毎年恒例の墓参りを済ませ、姉と共に駅前を歩く。陽が傾き始め、徐々に橙へと変わる中、少女はその目で愛しい彼を見つけた。夕方の駅前は人が多く混雑している。その中で、たった一人の人を見つけるのは難しく、しかし少女中で彼を見間違うはずもなく。少女は目を丸くした。
本来なら、少女は今日カフェのシフトが入っているはずだった。しかし、墓参りをすると言うことで休ませてもらうことにしたのだ。いくら愛しの彼がいようとも、大好きな両親の墓参りを無しには出来ない。その辺りは、少女はきちんと考えていたし、今日会えなくても、今日の代わりに出勤する日に会えるのだから問題無かった。
しかし、まさかカフェでも無いのに見かけるとは思わなかった。少女の隣を歩く姉も「あら」と声を出して、どうやら彼を見つけたらしい。
「声をかける?」
「んー……」
歳を重ねる度に、少女は思う。自分の感情は確かに恋愛のそれで、彼を特別に思っている。それは絶対に覆らない事実だ。しかし、幼き日に少女が聞いた彼の言葉は、少女の恋心など関係なかった。歳を重ねる度、その言葉の意味が理解できるようになる。
少女がいくら彼を好きでも、彼が少女を好きでなければ意味がない。
少女は無自覚にも彼に対し好意的に接していたが、どれも彼とどうこうなろうとは思っていなかった。少女が常日頃から望むのは、彼とのささやかな関わりだけで、大それたことを考えたことなどない。ただ何事も無く、ただそこにいて、話が出来ればよかった。
しかしどうだろう。少女の中の恋心は減ることなく、むしろ膨れ上がりその感情を抑えることさえ困難になっていく。今では彼と話すことも珍しくなく、幼少期に比べれば随分と打ち解け、砕けた口調で話すことも出来るようになった。そうなると人間とは欲深なもので、もっともっと、と欲が出る。淡い淡い希望が出てきて、本来望んではいけないものを、求めてしまうのだ。
――今話したら、離れたくなくなる
少女は理解していた自分の中の感情が膨らみ過ぎてしまったことも。ささやかな物事だけでなく、烏滸がましい希望さえ抱いてしまったことも。
「今日はもう帰ろう。疲れちゃったから」
「そう。アオイが言うなら、そうしましょう」
姉は決して少女の言うことに逆らわない。本人にしてみれば、本当にどちらでもよかったのだ。話しかけようとも、そうしなくても。何せ、姉にとってそれは大した分岐点ではないから。
――我が妹ながら、難儀なものね
少し皮肉交じりに、半分は自分への言葉として、心の中で呟いた。それは隣の妹に届くはずもないのだけど。しかし、何となくお互いに、少し似ていると理解しているのだろう。相手の歩幅に合わせようとするのも、ぶつからない程度の距離を保って隣を歩くのも、長い髪を結ぶことすらせず、風に靡かせるのも。
「夕飯は何かしらねー」
「どうせ普段と何ら変わらないものよ。あの祖父は、命日すら関係ないのだから」
「そうかもしれないわね」
駅前を抜けて住宅地を歩く。陽は暮れて、遠くの空を見れば少し夜が迫っていた。冷たい風が吹いて、親譲りの色を持つ二人の髪が少しぶつかる。大きな屋敷の前で立ち止まれば、自動的に門が開いて中に入るよう示した。
2016.09.14
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