたい。あの子はどうして僕との結婚を受け入れたのか、と。

「貴方は指揮を執るのが巧い。私よりずっとそうだ。だから肩を落とさないでください」

「生まれ変われるなら何かの組織の司令塔にでもなりたいよ」

「なら私は、参謀にでもなりましょうか」

「ペタは僕がどこにいようとも傍にいてくれるんだね」

「当然」

「そうだなあ……生まれ変わっても僕の傍にはアザミもいてほしいな」

冷めかけたコーヒーがカップの中で揺れる。反射した僕の顔は、もう若者と言うには老けているような気がした。

「私は未だに理解できませんね。あの女のどこがいいのか」

「君だってもう手放す気はないだろう? 胃袋掴まれててさ」

「……本人に自覚が無いのがまたたちが悪い」

「本人に言ってあげなよ」

「誰もが貴方のように上手く伝えられるとは限らないのですよ」

「君はその辺り、どうにも不器用だ」

そういう所は、似た者同士なのかもしれないね。


2016.10.27

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