「僕もじっと立って見ることなんて無かったけどね。君達姉妹はどうしてそう、普通じゃないのかな」
「私に言われても困るわ」
カフェからバーに変わった店内は昼間の雰囲気とは異なって、客も酒を飲む為に訪れる。カウンター席に座り、バーのマスターと呼ばれる男を前に彼女は先程店先から小さく見えた花火に興奮気味だった。
「あんなに綺麗なのね。近くで見たら、もっと凄いのでしょうね」
「その分音も大きいよ」
「そう。きっとそれも、情緒溢れるものなんだわ」
彼女は花火大会で打ち上げられる大きな花火を見たことが無かった。今までは夜に外出する機会が無かったのもあるが、そもそも花火大会があると言う事実さえ彼女の耳には届かないことも多い。不必要な物事は、あまり彼女と彼女の妹には与えられないのだ。
彼女らの両親は忙しい人で、毎年花火大会には行くことも無かった。彼女が齢十を越えても花火大会へ行くことは叶わず。この歳になって初めて彼女はその美しさを知った。
「見に行く?」
「店を無人にするつもり?」
「アルバイトがいるよ」
「大学生でしょ。彼も来年には最終学年になると言うじゃない。バーの求人でも募集してみたらどう?」
「そうだね。確かにこっちは人手不足かもしれない。でも、大学に行ってもここで働きたいって言う子もいるし、もう少し考えてみるよ」
「ああ、カフェの方でバイトしてる子ね」
人の入りはあるが、しかし花火大会へ流れているのか通常よりも少ない人数である。厨房が追い付かないので丁度いいとマスターの男は思っていたが、時計を見てそろそろ帰ってくるだろうと予想して目の前の彼女に緑茶を出した。
「お酒は?」
「アザミ、まだ飲めないだろう? 早くお家に帰るといいよ」
「アオイのいない家程つまらないものは無いわね」
「歪みないなあ」
カラン、とグラスの中の氷がぶつかる音が鳴る。夜とは言え真夏だ。結露し始めたグラスを手に取って、中の緑茶を一口飲んだ。
「車は呼ぶのかい?」
「いいえ。夜道を歩いて帰るのも結構乙なものよ」
「その年齢で出てくる言葉じゃないよね」
「老けてるって?」
「違うよ。でも、本当に早く帰った方がいい。今日は羽目を外した連中が多いだろうからね。変な輩に絡まれる前に」
目を細めて、口元が弧を描く。その笑みを浮かべる時、男は妙に薄ら寒い雰囲気を纏った。彼女はそれを知っており、すぐさま気付いたがそれを直視してしまう。
「一応、君は大事な人だからね」
「自分の働き口が無くなるのは困るものね」
「そう言う意味じゃないんだけどなあ」
「これ飲んだら帰るわよ」
「うん。気を付けてね」
2016.08.18
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