10周年記念 | ナノ


彼女は妹を愛していた。それが家族愛なのか、それ以外の“何か”なのか、彼女さえ分からなかったが、そんなことどうでもよかった。ただ、彼女の世界に妹がいれば、それで彼女は幸せなのだ。

妹が幼い頃に両親が亡くなり、姉妹揃って祖父の家に引き取られる。その広大な家は、大きなグループを率いるのに十分すぎる程で、圧倒されるのはこのことかと思ったくらいだ。ただ、妹がここにいるのなら、彼女にとっては何てことなかった。幸い、父方の祖父の家である為、父親に似た妹は大層可愛がられ、メイド達からも愛されていた。嫉妬等で迫害されることもあるが、それはここの党首である祖父が見逃すはずもない。きちんと罰を受けさせているようだった。生憎、彼女は母親に似ていた為、メイド達からも多少冷たい態度を取られることもあるが、そんなことは些末なことで、ただただ妹が幸せであればよかったのだ。

だが、どうだろう。次第に妹から表情が消え始めた。ここに来るまでは、明るくいつも笑顔を浮かべているような、優しい子だったのに。父親もクールな印象を受ける顔立ちをしていたが、女の子である妹がそれを受け継ぐ必要などなかった。事実、前までは母親と同じように笑っていたのだから。彼女は焦った。もしかしたら自分のせいかもしれない。幼い妹が環境の変化で疲れてしまったのだろう。何とかして癒してあげたい。けれど、何をしても妹は無表情を崩すことはなかった。

どんなに無表情でも、感情を露わにしてくれなくても、彼女の大事な妹であることに変わりはない。彼女は今まで通り、それ以上に妹を愛した。例え笑みを返してくれなくとも、彼女は妹に笑みを向けた。

――たった一人の私の妹……愛しい、愛しい妹……

狂おしい程の、異常なまでの愛は、彼女の中で異常とならずに馴染んでいく。彼女の世界には、妹だけが存在していた。


彼女が中学三年になる春のこと。空き地で段ボール箱に入れられた猫を見つけた。捨て猫である。飼うつもりは無いが、興味本位で近付いてみれば愛想がいい。随分と人間に慣れているようだった。撫でようとしても逃げず、鳴かず、威嚇せず。手を差し出すようにすればくんくんと匂いを嗅いで、後は撫でられるのを待っている。暫く撫でていればふと、影が差した。

「飼うのかい?」

白髪のような銀色の髪を持つ青年がそこにいた。やけに不気味に笑う男で、彼女は警戒しつつ「いいえ」と首を横に振る。

「そうか。残念。その子、ここに捨てられて随分経つけど飼い主が見つからなくてね」

「あなたは飼わないんですか?」

「僕の家は古いアパートだからさ。ペット禁止なんだよね。それに、同居人はそういう小動物はあまり好きではないようだし」

それは奇妙な出会いだった。不思議な雰囲気を醸し出す男は、あまりにも不気味で怪しいと言うのに。彼女は彼と会話をしていた。話していくうちに随分と打ち解けてしまい、帰る頃には手を振って「またね」なんて言ってしまっていた。

元々彼女は、“自宅”をあまり好いていない。妹がいるから帰っているだけで、それ以外に理由は無かった。成人して、働いて稼げるようになれば、妹を連れて出て行こうとすら思っているくらいだ。ただ、それを許す祖父でないことも、理解していた。

だから彼女は、外で出会った青年――何も知らない男になら、何を話したところで問題視されまいと思ったのだ。

初めは家が息苦しい場所だと言うこと。本当はあまり帰りたくないと言うこと。高校を卒業したら就職して稼ぎたいこと。そしたら家を出て妹と二人暮らしをしたいこと。妹がこの世で一番大切で、妹のことを愛していること。何度も会う内に話す内容はどんどん深いところまで進んでいく。相手の話も聞いているが、愚痴めいたことを今まで言ったことのない彼女は、それを話せる相手がいるだけで少し心が安らいだ。

彼女が中学の最終学年になってすぐの頃、男は苦笑いを浮かべて言ってのけた。

「アパート、取り壊しになるんだって。いやあ、困ったよ。今同居人が新しい部屋を探しに行ってるんだ。この後僕も行く予定なんだよ」

彼女は、単なる気紛れだった。けれど、本当はもうこの時既に、彼に惹かれていたのかもしれない。この時にはもう、彼の同居人とも親しくなっていた彼女は、提案をした。家へ来ないか、と。

元々、男達は日雇いの仕事で生活していた。その合間に定職に就ける仕事を探していたが、中高と問題を起こし勉学に励むことの無かった彼らに合う仕事は殆ど無く。せめて土木関係でも、と思ったが力仕事は向いていなかった。機械関係も、彼らは現在パソコンも持っておらず、携帯も折り畳みのガラゴパス携帯。プログラミングどころか通常の文章をタイピングするだけでも怪しいものだった。

まずは手に職をつける。彼女は、決して自分が身内から受け入れられない存在だと理解していながらも、だからこそ、それを逆手にとって祖父を説得すると言った。彼女は言ったのだ。家で働け、と。


そうして彼らは彼女に連れられ、彼女がよく愚痴を零す豪邸へと案内される。外から見ても凄いのに、中に入っても凄い。それが彼らの感想だった。そして本当に彼女は祖父を説得し、彼らを働かせるに至ったのだ。

メイド達は彼らを訝しんで、なるべく近寄らないようにしていた。彼女の妹は、会えば挨拶をしていたが、長時間の対話はしていない。ある時、庭でもう一人の男と並んで花を見ている姿を見かけたが、何かを話しているそぶりは無かった。彼女は安心していた。感情こそ見せないが、嫌なわけではなかったのだと。もう少しすれば気軽に話せるまでになるのではないか、と。

妹が小学校へと上がり、外の世界を見るようになる。それまでに、彼女は妹にこの家の中にいる人だけじゃなく、外の人とも関わりを持たせてやりたかった。勿論、それなら他にも選択肢は沢山あったのだろう。しかし、彼女の中で信用できる人間なんて極一部で、既に半年程度共にいる彼ら以外に任せようとは思えなかった。



彼らがやってきて四年近く経った頃、そろそろいいだろうかと祖父が言う。長髪の男――ペタは程々に手先が器用で、軽い調理と花の手入れ等には向いていた。短髪の男――ファントムは、手先の器用さはともかく、的確な指示を出せる上、調理関係は全く駄目だったのにも関わらず、コーヒーを淹れることにおいては長けていた。勿論、それは彼の努力あってのものだろうが。

「この街の駅近くにカフェを出す。そこで働け」

彼らはマンションの一室を借りることが出来て、開店日より前からそこで暮らすことになった。それには勿論彼女も喜んで、手伝うとまで言った。屋敷のお手伝いではなく、カフェの経営者になるのだ。漸く彼らは社会人として世に出ることとなる。

二人は、翌日には屋敷を出て行った。荷物は多くなかったし、部屋は既に借りていると聞いていたから。色々と準備もある。必要な物の買い出しもしなければならないだろう。彼女の妹が学校へ行った後、姉は彼らの引っ越しの手伝いをした。

夕方、家に帰ってくれば妹は部屋にこもっていると言う。どういうことだろう、とメイドに聞いてみれば、彼らがいないと聞いてから部屋にこもった、と。慌てて部屋の前にやってきてノックをする。そして声をかけた。

どうしたのか、何かあったのか、前から不安に思っていた虐めを思い切って聞いてみた。けれど返事は無い。代わりに、部屋の扉が開いた。それに安心して、次の瞬間嬉しく思ってしまう。感情を表に出さなかった妹が、今にも泣きそうな表情で訴えてくるのだ。

“どうしてあの人を連れてきたのか”……と。

「彼らはね、別に嫌になって出て行ったわけじゃないのよ」

どうして、どうして、と駄々を捏ねるように言う妹を、彼女は抱きしめる。背中をさすってやる。すると妹は大人しくなり、ぎゅっと彼女の服を掴んで離さない。ただただ彼女に身を委ねるのだ。

彼女は嬉しくてうれしくて仕方なかった。愛しくて、愛おしくて、思わず腕に力がこもってしまいそうになる程。妹が感情を露わにしたことも、まだ自分を頼ってくれることも。妹の全てが愛おしく、尊い。

この気持ちが何なのか、彼女は一生自分自身で理解できないだろう。そして、彼女の気持ちを唯一知る彼でさえ、理解することはできないのだ。


2016.07.29

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