10周年記念 | ナノ
06

事実は小説よりも奇なり、とはこの場合当てはまらないのだろうか。

高校に入学。今後もまたつまらない日々を送るのかと思っていたが、三ヶ月程経つと私の周りには友人と呼ぶような人間が集まっていた。意味が分からなかった。

私以外の人間は表情豊かでよく笑う人ばかりだ。愛想の悪い私に付き合う理由が分からず、どうしてと何度も聞いた。しかし返ってくる言葉はいつも同じで、「アオイのことが好きだからだよ」と言われてしまう。そんなこと、今まで言われたことも無かった。

人を好きになったことのある私は、好かれたことなんて無い。いつだって嫌われて生きてきて、家の人達も仕事で私に優しくしてくれるから。まあ、一人だけその好意……と言うべきか、愛情と言うべきか、まあ私が受け止めきれない程のそれを与えてくる人もいるけれど。あれの場合はとにかく規格外としか言いようがない。

だから、私に友人として好きだと言う人間なんて、この世にはいないのだと思っていた。

髪を弄らせてほしいとか、駅前に出来た新しいお店に行こうとか、毎度飽きずに話かけてくる。初めの内はあまり相手にしていなかったが、粘り続けられるとこちらが折れざるを得ない。いつの間にか、私も彼女らを友人と呼びたくなっていた。否、その時にはもう呼んでいたと思う。友人と言う存在はどこかくすぐったくて、彼女らを友人と言うには照れのようなものが溢れた。それは何だか、私が思う私自身とずれているようで、それでもどこか腑に落ちる何かがある気がして。自分ではどうしようも無い感情だけが胸に残る。

アルバイトをしていること。好きな人がいること。その人とはもう十年くらいの付き合いになること。相手は、私のことをそう言う対象として見ていないこと。ゆっくりだけど話していけば、彼女らは決して否定しない。時に注意をされることもあるけれど、自分のことだから、と何も言わないのだ。そこは私を堕落させるような空間が広がっている。私が今まで出会った人間とは少し違う人達。人が嫌いな私に、友人として好意を抱かせる人達。

それは酷い矛盾だった。



高校の入学祝で漸く手に入れた携帯電話。最近流行りのスマートフォンとかではなく、二つ折りでテンキーのあるものだ。似たような機能もあるらしいが、私にはあまりよく分からない。パソコンは調べ物等で使うこともあるが、携帯電話に関しては無知だった。

最初に登録したのは家の番号。そして次に姉の番号とアドレス。三番目に、カフェの番号。あの人の連絡先は登録していない。個人的に話すことも無いからだ。店の番号さえあれば困らないだろう、と言ったのはあの人で。私は納得した。友人らはそれに驚いていたけれど、私が納得しているからか何も言わなかった。分かっている。それがどういう意味を持つのか。彼は私に興味など無いのだ。初めから。そしてこの先も。きっとどうにかなることはないのだろう。

何だかんだで毎年クリスマスプレゼントを贈っている。この国はどうも、イベント事に弱い。誕生日や正月は勿論、ハロウィン、クリスマス、バレンタインにホワイトデー。最近ではカレンダーなどにある何かの日でさえ楽しんでいるらしい。うちの店もそれに肖ることは少なくない。

クリスマスならケーキを店頭販売するし、鶏肉を使った料理が増える。バレンタインならチョコレート系のスイーツが多くなる。春には桃色のスイーツが増え、夏は水色、秋は赤、冬は白が増える。桜のモチーフだったり、向日葵のモチーフだったり、様々だけれど、どれも作るのは楽しかった。絵は描けない私だけど、徐々にケーキのデコレーションは上達していったように思う。

毎年、クリスマスには彼と、彼が唯一敬語を使うあいつの為にケーキを作って置いておく。翌日に会うことが無いせいか、どうだったのか聞くことも出来ないが、彼らからささやかなプレゼントと言う名のお返しを貰うから、きっと悪くはないのだろう。大体、ノートとペンのセットだったり、ペンケースだったり、当たり障りのない、学生である私にあげるにはもってこいの物が殆どだ。だから今年もあまり期待はしていなかった。

目の前に広げたプレゼントの中身は手袋である。こんな、身に着ける物を貰ったのは初めてだ。触り心地がいい。温かそうな手袋。落ち着いた青の色が、学校に着けていっても問題なさそうで驚いた。

「……なんで?」

ただ、それしか言えなかった。消耗品しかもらったことが無かったから。手袋だって、使い続ければ汚れて解れて使わなくなるだろう。そうすれば捨てるかもしれない。でも、ノートやペンとは違う。

「アオイ、入るわよー」

戸をノックして入ってくるのは姉だ。この姉は、私が小学生だった頃、六年間ずっとサンタを演じていた。勿論、信じてはいなかったし、姉だと気付いていたけれど。中学に上がった途端、素知らぬ態度でプレゼントは何がいいか聞いてきて、普通に手渡ししてきたからきっと馬鹿なんだろうと思っていた。

「あら、それ」

「ああ、ケーキのお礼で貰った」

「毎年恒例のやつね」

「うん」

姉は私にイヤーマフとマフラーを渡す。今年のプレゼントらしい。今年は随分と防寒具が贈られる年だ。あとはコートでもあったら完璧だろうか。

「でもまあ、毎年律儀よね。自分は分からないからーってファントムはペタに投げやりだし。それなのにわざわざ包装までしてもらうんだから。顔に似合わないわよね」

「ちょっと待って」

今、聞き捨てならないことが聞こえた気がしたのだけど、気のせいだろうか。

私の聞き間違いでなければ、毎年のプレゼントはペタが選んでるって……あのノートとペンのセットも、ペンケースも、メモ帳とキーホルダーも、全部ペタが選んだと言うの? そして、この手袋も……。

「今日、御祖父様はいないから。二人で美味しい物でも食べましょう」

そう言って部屋を出る姉の背を見送ってから、視線を手袋に戻した。シンプルなデザインは、確かに彼らしさを感じなくもない。しかし、お礼をする為とは言えわざわざこんな小娘の為にプレゼントを用意するなんて……てっきりファントムあたりが適当に見繕っていたのだとばかり思っていた。ノートは黒と白の市松模様。ペンはブルーブラックのインクの物と、淡い青の水玉模様のシャープペンシル。白地に赤のラインが入ったペンケース。オレンジをベースに白で文字や柄が入ったメモ帳。クローバーのキーホルダー。あまりにも彼に似合わなくて、彼が買っているだなんて思いもしなかった。

ああ、どうしてだろう。途端に全てが愛おしくなる。単純すぎるだろうか。でも、女子中学生が喜ぶ物なんて分からなかっただろうに。

彼のことで喜ぶ度に私の中で矛盾が広がる。人が嫌いなのに人を好きになった矛盾。友人に好意を抱いた矛盾。姉のことは自分が思っているより信頼している矛盾。息が苦しくなる程のそれらは、本来同時に存在するはずではないのに。

それでも彼が好きだと言う事実はどうにも覆せない。


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